見出し画像

きっと、ほんとはもっと

妊娠カレンダー / 小川洋子

友達との会話の中で、妊娠にまつわる小説として妊娠カレンダーを話題に出したものの、物語に関する記憶として「姉が妊娠した妹の話」「ちょっと気味が悪くて不思議」「手作りのグレープフルーツジャム」程度しか引っぱり出せず、はてどんな話だったっけ、と数年ぶりに手に取ってみた。

以前読んだのは大学生か社会人なりたての頃で、その時は不思議でよく分からない話だなと思ったのだが、今読むとまったく「よく分からない話」ではなくなっていた。理由はおそらくふたつある。自分の身体は自分が食べたものでできている、という感覚が強くなっていることと、妊娠というイベントに対する自分の解像度が上がったことだ。

昔は"You are what you eat"と言われてもピンと来なかった。牛乳を飲まなくても背は伸びたし、チョコレートを食べなくてもニキビができた。焼肉に行ってたらふくカルビを食べても、スイーツビュッフェでスカートがキツくなるくらいケーキを食べても、翌朝目を覚ませばお腹はしっかり空いていた。
今はどうだろう。肌荒れも便秘も胃もたれも二日酔いも、なんならメンタルまで食生活に直結していて、間違いなくI am what I eatだと断言できる。
だから、妊娠という自分の身体で起きている現象に食欲のコントロールを握られる姉の描写は怖かった。基礎体温を何年も記録し続けられるほどしっかりした人が、クロワッサンとスポーツドリンクしか口にしなくなったかと思えば、たがが外れたようにいろいろなものを食べ合わせも気にせず食べ続ける。この怖さは大人になった今だからこそ感じるものだと思う。

そして、妊娠というイベントに対する解像度について。昔は赤ちゃんを身籠るのはめでたいことだ、程度の認識だったが、いざ自分の身にも降り掛かりうると思うと、正直に言ってしまえばキモいのだ。自分の身体の中に生き物がいて、勝手に大きくなって、自らの意志でも外部からの刺激でも制御できないなんて、普通にキモい。キモくて、得体が知れなくて、怖い。生理ですらキモくてたまらないというのに。
しかも、別の生き物が一度自分の腹から出たが最後、キモかろうが得体が知れなかろうが怖かろうが、愛情を注いで責任を負わないといけない。そんな恐怖のイベントをみんなこなしていてすごいな、と子育て中の友人のインスタグラムを見ては思っている。

だから、姉の「でももっと怖いのは、自分の赤ん坊に会わなきゃならないってこと」というセリフは、妊娠の経験も予定もない私でもすごくよく理解できた。妊娠をおめでたいだけじゃなくて怖いものだと思うのが変ではないのだと、このセリフに救われた人は少なくないんじゃないかと思う。

収録されている三編どれも食べ物のにおいに満ちていて、上品で湿度が高くて温度が低い。読み直した中で一番気に入ったのは表題作だけれど、あとがきの一節がすごくハッとする内容で素敵だったので、最後に引用して終わります。

わたしの妊娠体験なんて、スーパーで買ってきた新鮮な玉ねぎそのもので、何の書かれるべき要素も含んでいない。その玉ねぎが床下収納庫で人知れず猫の死骸になってゆくところに、初めて小説の真実が存在してくると、わたしは思う。

文庫版のためのあとがき P193


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?