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恋愛市場のワゴンの上から

傲慢と善良 / 辻村深月

本作の主人公、架の婚約相手である真美の気持ちが1ミリも理解できないと断言できるような人でありたかったけれど、私は残念ながらところどころで真美の気持ちが手に取るように分かってしまった。
傲慢も善良も、どちらもしっかり私の中に性質として組み込まれている。

ミステリー小説も恋愛小説も形容として不十分な気がしてしまうのは、人生における選択をどのように行うのかの物語であって、起きた事件も背後にある恋愛もその選択の一部分でしかないからだ。
どこに住み、どんな仕事をして、どんな人と交友関係を持つのか、交際するのか、結婚するのか。その一つ一つの決断を行う時の人の心の機微をちょっとイヤになるくらいにリアルに描いている。

大きなマーケットの中で自分の売り物としての価値を探りながら、流れてくる断片的な情報から相手の売り物の価値としてを探り合う。文字で読むだけでもしんどい作業だが、大抵の人はそれを仕事をしながら行うのだ。

読んでいて思い出したのは、昔友達とノリでマッチングアプリを始めた時のこと。はじめのうちは「ヤバい」プロフィールやメッセージのスクリーンショットを無邪気に友達との酒の肴にしていたが、ある日ふと気付いてしまったのだ。
会ったこともない相手に「ヤバい」メッセージを送ってくるような人のことをうすら見下していたけれど、果たして私はその人を見下せるほどの立場にあるのか?向こうはある程度同等で吊り合う人だと思っているからコンタクトを取っているのでは?と。

そう思ったら、自分が今までなんとなく自分につけている点数が大きく上振れしている気がして、急に不安になった。
それなりの大学を出て、ちゃんとした会社で特にトラブルなく働いて、多くはないけど友達もそれなりにいて、見た目はさておき「普通」でしょうと思っていたけれど、それって、向こうも全く同じことを思ってるんじゃない?私ってほんとは平均価格なんかじゃなくて、この人たちと同じくらいの値段なんじゃない?ていうか、需要と供給に見合った適正価格だったらアプリなんか使わなくても自然に売れていくんじゃない?

一度そう考えたら売り物になるのも人に値段をつけるのも全部無理になってしまって、そのままアプリを消してしまった。かなり前のことでほぼ思い出すこともなかったが、小説を読んでいてあのお腹の底がひゅっと冷える感じを思い出した。

個人的に気になったのは真美の周りにロクな女友達がほとんどいないところと、架の女友達の振る舞いが年齢に対して子どもっぽすぎるところ。女友達の描かれ方から作家さんは男性かと思ったら女性だったのでちょっとびっくりだった。

物語の終わり方は綺麗で納得感もあったけれど、今後の人生に希望が持てるかというとそうではなくて、読み終えて最初に思ったのが「あーもう自分のこと考えるのも決めるのも面倒だからあと5年くらい経ったら落ちてきた隕石とかに当たって自分ひとりだけ死んじゃわないかな」だったので、独身のアラサーはメンタルが元気な時に読むことをおすすめします。

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