歌舞伎幕

-鷺娘-

歌舞伎役者には往々にして隠し子がいるらしい。

彼もそんな婚外子に当たる一人だった。


お風呂が付いているという、いかにも業界の人達が好むような六本木辺りの個室レストランでの合コンで出会い、彼と私は宴半ばでその席を後にした。

なんで私だったのかは知らないが、「二人で抜け出そう」ということになっちゃったのだ。

彼は、目鼻立ちがハッキリした小顔にスラッとした細身の長身で、ヒールを履いている身長170cmの私が並んでも、まだ彼の方が高かった。

それだけでも舞い上がっていたのに、彼の住む部屋は青山の高級マンション。

そして、ウォーターベッドだった。

その気持ち良さと言ったら、まるで自分の羽で飛んでいるのではと思う程の浮遊感。

さらに後日、彼とのデートで私は高度を上げた。

表参道の駅を出た私の目に飛び込む、停められた高級外車と彼の姿。

雑誌かなにかの撮影ですか?と周りにクルーがいるのではないかと思うくらいの洗練された佇まい。

彼は当たり前のように助手席のドアを開け、私を鳥からお姫様にしてくれる。

彼の昔なじみのイタリアンレストランでも、嫌味のないエスコートが心地良い。


 …恋風が
 吹けども傘に雪もって
 積もる思いは淡雪の 
 消えてはかなき 恋路とや


別に、付き合ってと言われたわけではない。

渋谷方面で飲めば彼の部屋に遊びに行ってはいたが、彼女ヅラしていたわけでもない。

年末年始の間、お互い全く連絡取っていなくて、正月休みが終わる頃、彼から「年末年始なにしてたの?」って聞かれたから、「特に何をすることもなく家にいたよー」って答えたら、「だったら連絡くれたら良かったのに!俺もずっと家にいたわ」って言われた時に、二人の関係について少し考えたくらい。

私達って付き合ってるのかな?って。

でも、普段から連絡をマメに取る方ではない私達は、いつの間にか会わなくなってしまった。

ケンカをしたわけでも、嫌いになったわけでもない。

彼がお酒が弱くて、一緒に飲めなかったのは面白くはなかったかもしれない。

だけど、あんなに優しい人、あのスペックでそうそういないよ。


こうして思い起こせばもったいなかったと思えるけれど、でも多分、私は身の程をわきまえてたんだと思う。

彼とは住む世界が違う、と。

どんなに羽根をバタバタさせても、彼にはきっと届かない。

鳥にもお姫様にもなれない私。


私に幸あれ。


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