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2022年ブータン・ファブ界隈、勝手に10大ニュース

私がもともと書いていたブログの方では、毎年大みそか恒例の行事として、1年間の振り返り記事を載せていました。それに倣って、noteの方でも、こんな標題で2022年の振り返りをしてみたいと思います。


1.スーパーファブラボ、ティンプーにて発足(6月)

6月4日、ティンプー郊外のITパーク「Thimphu TechPark」に、世界で3つめのスーパーファブラボJigme Namgyel Wangchuk Super Fab Lab(JNWSFL)が発足しました。スーパーファブラボのコンセプトは、「機械を作る機械」を作るというもの。相当ハイテクな工作機械を導入し、2017年7月に発足したファブラボ・ブータンの記憶を完全リセットするような素晴らしい施設がオープンしました。開所式の主賓は、JNWSFLの名称の由来ともなった現国王の第一王子で、これが単身での公務初デビューでした。また、JNWSFLと同じく、国営持ち株会社DHI傘下の3つのファブラボも、パンビサ(パロ県)、ロベサ(プナカ県)、ジグミリン(サルパン県)に同時発足。これにより、ブータンのファブラボの数は一気に5つに増えたことになります。

ブータンにとっては喜ばしい出来事でしたが、個人的には、繰り返しになりますが、ファブラボ・ブータンの初期の実績をリセットして、「ブータンの初めてのファブラボ」ともてはやすメディアや人々の言説や、「ファブラボはハイテク機械が揃っていて、専門家が研究開発に従事する場所」だと強調されるプレゼンの仕方には、ちょっと複雑な気持ちも抱いています。


2.ファブラボCST、プンツォリンにてオープン(8月)

私の在籍しているファブラボCSTも、8月25日にようやくオープンに漕ぎつけました。どうしてもパンデミックが言い訳にされてしまいますが、機材搬入が遅れに遅れ、今年に入ってからだけでも、開所予定日が2ヵ月遅れました。仮にそれが予定通りだったとしても、「ブータン6番目のファブラボ」に甘んじたのは変わりありませんが。

ブータンのファブラボ分布図(2022年末)*ただし、FabLab Bhutanは現在活動休止中

機材のラインアップも、スタッフの陣容も、JNWSFLの比ではありません。しかし、①工科大学に併設のファブラボなので、電子回路製作には強い、②学内に住む学生が多いので、主たる利用者をある程度確保したところからスタートできる、③その上で「地域コミュニティ」を意識したアウトリーチ活動に力を入れている、④ネパールや日本、フィリピン、インドネシアのファブラボとのパイプを持っている、などの特長があります。12人もの常駐スタッフがいるJNWSFLとは違い、利用者がある程度の裁量を持って自由に利用できる環境にあります。

JNWSFLの華々しい開所式とは異なり、ファブラボCSTの開所式は、労働大臣や支援元のJICAの現地事務所長、王立ブータン大学副総長が主賓で、こじんまりと行われた印象です。大手メディアの取材もありませんでした。これから嫌でも振り向いてもらえるよう、頑張りたいと決意を新たにしました。

ファブラボCST遠景。この1階にファブラボは入居
開所式の銘板

3.ファブラボ・マンダラの経営譲渡(8月)

個人的に、ファブラボ・マンダラ(旧ファブラボ・ブータン)が王立ボランティア事業DeSuung Skilling Programme(DSP)に経営譲渡されたというのは、今年最大のショッキングな出来事でした。経営譲渡自体もさることながら、私が個人的に相当応援もしていたこのファブラボの代表が、経営譲渡の決断に関して、事前も事後も私にひと言も教えてくれなかったことの方がショックでした。2017年7月のファブラボ・ブータン発足の際には、それなりに後方支援を行ってきた功労者の1人だという自負もあったので、経営譲渡後カルマ代表と連絡も取れないというのは残念でなりません。

また、個人的に勝手に「盟友」だと思っていたツェワン君が、パンデミック以降居住先のデンマークから一度もブータンに戻って来ることがなく、ブータンのファブラボのことをあきらめてしまったかのように見えるのも残念です。彼からすると、ブータンでのファブラボの普及に関して、政府から相当いろいろと指示されてブループリントを描いたり調整や説明に奔走したりしたにも関わらず、いったん方針が出来上がったら、オイシイところをすべてDHIに持って行かれた、そういうところに不満もあったのかもしれません。

ファブラボ・ブータン開所から5年、ついに誰もいなくなった

開所当時にファブラボ・ブータンに出入りしていた若い子たちの中には、それぞれの事情もあって去って行った子もいます。それでもかろうじてカルマ代表との関係を維持し、ファブラボ・マンダラに出入りしていた子も数名いました。でも、DSPに経営譲渡され、機材が撤去されたことで、彼らは今、行き場を失っています。JNWSFLがテックパークにオープンしたからといって、そこは代替利用施設にはなっていません。やっぱり、JNWSFLに対しては、ちょっと複雑な思いがあるようです。

なお、DSPが操業を予定しているファブラボは2022年末現在、まだオープンしていません。ティンプーの市街地に現在DSPが建設中の「チェゴセンター(Choe Go)」という二階建ての施設の1階に入居するそうです。王立繊維博物館やクラフトバザールから近く、私が思い付くかぎり最高のロケーションだと思います。開業は2023年4月の予定です。

ファブラボ・チェゴの入居予定のビルの建設作業の様子(2022年11月)

4.ファブアカデミー卒業生輩出(10月)

今年1月下旬からスタートした今年のファブアカデミーは、ファブラボ・マンダラがブータン初のファブアカデミー・ノードを務め、12人のブータン人が参加しました。うち2人は再受講です。12人の内訳は、CSTから4人、JNWSFLを筆頭とするDHI傘下の4つのファブラボから4人、DSPから2人、ファブラボ・マンダラから1人、フリーランスで1人というものです。

1月中旬から首都でのロックダウンがはじまり、インストラクターとしてブータンに到着したファブラボ浜松の竹村さんは、3週間の隔離の後、滞在先の建物で陽性者が出たということで立入禁止となり、宿舎で缶詰めになるといったトラブルもありました。ロックダウンの中、オンラインでのファブアカデミー受講は続き、4月に行動規制が緩和されて以降は、ファブラボ・マンダラでのハンズオン実習にもドライブがかかりました。

出身組織が違う受講生がグループワークを行う様子

12人中、11人は無事卒業が認められました。ブータン初の卒業生です。残るフリーランスの1人は、再挑戦だったにもかかわらずドロップアウトを余儀なくされました。個人的にも知っているパロ県ドゥゲルの子で、自身の農場の経営のこともあったので、受講継続の環境がかなり厳しかったのではないかと同情の余地もあります。ドロップアウトしてしまったこともあり、今後どう彼と付き合っていったらいいのか、私はちょっと悩んでいます。

11人のうち、8人は10月にインドネシア・バリ島で開催された第17回世界ファブラボ会議(FAB17)に出席し、参加者から卒業の祝福を受けました。

この写真、修了証を授与されてるところでしょうか?イマイチ自信がない

2023年1月開講のファブアカデミーは、ティンプーのJNWSFLがノードになるそうです。ファブラボ・マンダラが経営譲渡され、ノード継続が困難になったので、仕方ないことでしょう。CSTからは受講者はないようです。半端な気持ちでは受講できないでしょうし。DHIはファブアカデミー修了生の数がKPIになっていると最近聞きましたが、1人5,000ドルもかかる受講料をどうするのがいいのか、私にはよくわかりません。

将来的には、ファブラボCSTもノードになってもいいのではないかと思います。ファブアカデミー卒業生が4人もいますし、元々電子回路工作は強いですから。縫製関係の機械が今まともに動かせているのはファブラボCSTだけです。ブータンでは、縫製関係の機械の需要は潜在的には大きいと感じますが、CSTからファブアカデミーを受講した4人に訊いたところでは、ファブラボ・マンダラのミシンは壊れていて、縫製についてはファブアカデミーでもやらなかったそうです。JNWSFLにも縫製関連機械はなかったと思うので、JNWSFLとの違いは出しやすいのではないでしょうか。


5.FAB17ブータン開催をめぐるドタバタ

結局、FAB17は、前述の通り10月にインドネシア・バリ島で開催されたわけですが、当初の予定では、ブータンで開催されることになっていました。2021年10月頃から、ブータン人のファブラボ関係者の間で国内準備調整委員会が定期的に開催され、ファブラボ・マンダラのカルマ代表やツェワン君が、それなりに調整しようと試みていました。残念ながら、私は外国人だからか、この委員会には入れてもらえず、もっぱらCSTのチェキ・ドルジ学長から準備状況を聞いたり、ファブラボ・マンダラのカルマさんが会場下見で王立ブータン大学本部講堂に視察に来たところにバッタリ出くわし、立ち話で進捗を聞いたりしていました。

そのカルマさんから、「FAB17延期するという案をどう思う?」と訊かれたのは、今年1月半ば、私がファブラボ・マンダラに頼んで、主催してもらっていたCST学生向け機械操作ハンズオン研修のティーブレークの際でした。ファブファンデーションからそういう打診が来ているのだが…ということでした。

私からは、「2023年はチェコ開催ですでにFAB18のウェブサイトまでオープンさせているし、ブータンは上下院とも国政選挙が行われる年なので、安易に2023年に順延という選択肢は取らない方がいいのではないか」と意見を述べさせてもらいました。しかし、カルマ代表から意見を求められた直後、ブータンでは首都までもがロックダウンに突入し、結果的にはそれが延期の理由になりました。チェコが譲歩し、FAB18はブータン開催となり、FAB17は、別途ファブシティ・サミットの開催準備を進めていたファブシティ財団にFAB17が相乗りする形で、10月にバリ島で開催されることになったのです。3月下旬のアナウンスだったと記憶しています。

首都のロックダウンとか、確かに事情は苦しかったと思うのですが、国内準備調整委員会に出ていたCSTの学長やうちのプロマネの意見を総合すると、「ファブラボ・マンダラの代表が懸案事項を1人で握りすぎた」と、その調整能力に問題があったという声が大きいです。

でも、そうやって原因を矮小化するだけで本当にいいのか、私には疑問もありました。一市民社会組織に過ぎないファブラボ・マンダラに丸投げし過ぎたのではないかという気もしたのです。実際のところはわからないのですが。私も4月下旬に拠点をティンプーからプンツォリンに移したので、ファブラボ・マンダラの言い分を聞く機会もありませんでした。6月のJNWSFL開所式の会場で、ファブラボ・マンダラへの一方的な批判を耳にしたのは、ちょっと聴くに堪えませんでした。


6.FAB18は本当にブータンで開催されるのか?

ブータン開催が2023年に延期されて、本当にブータンはFAB18を開催できるのか、そこはまだわかりません。なまじコンタクト先を公開しているからか、私のところにも、「FAB18はいつ頃開催されるのですか?」との問い合わせが来ます。私の方では、「スーパーファブラボに訊いて下さい」と答えるしかないのです。FAB18は、JNWSFLが準備をリードするよう、ブータン政府の国民総幸福量委員会(GNHC、国家計画委員会に相当)から指名されているので。

バリ島のFAB17の会場で、JNWSFLから来ていたスタッフは、「観光税(SDF)の問題はあるけれど、大丈夫だ」とかなりポジティブな言い方で招致プレゼンを行っていました。Facebookライブで見ていて、大丈夫かなと心配になったくらいです。

5月下旬にブータン政府は「新観光政策」を発表し、短期渡航でブータンを訪れる外国人に、1泊200ドルの観光税(Sustainable Development Fee、SDF)を課すことを表明しました。つまり、5泊するだけでも1000ドルの負担となり、これにフライト代金、宿泊料、食費、車両・ガイド傭上等の実費がかかってきます。これでブータンを新政策の制度の下で訪れる外国人観光客が激減したと報じられています。今のところ、FAB18参加者はSDFを免除するといった措置は適用決定されたとは聞きません。

今のところ、FAB18開催の成否は、SDFの扱いの行方にかかっているといっても過言ではないのですが、その他にも、2023年がブータン国政選挙の年であり、特にFAB18の開催時期によっては、下院総選挙の選挙期間と重なって、大衆の動員を伴うイベントの開催が不可能になる恐れもあります。2018年の前回の国政選挙の際の経験では、FABxが例年開催されてきた7月下旬から8月前半という期間は解釈が割れるグレイゾーンで、いちいち選挙管理委員会はイベント開催承認には消極的だった印象があります。

だからこそ、準備は早めに動く必要があります。しかし、今のところ、JNWSFLがFAB18開催をどう進めるつもりなのか、私たちがプンツォリンにいるからか、あまり聞こえてこないのが現状です。最優先と思われるウェブサイトの立ち上げも、まだ行われていません。目の前の仕事を片付けるのに全力投球し、次の仕事は直前になってバタバタと決まりはじめるというのはブータンではよく見かける光景ですが、慣れない人にはたまりません。ファブファンデーションの関係者の方々も焦っておられるでしょう。昨年も年末時点では延期の話が取り沙汰されていたわけですから。

FAB17会場では相当注目されたブータンチーム。FAB18の確実な開催が求められる

7.JICA海外協力隊とファブラボの初コラボ

これは、12月に書いたばかりの記事ですので、そちらをご参照下さい。二度にわたるブータン駐在の期間中、協力隊員の方々への働きかけはずいぶんとしてきたつもりですが、具体的に活動に役立つものが試作されたのはこれらが初めてでした。来年はもっと増えていって欲しいです。


8.ブータン、Maker Faire Tokyo 2022デビュー

これについては、JICAのホームページでも紹介されてますし、実際のステージイベントの様子もMake:のYouTubeチャンネルですでに掲載されています。JICAの技術研修で日本に招聘された8人の訪問団が、ちょうどその時期に東京ビッグサイトで開催されていたMaker Faire Tokyo 2022で、CSTの紹介をしました。民族衣装姿のチームは、会場の注目の的だったことでしょう。

また、彼らは会場でブースも設けて、ファブアカデミー修了生の作品の展示もしていました。近隣には他のファブラボの出展ブースもあったようで、交流機会も持てたようです。個人的には、私が今の仕事を終えて日本に帰った時、ブータンとつながり続けられるサイドイベントでもできたらと思います。故郷のあるOgaki Mini Maker Faireの方がいいかもですが。


9.ソニーのMESH、ブータンでも利用される

この辺まで来ると、無理やりニュースを捻り出してる感じですね(苦笑)。

今、ブータンにはMESHブロックが2セットあります。いずれもJICAの技術協力専門家が持ち込み、ファブラボCSTで保管されています。ちなみにうち1台は私がメルカリで中古で買ったものです。

1台しか手元になかった当初は、自分なりにどう使ったらいいのかを研究するだけの道具という位置付けでした。でも、4月末に来られた短期専門家の方がもう1セットお持ち下さったことで、できることの幅が少し広がったと感じました。

そこで、5月にプンツォリンの学校の先生がインクルーシブ教育の研修で顔を揃える機会に、MESHブロックを持ち込んで、これを使ってSTEM教育の普及をやらないかと提案しました。ただし、当時はファブラボCSTがオープンしてなかったので、「オープンしてから」という条件付きで。

それにあたっては、MESHの使い方をわかっている学生がアシスタントで付いてくれるとありがたい。そこで、5月中にCSTの学生希望者を対象に、ワークショップを何度か開催しました。

ただし、5月の時点でこの話はそこまで。続きは年末になってからでした。12月17日の建国記念日を終えると、ブータンの小中高生は1月末までの長い冬休みに突入します。CSTでは、学生寮に住む学生はみな冬休みを故郷かティンプーあたりで過ごそうと一斉にいなくなりますが、インターンや4年次のOJTのために居残ってファブラボで過ごしたいという学生も数名いました。もちろん、地元プンツォリンの小中高生の多くはプンツォリンで冬休みを過ごします。

それなら、今の時期に何かやろう―――。「冬休み子どもIoTキャンプ」と銘打ち、年の瀬も迫った12月26日から、地元の子どもを対象にしたIoT体験プログラムをスタートさせました。目玉はMESHブロックです。

ちょっとひらめいたアイデアが、ちゃんと動くのかどうかを試してみるのに、MESHはとてもパワフルなツールだと思います。できればもう3セット(+タブレット端末が3台…)ぐらいあると、15~20人ぐらいの規模感でのワークショップが開けます。誰か、追加供与を検討して下さらないでしょうかね~(笑)。アイデア出しのツールとして使いこなせる学生や子どもたちを、ちゃんと育てていきますので。

タブレット端末は使いやすいです
ブロックの組合せ方を考える中高生
レーザー加工機や3Dプリンターで製作した小道具も使います
3Dプリンターのフィラメントの空き箱を再利用して貯金箱の代わりに使ってみた

ちなみに、micro:bitも私たちがCSTの学生向けに紹介しはじめたのも今年はじめでした。M5StackのワークショップもCST教員と学生向けに5月に開催しました。来年はさらに、ファブラボ長野さんと未来工作ゼミさんが共同開発され、9月にブータン訪問団がファブラボ長野さんを訪ねた際にお土産でいただいたKeyTouchのデバイスも、使い方を考えて学生と小中高生の間で普及させていきたいと考えています。


10.そして、noteでの発信がはじまる

最後に、noteを使って情報発信をはじめたというのを挙げ、長々と続いた2022年回顧録を締めくくりたいと思います。

多くの関係者の方々に支えられ、そして特に好奇心旺盛な学生や困った時に近くにいてくれるラボ専属技師のみんなに助けられ、今年もなんとか1年間過ごすことができました。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

JICAの技術協力プロジェクトは、協力期間も残すところ1年を切りました。2023年もできる限り多くのインパクトを残して、期間終了を迎えられるよう、頑張っていきたいと思います。

今日もお読み下さりありがとうございました。

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