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『わたしを離さないで 』/ カズオ・イシグロ | 冬の曇った日に見るの海沿いの木

読み終わった後に、いろんなイメージが残る本。昔観た映画のイギリスの曇り空とか、観光地じゃない海沿いの景色とか、雨上がりのグラウンドの水が残ってる地面とか…
ずっと忘れてた、自分の心の中にある寂しい景色がフラッシュバックして、明るい気持ちにはなれないけど、それでも少し心が温まるような本。

ネタバレが嫌な人は以下を読まない方がいいかも・・・
ストーリーは設定だけ抜き出すと、ファンタジー、というかSFで読んだことがある話。最近でいうと、ジャンプの『約束のネバーランド』か…

ただ、主人公の回想として話が進むため、序盤は話が掴みづらい。『介護人』、『ヘールシャム』などよくわからない言葉がいろいろ出てくるが
とりあえず受け入れて読み進める。

最初はそもそも現実の90年代のイギリスの話かと思って読んでいた。というのも話のクオリティが高すぎる。子供がつい友達に嘘をついたり、からかったりするシーンと、それに伴う感情表現の豊かさで序盤からまず圧倒されると思う。作者がノーベル文学賞受賞者ってのを知って、めちゃくちゃ納得した。受賞してないけど、どこか村上春樹に通じるものがあるように感じる。ノルウェイの森〜ねじまき鳥くらいの空気感を思い出した。

いい小説ってファンタジーな設定を力技で現実のものと思わせてくれる…

ミステリー要素、クローンの倫理感とか、いろんな要素があるけど、とにかくこの小説の魅力は登場人物の感情の動きだと感じた。

海外の小説って、文化の違いなのか、自分の読書量のせいかわからないけど、感情の変化に対してあんまり思い入れがもてなかった。

でもこの小説は、なんというか、特殊な生い立ちの人ばかりで、登場人物の気持ちはほとんどわからないけど、なぜかイメージとして、だいたいわかる…うーん、難しいな…

タイトルにある『わたしを離さないで』は実際に存在する曲だ。

読了後に聴くとなんだか胸が締め付けられる。この曲を歌いながら踊る主人公と、それを見た先生。子供を産むこともない主人公が、ベイビーベイビー私を離さないでという歌詞だと、悲しさがあるのかもしれないけど、後半に先生がその光景を見た時に感じたことが明かされるとまた違う捉え方になる。

もっと他に辛いシーンはある…友達が病室で死んだりする一見悲劇的なシーンは別に悲しくないのに、このシーンが1番悲しく感じるのが、この本の持つ不思議な寂しさ、悲しさを表している気がする。

主人公たちはクローンで、施設で暮らしている。施設の子は、いずれ臓器を「提供」という形で人に渡す「使命」を享受して生きている。それは隠されているわけではないし、施設の子も理解、というか洗脳されている状態で、読んでいて真実を知った子供が脱走・・・みたいな展開は特にない。

しかし、愛し合っている2人が申し出れば、体を提供する使命を延期できるという噂が途中で流れる。なかなかロマンチックな話だけど、この世界にどっぷり浸かって読んでると、シリアスな話に感じてしまう。生き死にがかかった話ではあるし…

愛し合っていることの証明は、その2人が書いた(描いた)詩や絵を見ればわかるはず、作品は作者の魂を見せるから。と、愛し合っている証明に使うものが、絵や詩というのが妙に説得力があり、微笑ましくて悲しい。

それが真実かを確かめに行く場面が、クライマックスでもあり、1番悲しい場面になる。

結局、最後まで何かしら救いがある話でもないし、(いやあることはあるか・・・)面白い!みたいな話でもない。ただ、とにかく自分の中にある忘れてた景色とか、子供のころの思い出とかが蘇るような話だった。いろんな要素があるけど、結局冬の曇った日に見る海沿いの木みたいなイメージが残る不思議な本。おすすめです!

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