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pi-topの利用再活性化に向けて

9月1日(金)午後と2日(土)の1日半、ファブラボCSTでは、「工科大学のためのpi-topブートキャンプ(Pi-top Bootcamp for Engineering College)」という4時間がかりのワークショップを、計3回主催しました。

各回15人の募集は、前日までにすべてが埋まりました。しかし、初日は大学に入っているシンガポール人大学教育改革チームが3、4年生を対象とした出席必須の集会を招集し、2日目はCSTを訪問した内務大臣がこれまた急遽求めた学生との対話に、大学からの指示で出席を余儀なくされた応募者が数名おり、実際には各回とも13人程度の出席にとどまりました。(特に初日の緊急集会は、なぜ招集されたのか想像がつきますが、結構荒れたようで、何が起こったのかあとで耳にして、少なからず恐怖を覚えました。)

講師は、1月のmicro:bit(マイクロビット)ワークショップにもインストラクターとして来てもらったナンダ・グルン君。彼は、CST電気通信工学科のOBであるだけでなく、ファブラボ・ブータンのスタッフだった当時、英国に本社のあるpi-top(パイトップ)社のトレーナー研修を受講し、ブータン唯一のpi-top認定トレーナーの資格を持っています。

ブータン唯一のpi-top社認定トレーナーによる研修はオイシイ


1.ユースセンターとのローカル連携

このワークショップは、7月下旬にFAB23カンファレンス出席のためにティンプーに1週間滞在したわれらがプロジェクトマネージャーのカルマ・ケザン先生が、教え子であるナンダ君とカンファレンス会場で会話を交わし、今学期中にCSTで実現させて学生のスキルアップを図ろうという話になったワークショップの1つです。2人の合意にもとづき、私はこれを実際に企画立案し、ナンダ君の招聘と学生への参加募集、プンツォリン・ユースセンターとの調整を行いました。

pi-top [4]基本キットは、現在ファブラボCSTでは1セットだけ所有しています。これに、ユースセンターから6セットをお借りして、合計7セットを用意しました。参加希望学生には、自分のラップトップとマウスの携行するよう求めました。

ユースセンターとの間では、この研修を受講したCSTの学生を、いずれセンターで行われるpi-top講習会にインストラクターとして送り込むことで合意し、今回の6セットの無料貸出に応じていただきました。ユースセンターの講習会は、センターのスタッフとユースボランティア(主に高校生)を対象に、9月の最終日曜日からスタートし、10月下旬まで4回行われる予定です。

うちのマネージャーであるカルマ・ケザン先生が、FAB23後、急に「pi-top」を口にした時には、正直驚きました。おそらくかわいい教え子のナンダ君から問題提起と入れ知恵があったのでしょう。「ユースセンターからpi-top [4]を借りられないか」と言ったのもカルマ先生です。

私も、これは長く懸案だったユースセンターとの協働の「次のステップ」につながると直感し、すぐにユースセンターとの連絡調整を行いました。

noteでもたびたび言及していますが、私は全国各地にあるユースセンターは、小規模なファブラボだと位置づけています。pi-top [4]基本キット、PCモニター、キーボード、マウスがユニセフの援助で2019年に配布され、翌年には3Dプリンター「UP mini ES」も供与されました。ナンダ君情報によると、その翌年には小型CNCミリングマシンの導入すら検討されていたそうです。

上記の記事でも書きましたが、ユニセフが当時想定していたビジネスモデルでは、機材供与した後、現地での操作指導や機械メンテナンス、パーツや材料の調達は、ファブラボ・ブータンが担うことが前提でした。ですので、pi-topが配備された直後、ナンダ君は全国各地のユースセンターを訪ね、当時のセンタースタッフやユースボランティアに、pi-topコーディングの研修を行っていますし、ナンダ君がファブラボ・ブータンを辞めたあとも、ナワン・サンフェル君がインストラクターを務めていました。

ところが、2020年に入ると、パンデミックの影響でユースセンターは軒並み閉鎖を余儀なくされ、その間にスタッフやボランティアがどんどんセンターを去っていきました。パンデミックが収束してユースセンターが業務再開する頃には、pi-topや3Dプリンターを使いこなせる人材が、センター周辺に残っていない事態に陥りました。

さらに、ファブラボ・ブータン自体も昨年8月にDSP(王立ボランティア事業「Desuup」の技能強化プログラム)に経営譲渡されてしまいました。DSPは新たなファブラボ「チェゴ・ファブラボ」をティンプー市内に開設すべく今も準備中です。しかし、譲渡された資機材について、ファブラボ・ブータンからDSPへの申し送りなどはなかったらしく、ファブラボ・ブータンが当時果たしていた役割を、チェゴ・ファブラボがそのまま担うことは、現時点では不可能です。

本来、自分たちが想定していたビジネスモデルが機能しない状況になれば、次善策を検討するのはユニセフの責任です。ナンダ君や私はユニセフの担当者にこの点を問題提起したことがありますが、担当者は「それは教育省(青年スポーツ局)が考えるべきこと」との姿勢を崩していません。

青年スポーツ局にも私は1年以上前に問題提起をしたことがあります。しかし、同局も結局何もやっていません。FAB23にも来なかったし、昨年末に別のプログラムでCSTに来た時も、私がファブラボを訪問するようその場で求めたにも関わらず、結局実現しませんでした。問題と向き合うのが嫌なのでしょうか。

ユニセフの担当者は教育省の仕事だと言いますが、青年スポーツ局はユニセフが新たにはじめたUPSHIFTという別のプロジェクトの実施で忙しく、結局のところ教育省が動かない原因はユニセフにあるように思えてなりません。

仕方ないので、せめてプンツォリンというローカルレベルでは、ファブラボCSTがユースセンターの技術的うしろ盾になれるようにしようと考え、私たちはまずは3Dプリンターの活用で連携することからはじめました。

しかし、ユースセンターのコーディネーターであるペマさんからは、ことあるごとに、「pi-topについても何かできないか」との相談を受けます。

すぐに妙案が浮かばず、ずっと先送りにしてきたところに、わがプロマネが持ってきてくれたのがナンダ君招聘の話でした。「ファブラボCSTにナンダ君をインストラクターとして招き、pi-top [4]をユースセンターからお借りしてワークショップを開き、CSTの学生を次のインストラクターとして育てる」というシナリオにして、ようやくすべてのピースがハマったのです。

この連携モデルがローカルで機能すれば、同じことは、ユースセンターとファブラボが比較的近距離にあるゲレフやクルタン(プナカ県)、ティンプーでも複製が可能です。

政令指定都市(Thromde)にあるユースセンターのリスト
その他都市のユースセンターのリスト。このうち何カ所かにもpi-topや3Dプリンターがある

また、つい先日、CST構内でたまたまお目にかかった東部のジグミ・ナムゲル工科大学(JNEC)のツェワン学長によると、オーストリアの大学の支援でJNECにも小規模なファブラボを作る計画があるそうで、これができたらサムドゥップジョンカル市のユースセンターとJNECの間で同じようなシナジーを作ることが可能だと思われます。


2.pi-topはSTEAM教育促進ツール

ナンダ君を招聘して開催したmicro:bitワークショップの記事の中で、私は彼の発言を引用し、「Pi-Topが先に普及してしまったので、ブータンのSTEM教育はPi-Topがあることを前提にある程度考えていかないといけない」と書きました。FAB23では、「STEM教育」ではなく「STEAM教育」の方が多用されていたので、これからはなるべくSTEAMの方を私も使っていきます。

ユニセフの援助による全国のユースセンターへのpi-top [4]配備も、ブータンでのpi-topデファクトスタンダード化の一因ですが、もっと遡ると、英国のpi-top社が、2017~18年頃、ファブラボ・ブータンからの熱烈ラブコールを受けて、20台以上のpi-top 3(以下、v3)をファブラボ・ブータンに供与したのが発端となっています。(もっと遡ると、2016年11月にpi-top SEEDをブータンに持ち込んだのはある日本人で、それをファブラボ・ブータンは愚直にスケールアップしようとしたのだともいえます。)

2018年7月にティンプーで行われたpi-top v3の普及ワークショップ
2017年11月、ブータンに初めて持ち込まれたpi-top SEEDを囲んで談笑する男たち

pi-top社がこれだけの特別扱いをしたのは、当時のアジアではブータンだけでした。

v3はラップトップ型になっているので、私も当時はpi-topのことを、心臓部にRaspberry-Piを使用したモジュラー型廉価ラップトップだと捉えていました。でも、pi-top [4]はというと、形状は箱型で、もちろんモニターやキーボードとつないでPCとして組み立てることはできますが、pi-top本体をドローンやロボットに装着して、その制御や電源として用いることもできます。v3よりもモジュラー化がさらに進められており、pi-top基本キットがあれば、自分のラップトップにリモートデスクトップ・ソフトウェア「VNC viewer」をインストールして、電子工作を手軽に再現することが可能です。

pi-top [4]基本キットはこんな感じで使われる

私のように歳をとってくると、老眼が進んで、ブレッドボード上の正しい場所にジャンパーワイヤーをさし込むのにも苦労します。電子工作で難儀なのは、ブレッドボード上で回路を組む時にいちいち眼鏡を外さなければならないことです。v3ではブレッドボード使用が迫られましたが、pi-top [4]ではモジュラー化がもっと進んでいて、使いやすくなった気がします。私たちの世代の方ならご記憶かと思いますが、1970年代に日本で流行った「電子ブロック」に近いイメージになってきたかもしれません。

冒頭ご紹介した今回のワークショップでは、pi-top [4]でのコーディングだけでなく、v3も紹介されました。pi-top社が公開している「Further」というオンラインチュートリアルを少しかじってみてわかったのですが、Furtherには、「v3の場合はこうする」という説明もあるので、pi-top [4]で操作をある程度把握しておけば、v3に戻った時にも戸惑わず操作ができるのではないかと思いました。


3.死蔵しているv3をどうするか?

そこで気になるのは、ファブラボ・ブータンがpi-top社から供与された20台以上のv3は、どうしたらいいのかという点です。2022年8月にファブラボ・ブータンが解散した際、機材はDSPに引き取られました。その中にv3も含まれています。しかし、DSPが新たに開設しようとしているチェゴ・ファブラボは、pi-topにかかる申し送りをファブラボ・ブータンから受けておらず、v3の扱いに困っています。

FAB23はデビュー前であってもチェゴ・ファブラボが自身の存在をアピールする絶好の機会だと考え、私は、ファブラボ浜松の竹村真郷さんにお願いして、チェゴ・ファブラボがファブラボ・ブータンから引き継いだ機材のうち、動かなくなっていた「ファブ2.0」試作品の小型CNCミリングマシン、3Dプリンターの再生をファブラボCSTで行うことを計画しました。

実は、この「ファブ2.0プロジェクト試作機再生」も、ナンダ君のアイデアです。私が出張で首都に上がった際、ナンダ君とカフェで会って交わした雑談の中でヒントを得て、まずは「ファブ2.0」を何とかしようということでチェゴ・ファブラボに働きかけました。

その際、チェゴ・ファブラボで扱いに困っているv3をどうするかも話し合いました。しかし、プンツォリンが事業地である私たちのプロジェクトがティンプーのチェゴ・ファブラボを支援するには、それなりの理屈が必要です。カウンターパートであるCSTの技術教育に対して、チェゴ・ファブラボのv3活用再活性化がどう貢献するか、説明できないといけない。

ナンダ君に講師料を払って、チェゴ・ファブラボのスタッフに短期集中講習をやってもらう―――ただそれだけでもいいのですが、これをティンプーで行い、かつ私のプロジェクトの財布から費用を捻出するのでは、何がCSTのベネフィットになるのかどうしても説明できません。

実は、これについても、今回CST学生向けにpi-top [4]ワークショップをファブラボCSTで開いたことで、次の展望がちょっと開けた気がしています。今回受講した学生のうち、実家がティンプーにある子に協力してもらい、冬休みに入るとすぐ、チェゴ・ファブラボにインターンとして入ってもらって、そこでv3の動作確認とファブラボスタッフ向けの講習会を開いてもらうというものです。公開セミナーの形式はとらないので、下院議員選挙期間中のセミナー自粛の影響は受けません。

この受講学生たちが次のインストラクターになっていってくれたら嬉しい

聞くところによると、ゲルポシン情報通信技術単科大学(GCIT)もv3を14台購入したけれど、今は使いこなせる教職員が誰もおらず、放置されているそうです。パンデミックの影響で私がプンツォリンに入らせてもらえず、ティンプーの王立ブータン大学(RUB)総局に席を置いて過ごしていた頃、隣りの部屋におられたRUBのIT担当エンジニアから、「お前、pi-topコーディングを教えられないか」と訊かれたことがあります。

v3の再活性化が少しでも進めば、GCITの死蔵v3も復活させられるかもしれません。ファブラボCSTへのJICAの支援が終了し、私も離任してしまった後の展開になってしまいますが、とりあえずチェゴ・ファブラボのv3だけは再生に目途をつけたいです。


4.過去のレガシーを忘れるな

前々回、「【雑感】体験的ブータン「あるある」」という記事で、ブータンでの対人コミュニケーション上困ったことを10項目挙げてみました。その時には思い出せなかったのですが、今考えるとまだ「あるある」があります。それは、「新しいものにすぐにとびつき、過去にあったものにはもともと何もなかったかの如く目をつぶる」「はじめることには力を注ぐが、いったんはじめたら続けることには力をあまり注がない」というものです。

スーパーファブラボが開所した際、ファブラボ・ブータンの過去の功績については誰もふれませんでしたし、ユースセンターへのpi-topや3Dプリンターの供与も、引渡式は華々しく行われたはずなのに、人材不足やパーツ・材料調達の話になると誰もが頬かむりを決め込み、問題と向き合おうとしない。

もっと残念なのはファブラボ・ブータン自身の対応で、DSPに資機材を譲渡したとたん、それまで自身で各所に焚きつけてきた話を、「自分はもう知らない」かの如く、放置しました。「FIRST Global」「FarmBot」「pi-top Bhutan」———みんな行き場を失っています。しかも、自ら作ったウェブサイトを閉鎖せず放置しているので、情報検索した外国の人は、これを見たらまだやっていると信じてしまいます。

pi-topに関しては、英国のpi-top社も経営陣が刷新され、2017~18年当時同社がブータンに対してどんなサービスを行っていたのかを知る人が社内にもいなくなりました。こうして過去の残骸は残り、現場で扱いに困っているのに、中央でそれを気にする人があまりいない、しかも外国からモニタリング圧力をかける人もいないという、残念な状況が生まれています。

もったいない。あまりにももったいない。使いこなせそうな人がちゃんとアクセスして使える環境を提供できれば、pi-topはまだまだ生かせる余地が大きいはずです。過去に一時期でもブータンが注目されたことがあるという事実とちゃんと向き合い、いただいたものをしっかり活用していくという姿を示さないと、長期的には外国からの信用を失いかねません。

こうした状況の打開に向け、今回のワークショップはその第一歩を踏み出すものだったと思いたいですね。

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