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『想像ラジオ』/ いとうせいこう | 死者と生者をつなぐもの

"だけどだよ、心の奥でならどうか。てか、行動と同時にひそかに心の奥の方で、亡くなった人の悔しさや恐ろしさや心残りやらに耳を傾けようとしないならば、ウチらの行動はうすっぺらいもんになってしまうんじゃないか。”

『想像ラジオ』P71より

『いとうせいこう』のイメージは、子どもたちにとってはNHKの教育番組に出てる人で、自分にとっては日本語ラップ黎明期のラッパー。

『東京ブロンクス』はクラシックだよな〜、みたいなイメージ。久しぶりに聴いたけどやっぱいい曲。センスがいいんだろうな…今でも古びない。ただ、小説となるとどうだろう…という勝手な心配はあった。

とりあえず結論から言うと、素晴らしい小説だった。ただ、同じ東日本大震災を題材にする作品を少し前に観ている。映画『すずめの戸締まり』だ。

『すずめの戸締まり』は、思っていたより被災者に寄り添っている作品と感じたけど、あのアラート音が何度も劇中で鳴る演出は、当事者ではない自分にとってもかなり辛いのに、被災者は最後まで観ることができるのか?本当に必要なのか?と疑問を抱いたんで、今回読んでいる途中、東日本大震災をテーマにしていることに気づいた時、かなり不安な気持ちになった。『すずめの戸締まり』の作品自体はすごく好きなんだけど。

小説は何ができるのか?
あの震災をテーマに小説を書く必要があるのか?

という問いに対して、その内容の正しさ、評価は置いておいても、かなり明確に、作者なりの答えを打ち出している小説だと感じた。

そして読んでいる中で読者側が感じる違和感や、疑問に対しても読むペースに合わせて、回答しているような小説だった。

小説は基本的にはDJアークという人のラジオパーソナリティとしてのしゃべりがメインだ。番組の名前は想像ラジオ。オススメの音楽をかけながら、身の上話をしゃべる。途中でこれは東日本大震災の話だと気づく。だんだんとこの喋りは軽々しくないか?災害をこんなに軽い感じで扱っていいのか?と疑問が湧いてきたところで、語り手が変わり、Sさんという、ボランティアスタッフをしている人の話になる。

Sさんたちボランティアスタッフによる、震災後のボランティアの帰りの車の中の会話で、まさに当事者でない者と震災との向き合い方の話になる。

自分が抱いていたような気持ちを代弁するかのように話す若者がいる。
『溺れた人の苦しさは筆舌に尽くし難く、誰もそれを代弁できないし、安易に扱うべきじゃない…』
といったことを話す。そうだそうだと思いながら読み進めると、上記の引用部分のような回答があり、はっとして視野が広がるのを感じた。

死者との距離をとり、安易に扱うものではない、と蓋をするのではなく、むしろ様々なタイミングで死者のことを思い出し、その声に耳を傾けるべきでは?ということ。

被災者を傷つけるようなものを積極的に発信することはもちろん違うけれども、当事者ではない自分が…ということではなくて、亡くなった人たちのことを想うことは何も悪くないし、それは想像力ということで形にできるということに気づいた時、この『想像ラジオ』というタイトルと、ラジオパーソナリティの想像してみてくださいといった言葉がずっしりと心に響く。

DJアークも、自分が死んでいることに気づき、死と生の間のリンボのような場所にいることを自覚し始める。そしてリスナーからのお便りということで、震災で亡くなった人の言葉が集まってくる。辛い話もあるなか、ある女子高生の、なんてことはない日常の日々の描写が1番心に刺さった。本当によくある日常の描写なのに、読み進めるのが辛かった。

最終的にはDJアークはいなくなってしまうけど、最後に家族の声が聞けて幸せそうだった。ファンタジーだのなんだのいろんな意見があるかもしれないけど、こんな形を想像することは許されないことではないと思う。ただそうは言っても当事者がこれを読むと感じることは全く違うだろうし、それについては自分は何も語れない。

読む前と読んだ後の世の中を見る視点が変わる小説はなかなかないと思うし、あの日常を書いただけのお便りを思うと今でも目頭が熱くなる。誰にオススメというより、全員にオススメです!

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