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手術が済んだらハイ終了?

退院してから20日ほどで、バストバンドが外れた。外のお風呂に入る許可も同時におりた。
今後は手術の傷跡に自分でテープを貼ることになる。傷口が開いた状態で塞がるのを防ぐためである。テープを貼る期間は3~6か月だ。

通院は10日おきである。大谷先生は、前にもまして笑顔を向けてくれるようになった。
初対面の大谷先生は、小動物を狙うネコのような目をしていた。
「大谷先生は笑うことなんてあるのだろうか」
わたしにとっての大谷先生はそんな感じの人だった。最近の先生は、猫目どころか細いタレ目でニコニコしている。わたしが診察に来ると何だか嬉しそうだ。
いやいや、そんなわけはない。乳腺外科の患者さんのほとんどは女性である。鈴木杏樹や田中麗奈レベルでもない限り、お医者さんの目に止まりはしないだろう。
それに、好きにもいろいろある。
(動きが面白いなぁ…)
そう思われているのかもしれない。
あさっては10日に一度の診察だ。それ以降の通院は3か月に一度になる。たまにしか大谷先生に会えなくなるのは残念だが、楽な治療で済んだのだ。喜ばしいことである。しかしわたしは、モヤモヤした気持ちを抱えていた。

乳がんが発覚してから、わたしは乳腺外科の先生にずっと頼りきりだった。最初は山本先生。別府病院に紹介状を書いてもらってからは大谷先生だ。困ったことや要望などがあれば全部、乳腺外科の先生のところに持って行けばよかった。
ところが手術が成功し、ホルモン治療に移行した途端。「じゃ、あとは自分で頑張って!」となったのである。

わたしの受けているホルモン治療には、注射と飲み薬が使用される。
・リュープリン(注射)で生理を止める
・タモキシフェン(飲み薬)でエストロゲンがホルモン受容体と結合するのを抑える

X(旧Twitter)で同じ治療をしている人のポストを検索すると「白髪やシミ、シワが増えた」「太りやすくなった」「疲れやすくなった」と言っている人が多い。薬で老化が急激に来る感じだ。
ホルモン治療での困りごとの多くは、乳腺外科の先生にはどうすることもできない。たとえば、わたしが抱えている「更年期障害」などがそうだ。鬱症状が出ることもある。角膜や網膜に異変が起こる場合もある。
これらは外科の分野ではない。

ホルモン療法が始まる前、わたしは薬剤師さんからホルモン療法に関する説明を受けた。別府病院には薬剤師さんが常駐している。病理診断の検査結果が出た日、わたしは薬の説明のため別室に呼ばれた。
わたしは薬剤師さんから、武田薬品が出しているリュープリンの冊子と、日医工のタモキシフェン治療の冊子を渡され、今後の治療や副作用についての説明を受けた。

町のドラッグストアなどで売られている市販薬にも、副作用についての記述がある。タモキシフェンの冊子に書かれていた説明は、それらと似たようなものだった。
(形だけでも説明しないといけないんだろうな)
そう思いながら、わたしは薬剤師さんの話を軽く聞いていた。

ところが、タモキシフェンの服用をいざ開始すると、起き上がっているのもつらい状態になってしまった。順調すぎるぐらい順調にここまで来たのに、青天の霹靂である。身体のキツさだけではない。宇宙空間にひとりで放り出されたような孤独感があった。

前回の診察のとき、わたしは強い倦怠感があることを大谷先生に話した。倦怠感のほかに、血圧の上昇もあった。
「それは副作用じゃなくて、エストロゲンが不足することによる更年期障害です。辛くて我慢できないときは、かかりつけの病院に行ってください」
こんなに体調が悪いのに、副作用じゃないだと?!わたしは愕然とした。しかも先生の言い方。
「そんなことぐらい自分で考えたら?」
とでも言いたげに見えた。もちろんわたしの被害妄想である。わたしは体調の悪さも相まって、突き放されたような気分に襲われていた。

そんなわたしを助けてくれたのが、温泉だった。「競輪温泉」に通い始めたのだ。夫と結婚する前にも通っていた温泉である。

競輪温泉は別府競輪場の敷地内にある。温泉地に公営ギャンブル場があることは珍しくない。しかし、ギャンブル場の敷地内に温泉がある例は少ないだろう。
青森県の青森競輪にも「競輪場温泉」がある。しかしこちらは、選手宿舎内の温泉を、日にちを指定し一般開放しているにすぎない。別府の競輪温泉は、共同浴場である。朝7時~夜10時まで、110円払えばいつでもだれでも入浴することができる。

競輪温泉のお湯は、とにかく熱い。別府市内の温泉は、源泉の温度が100℃近い高温のところが多い。競輪温泉の源泉は70℃くらいである。もちろん、このままでは熱すぎて入ることができないので、入浴客が湯船に水を足して好みの温度に調節する。競輪温泉のお湯が熱いのは、熱いお湯が好きな常連さんが多いからである。居合わせた人の好みにもよるが、いつも45℃以上ある。

熱すぎるお風呂は体によくない、とよく言われる。しかし自律神経系の不調には、熱い温泉が効果的だ。わたしの個人的な感想だが。

最近、よく耳にする「整う」という言葉。サウナ愛好家が言い出したワードだが、競輪温泉のお湯も「整う」感じがある。緩んでいたネジがぎゅっと締まる。隙間が空いていたパーツがビシッとそろう。そんな感じである。

わたしと一緒に夫も競輪温泉に通い始めた。最初のうちは「熱すぎる」と文句を言っていたが、しばらく通っているうちに夫も、熱い温泉の魅力に目覚めたようだ。

温泉好きが高じて20年以上暮らした東京から別府に移住しました。九州の温泉をもっと発掘したいと思っています。応援よろしくお願いします。