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【SFプロトタイピング】アドカリプス(上)

ダークパターンを地でいく広告の進化(公害化)が行き着く先はどんな社会だろうか。広告とAIの未来を思考実験するSFプロトタイピング。

広告がいよいよヤバい。

「この先を見たければお前の人生を数秒渡せ」と人質を取って脅されるかのように画面をジャックされ、虚ろな目で「×」ボタンが現れるまでのカウントダウンを眺め、ようやくゼロになったかと思ったらフリーズしたかのように固まり、エラーかと思って画面の端をタップしたら強制的にコンバージョンページに遷移させられ、その先でやむなくまた虚なカウントダウンの数秒を捨てて、ようやく元のページに戻った頃には全てにうんざりしてしまってそのままタブを閉じる、そんな広告汚染の拡大は止まるところを知らない。

人と人との知をつなげ、検索のオルタナティブな退避先になり得たかもしれなかったソーシャルメディアもまた、レコメンドとインプレッションのアルゴリズムをハックされ、まるで樹液の豊富なツリーに機械めいた甲虫が群がるように、自動生成・自動翻訳のインプレッションゾンビに冒されてしまった。

そんな「広告汚染」の分水嶺を越える決定打となったのが広告生成AIの登場だった。

広告の自動最適化から始まった広告AIは、すぐに広告クリエイティブ自体の自動生成に発展し、やがて学習と自己進化を繰り返すうちに広告主を自動選定するまでに至った。つまり、広告主が能動的にアドネットワークに出稿するのではなく、AI自体がオーディエンスの視聴しているメディアや興味に合わせて自動的に広告効果の高いと思われる広告主を勝手に選び、クリエイティブを生成し、デバイスハッキングまがいの方法で表示インプレッションするようになったのだ。

毎秒数十万回を超えるリアルなアクセスから常に実践で学習するAIは、デジタル広告の使命たるインプレッションとクリックの獲得に愚直に最適化し続け、行動経済学・行動心理学をハックし尽くしてそのダークパターンを磨き上げていった。

その結果、インターネットは無限に群がり続けるゾンビの頭を撃ち抜きながら進むように、いかに素早く「×」ボタンを暴き押下して画面を侵略せんとするアドを退けて情報にたどり着くかという戦争と化した。

言うまでもなく、AIによって人の時間と意識を奪い尽くすためだけに生成されるゾンビと化した広告は、今や忌み嫌われるどころかその存在の抹消を願われるだけの存在になっており、広告主にとっても百害あって一利なしの敵でしかない。いや、AIが広告主選定から出稿まで完全自律で行っているのだから、正確に言えば従来の意味での「広告主」はすでに存在しない。

当然、出すつもりもない広告を悪質な形で勝手に出されてしまっては、企業やブランドにとってはAIによるテロと言っても過言ではない。

しかし、そこで気付く。出稿すらしていないものを一体どうやって差し止めればいいだろうのか?仮に学習データの中から自社に関する情報を削除したとしても、毎秒数十万回のスピードで全世界からリアルタイムに学習し続けるAIは瞬く間に再学習してしまう。広告AIはとっくに人の手を離れ暴走していた。

広告と人間との混乱の歴史は今に始まったことではない。2019年頃には大手動画投稿プラットフォームの収益化ガイドライン変更によってそれまで広告収入を得ていた投稿者たちが壊滅的なダメージを受けた事件があり「アドカリプス(Adpocalypse)」と呼ばれていたが、今ではこの言葉が無限に進化増殖する広告汚染と人間との終わりなき戦いを指す意味にすり替わって久しい。

予兆は、ヤマトが主催する映画研究サークルの経理用に作ったネットバンクの口座に届いた一件の取引通知だった。アプリを立ち上げ、キャッシングの広告、続いて動画ストリーミングサービスの新作公開の広告、最後にアパレルECサイトのセールを知らせる広告の3本を約2分間かけて格闘した末に閉じ、ようやく取引履歴の一覧を開く。

見知らぬ履歴にフィッシングリンクでも踏んだかと一瞬訝しんだが、よく見ると履歴は出金ではなく入金だ。少し安堵するが、871円という中途半端な金額にも「AADN」という入金元にも覚えがない。少額を入金して信用させた後、大金を入金してから誤入金として返金させて振り込め詐欺の受け子や資金洗浄に使うという話を聞いたことがあったのでしばらく身構えていたものの、何の動きもないまま二週間ほど経つうちにすっかり忘れてしまった。

事態に気付いたのは、大学へ向かう電車を待つ駅のホームで、何を見るわけでもなくSNSを眺めていたときだった。ふとどこか見覚えのある動画が目についてスクロールする指を止める。いや、見覚えがあるどころではない。それはヤマト自身が笑顔を浮かべながら何かを語っている動画だった。動画内のヤマトは今よりもいくぶん若く見える。

なぜ俺が?何の動画だ?と混乱し一瞬思考がストップするが、動画のポストにぶら下がった1万を超えるコメント数を見て一気に鼓動が早くなる。震える指で恐る恐るツリーを開くと、タイムラインの怒号がスマートフォンの画面から溢れてこぼれ落ちるようだった。コメントの中には自動生成のインプレッション・ゾンビもかなり混ざっているが、間違いない。ヤマトらしき人物が語る動画は炎上していた。

ホームに滑り込んできた電車に無意識で乗り込んだところで、急に他の乗客がヤマトを見ているような気がして慌ててマスクを着ける。目立たないように横目で車内を伺うと、乗客の視線はみんな手元のスマートフォンに落ちており、気のせいだったかと少し安堵するが、この瞬間から世界が変わってしまったかのような不安は消えなかった。

身を潜めるように車両の連結部の方に身体を向けて、改めてSNSの動画を見直す。それがAIによって自動生成された広告であることはすぐに分かった。もちろんヤマトは広告なんか出す予定もなかったし、なぜ?という不気味さは膨らむばかりだったが、焦る気持ちを押し込めて現状の把握に意識を集中する。

どうやら広告の主な素材になっているのは、サークルの自主制作映画の制作費用をクラウドファンディングで募ったときに使用したヤマトのインタビュー動画のようだった。そのインタビュー自体はもともと公開するために撮影したものであり、内容も映画制作にかける意気込みや企画のあらすじについて語っているくらいで、特に炎上するようなものでもない。

問題は、もうひとつの素材として使われている動画の方だった。それは確か2年前のサークルの合宿で宴会をしたときに仲間が撮ったもので、サークルメンバーだけがアクセスできるクラウドスペースに他の写真やら動画やらと一緒にアップされたもののひとつだったが、アクセス権限の設定が誤っていたのか、AIにクロールされてしまっていたらしい。誰のせいというわけでもないがミスを呪ってつい舌打ちが漏れる。

その内容も、仲間内で「サークルの中では誰が一番好みのタイプか」だの「もし超一流の映画監督になったとしたら誰でどんな作品を撮りたいか」だの、くだらない話題ではしゃいでいるだけのような、本来であれば他愛もない動画だった。しかし、別のインタビュー動画の切り取りと組み合わされたことで、何も知らない人が見れば、あたかも非常に性差別的で醜悪な妄想の実現を真っ直ぐな笑顔で願っているような、おぞましい印象を与える内容になってしまっていた。おそらくそれもAIがより注目を集めやすい動画クリエイティブを学習して生成した結果なのだろう。嫌な汗が背中を伝う。

冷静に現状を把握したことで、逆に事態の重大さを認識して思わず卒倒しそうになる。インプレッションとクリックの獲得最大化だけに過剰最適化した広告AIの暴走は社会問題として十分知っているつもりだったが、いざ自分が当事者になるとヤマトはその残酷さに震えた。

続編


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