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雲南日本商工会通信2019年8月号「編集後記」

 中国で、生まれては消えるネットの流行語。個人的に最近耳にするのが「Low」という言葉です。低レベル、安っぽい、ダサいという意味で使われます。人に対してだったら「Low B」と言うようです。
 デザインの現場でも「Low」という言葉が聞かれるようになりました。そして「どうやってLowなデザインの店を作るか」が、今後の中国飲食業界で重要な課題になってきているように感じます。日本のドラマ「深夜食堂」や「孤独のグルメ」の中国での長期間にわたる流行と、同様なコンセプトの店のヒットも、それを後押ししているようです。
 どういうことか。ちょっと前までは、インスタ映えする「美しい」または「カッコいい」お店が注目されがちでした。Lowの反対ですね。これは消費者のみならず、(友人に自慢したい)経営者にとっても、(デザイン賞を獲りたい)デザイナーにとっても、都合の良いことでした。「三方よし」です。
 ところがこのような店は、商品自体に大きな魅力がない限り、1回行って「打卡(写真撮影+シェア)」すれば消費者はすっかり満足しがちです。つまり初期費用が高い割に、大して客の入らない店になりがちなのです。
 消費者は、料理の値段が「原価+α」であることを知っています。もちろん「+α」の中に設計費や施工費が含まれていることも知っています。
 消費者心理を深読みすると、こうなります。予想以上に不況が長引く現在、消費者は自分の大切なお金が経営者の「かっこつけ」の費用(あるいはデザイナーの「作品」作りの費用)に使われてしまうことに寛容ではなくなっています。「この店のオーナーである俺って、すごいでしょ?」と言われたい気持ちがミエミエの店。成金や「富二代」が作りがちな店ですね。このような店に対して、消費者は「誰かの独りよがりな自己実現に加担したくない」と、無意識に思い始めているのではないかと感じるのです。
 もしそうなら今後、どんな店が中期的に求められるのか。ひと言でいえばLowな店です。つまり安そうな店、ダサい店ということです。ただし、もう1つポイントがあります。消費者に「安いからここの店に行く」のではなく、違う意味で行くんだと思わせる必要があります。つまりメンツのための言い訳が必要なんです。それはしばしば「温度(wendu)」や「文艺(wenyi)」などと表現されます。
 「安っぽい店だけど温度がある。他ならぬ私だけがそれを理解している。だから私はこの店が好きなんだ」。そのように言える店こそが、今求められる店なのです。この「言い訳」がうまく作れれば、客単価も多少高く設定できるし、リピーターにもなってくれます。逆にうまく作れなければ「ダサい店」で終わってしまいます。
 「誰在居酒屋」を作った新城あすかさんの旦那さんはそれをよく知っていて、よく「もっとLowなデザインにしてね」と言う一方、「文艺な雰囲気をもっと出したい」などとリクエストします。
 ただ消費の変化は日本以上に速いので、このような新潮流も持って5年かなと思います。もし不況が続いた場合、さらに消費が合理的になり、安くて清潔で機能的で専門化された(吉野家みたいな)大手チェーンが乱立する可能性もあるだろうし、逆に熾烈な自由競争の下、世界を席巻しうる前代未聞の店が現れる可能性もあると考えます。

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