そこに山がないから
昨年の夏、八ヶ岳連峰を登った。
メンバーで1番山を登る友人に「なんで山登りが好きなの?」と尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「“なぜ山に登るか、そこに山があるから”って言葉があるけど、僕は“そこに山がないから”山が好きなんだ。自分の世界の外にあって、でも、自分が向き合うと初めて現れる。まだ見えない冒険がそこには必ずある、そんな期待を与えてくれる。ないから、そこにない“何か”を感じさせてくれるから、引き寄せられるんだよね。」
その答えを聞いた後だったか。
アンリ・ルソーのエピソードを思い出した。
彼はパリで画家を目指していたが、全く芽が出ず貧乏生活。モチーフを求め、他の画家のように南仏や異国へも行けない。心惹かれる熱帯植物も、生活圏のパリにある植物園で見る他なかった。それでも想像を膨らませ、夢の中で自分だけの“ジャングル”を描き始めたそうだ。
外界に存在する認識できない“何か”が、明確に認識できないがゆえに引力を生み、時に実像を超えた魅力的な輪郭を作り出すのだろう。山登りの彼も、ルソーも、きっとそこに惹かれたのだなと、ふとそう思った。
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