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アメリカで育児が楽しいと思えるようになった話

現在、アメリカで5歳男の子の育児に奮闘中の
元ワーママ駐在妻が、育児で感じてきた過去の
正直な気持ちと、今の気持ちを綴ります。

過去の私に伝えたい!
同じようなことを感じているママに届けたい!


1.育児は大変!?

息子が産まれる前、
子供を授かった喜び、ママになる喜び、
育児への憧れを抱きながら、
幸せな生活を妄想して過ごしていた私。

子供を持つ周囲の先輩ママからは、
「大変だよ~」と言われていたけれど、
いやいや、大変かもしれないけど、
幸せな生活になるでしょ!なんて
思っていました。

そして、2016年2月、2250gで息子が誕生。
予定日よりも20日ほど早く産まれて、
おっぱいがなかなか吸えず、
体重も増えず、泣いてばかりで、
とっても不安な日々を過ごしていたのを
覚えています。

出産から約1週間後、2300gで無事に退院し、
里帰り中の実家での育児生活がはじまりました。

とにかく身体が小さくて、
おっぱいをうまく吸えず、
まとまって寝ることがなくて、
ずっと乳首を咥えていました。

頻回授乳というより、常に授乳・・・。
乳首が痛すぎて、白目な毎日。
乳首が痛くなるなんて、
誰も教えてくれなかったよ、
と思いながら、激痛と戦う日々。

今度は、おっぱいが詰まって、乳腺炎。
激しい胸の痛みと高熱にうなされ、
授乳どころではない日々。
(体質の問題なのか、この後何度も乳腺炎になる)

乳腺炎なんて、知らなかったよ。
乳腺炎予防のため、病院からは、
和食を食べなさいとアドバイスを受け、
この日以来、母は私のおっぱいのために、
THE昭和な和食を毎食作ってくれるようになりました。

焼肉食べたい、チョコ食べたい・・・
全部我慢して、質素な食生活。
育児には我慢が必要なのだと学びました。

出産前に想像していた、
幸せキラキラの育児とは程遠い状況で、
世の中の先輩ママ達はなんて偉大なんだ、
と思いながら奮闘
していました。

幸い、実家での子育ては、
父や母がお世話を手伝ってくれたので、
育児大変!と思いつつも、
精神的にはだいぶ安定した日々でした。

そして、約2カ月の実家生活をなんとか乗り切り、
夫の待つ自宅へ。
これが、育児は辛いと感じる始まりでした。

2.いや、育児は辛い・・・

自宅で家族3人での生活が始まり、
よしっ!ここからが本番!
家事も育児も頑張るぞ~!
と意気込む私。

実家での育児は、
息子中心で、私は我慢すべき、
と母から教わっていました。


実家では、私が我慢をし過ぎないように、
母がたくさんサポートをしてくれていました。
「赤ちゃん見てるから、ちょっと寝なさい」
「赤ちゃん見てるから、ちゃんと食べなさい」

そんな環境が当たり前になっていた私は、
母のサポートがなくなって、
一気に自分で自分を追い込んで、
息子が寝たら、家事!
息子が起きたら、お世話!
とにかく家事も育児も
完璧を目指していました。


でも、日中に息子がまとまって
寝ることはなく、家事はいつも中途半端
やろうと思っていたことがほぼできずに終わる日々。
なんで寝てくれないの?
何か育て方が悪いのかな?
あぁ、今日も何もできずに1日が終わった。
という毎日
でした。

そんな毎日を過ごすうちに、
私には育児は向いていないな、
世の中の先輩ママはなぜできるの?
夫はなぜ無関心なの?
どんどん自分に自信がなくなり、
育児は辛い・・・と思うようになりました


当時、夫は朝から晩まで仕事で、
育児は基本ワンオペ
頑張りを認めてほしい、気づいてほしい、
と思いながらも、なかなか会話ができず、
孤独な私。

たまに会える友人とだけ、
育児の悩みや愚痴を話して、
少しストレス発散をしていました。

もっと誰か(地域のサポートやコミュニティ)に
頼ってもよかったのにな、と今は思います。
でも、頼ることが苦手で、私ならできる!
という謎のプライドを持っていた私には、
頼るという選択肢がありませんでした


また、息子は身体が弱い方だったのか、
よく風邪をひいて熱を出したり、
熱を出すと必ず痙攣を起こしたり、
何度も救急病院にお世話になっていました。

そんな経験もあって、
風邪を引かせないように、
人混みは避けよう、
外食はやめよう、
無理はしないでおこうと、
楽しいことよりも、
リスク回避を優先するようになり、
常に心配ばかりするように
なっていました


楽しいこともたくさんありましたが、
それよりも辛いと感じることの方が
多くなっていました

3.いつまで続くのこの辛さ

1日中、息子と向き合うことの
限界を感じていた私は、
生後10カ月で仕事復帰。

相変わらず完璧主義は私は、
朝から思うようにいかない日々に、
イライラ・・・。

ごはんを食べたくない、
服を着替えたくない、
チャイルドシートに乗りたくない、
通勤の車では1時間泣きっぱなし・・・。

でも、会社に遅刻してはいけない、
(遅刻したって大きな問題はないけれど、
 ここでも謎の遅刻NGというプライド)
という一心で、息子に大きな声で、
「早く!」「泣かない!」と言い続ける毎日。

もちろん、息子には逆効果で、
余計大泣きです。
でも、どうしてよいのか、
当時の私はよくわからず、
朝から私も息子もメンタルボロボロでした。

でも、息子は何も悪くない、
私がいけないんだ・・・
ごめんね・・・と反省する日々。

仕事を終えてお迎えをして、
帰宅してからも、夕食、お風呂、
明日の準備、寝かしつけ、
残っている気力を振り絞って、
1日を終えていました。

息子との時間を楽しむ余裕もなく
ご飯をこぼさないように、
ケガをしないように、
早くお布団に行けるように、
すべてがリスク回避思考での
行動になっていました


息子は年齢とともに、
意思を持つようになり、
会話ができるようになり、
私の思い通りにはいかないことが、
ますます増えてきて、
(最初から思い通りにはいっていないけれど)
どうコミュニケーションしてよいのか、
私は、自分の育児に完全に
自信が持てなくなっていました

4.辛い育児はさようなら

ここまで、育児が辛かったという話をしてきましたが、
現在、私はアメリカで育児を楽しめています。

それは、
・自己理解をしたこと
・アメリカという環境から学んだこと
・育児に関する知識を学んだこと

の3つが大きな要因だと感じています。

▼自己理解をしたこと

改めて、自分とはどんな特性を持つのか、
自分自身内省する時間を持ちました。

簡単にまとめると、
私は相手を優先しがちな行動をとるので、
息子中心で自分のことは1ミリも考えない
生活をしていました。
我慢のしすぎ
かつ、自分で決めたルーチンやタスクを
完璧にこなすことに喜びを感じるので、
思い通りにならない日々が私にとっては
相当なストレスになるのだと理解しました。
そして、慎重さを持つので、
リスクばかりを考える傾向がある
ということを理解しました。

自分の特性が理解できたことで、
思考のクセがわかり、客観的に自分の
考えや行動をコントロールできるようになりました


▼アメリカという環境から学んだこと

アメリカでは、ベビーシッターさんの
利用が一般的で、ママだけが育児をする、
という考え方はありません

パパの育児への関わりもとても積極的に見えます。

ママが頑張って育児しなければいけない、
という考えが払しょくできました


▼育児に関する知識を学んだこと

育児に関する書籍を読んだり、
育児コミュニティに参加したり、
インプットしたことを、
日常生活でアウトプット、
実践してみるようにしました


色々実践してみたのですが、
私が一番心に響いて実践しているのが、
「まずはママ自身を満たすことから」

どうしても、息子を優先しがちに
なってしまいますが、1日の中で、
数分でも、自分だけの時間、
自分を満たすための時間をとる
こと。

そうすると、イライラが減って、
優しくなれる。
心に余裕が生まれる
息子への声掛けも変わってくる
すると、息子の態度にも変化がある

「これダメ!」ではなく、
「どうしたらよいかな?」
「どうしたい?」と聞いてみる。

小さなことですが、
できることをやってみると、
ちょっとずつ変化を感じられて、
子育てって楽しい!と思えるようになりました


本当は、過去の私に教えてあげたい。
時間を戻せるなら、もう一度やり直したい、
なんて思いますが、それは無理なので、
今からできることをやっていきたいです!

過去の私のように、
育児が辛い・・・と思っているママが
少しでも前向きになれたら嬉しいなと
願っています。

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