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黄金を運ぶ者たち12 ファーストコンタクト①

 香港二日目。朝はホテル近くのお粥屋で中華粥を楽しみ、部屋に戻って仙道とトークアプリで打ち合わせを行う。 彼が手配したポーターは女性二名で、この週末を利用してクアラルンプールに向かう。復路クアラルンプール空港のトランジットエリアで、僕が二人に六本渡す段取りなどを話し合った。便利な時代だ。昔だったら気軽に国際電話など使えない。

 昼前にホテルを出て地下鉄でカオルーンホテルに向かう。すぐに金塊を交換してもらえる可能性もあるため、六本をカバンに入れて携行した。商談でもあることを考えて、さりとてスーツでは暑苦しいので、麻のジャケットを上着にしたビジネスカジュアルの服装にした。

 約束の時間の三〇分前に到着。ラウンジでアイスコーヒーをオーダーし、ストローでかきまわしながら、果たして相談できる人物なのかどうか思いを巡らせ待つこと一〇分ほど、意外と思える格好をした人物から声を掛けられた。
「真田さんですね」
 タンクトップに短パン姿。短髪で筋骨隆々として、まるで「これからホテルのジムで運動します」といういでたちの三〇代男性。彼が「ジョー」その人だった。

「真田です。ジョーさん?」
少しためらいながら席を立って尋ねる。
「はい。早目に来たつもりでしたが、先越されました」
「いえいえ、僕も仲間にどうしても待ち合わせで先を越せない方がいて、早く来るのが習慣になってしまいまして」
 僕は利根川を思い出し、本当に可笑しくなり笑顔で握手を求めた。そして快活に笑いながら力強く手を握り返すジョーをゆっくり観察した。

 その目は聡明そうであり、こちらを素人と見下すような空気は微塵もない。この人ならば相談ができると、瞬時に決断した。

「お会いして早々ですが、相談事がありまして」

 それからジョーに、今回が買い付けではないこと、摘発された金塊を「積み戻し」てこれから運用しようと考えていること、シリアル交換を依頼したいことなどを説明した。特に「積み戻し」に関しては「盗人」と嫌悪感を持たれるとマズイと思い、毛沢東の暴言なども交えながら慎重に話を進めた。
ジョーは、時に笑いながら僕の説明を楽しげに聞き、説明が終わると笑顔で切出した。

「真田さんは僕がこれまで出会った『運びの仕事』の方々とは、ちょっと違った方ですね。この仕事に対するモチベーションがお金ではないように見えます」
「そうですか?確かに愉快犯のような気分はあるかもしれません。犯罪ではあるでしょうが、悪ではないでしょうし」
「ほう。悪ではないと」

 初対面の人にはもう少し慎重に接さねばならないが、ジョーは聞き上手でもあり、普段考えていても口にはしない、頭の中だけにある思考を言葉という形にするのも心地よく、ついつい口数が多くなってしまう。
「僕らはきちんと分配します。分配した利益は消費に回ります。消費があって経済が回るわけで、皮肉なことに脱税した消費税もそこで一部払うことになります。消費税は消費に対するぺナルティーで、経済の循環にとっては阻害要因ですから、その是正に個人的な方法で取り組む活動家みたいなものですね」

 ジョーは要所要所で相槌を打ちながら、楽しげに僕の話を聞いていた。
「なるほど、でもその理屈からいえば、強盗や窃盗で得たお金も消費すれば社会貢献していることになりますが、それは悪ではないんですか?」

 彼もこういう知的なやり取りが嫌いではないらしい、笑いながら痛いところをついてくる。
「強盗や窃盗には被害者がいますが、脱税に被害者はいません」
 僕は、腕を組みながらボソリと言った。
「国が被害者じゃないんですか。ということは国民全員が被害者ともいえる」

 ジョーはなかなかの議論好きのようである。僕の血も騒いだ。これは好敵手を相手にせねばなるまいと、心中腕まくりをしたところで、ジョーはあっさり論戦終了のゴングを鳴らした。
「真田さんとは面白い話ができそうですね。こんな話が出来る相手とは思いませんでしたよ。真田さんには取引先というより、仲間として接したいと思います。その『活動』是非イロイロ協力させてください」

 そもそも彼とは実利的話をしにきたわけで、哲学論争をするために会ったわけではない。つい熱くなってしまった自分が恥ずかしくもあるが、僕の空気をしっかり感じて話を元に引き戻すあたり、彼のほうが大人なのだと感服した。

 そこでジョーは一呼吸置いた。

次話 ファーストコンタクト②

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