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経営者が知るべき「DX後進国日本」の真の課題(深堀り考察)

DXの本質とDX推進で起きること

 DX推進が叫ばれている日本だが、そもそも「DX」とは何なのか、という定義をはっきり持っている人は少ない。システム化によって業務を効率化することだろうか。それとも集客を自動化することだろうか。それは、かつて言われていた「IT化」と何が違うのだろうか?
「DXとは何か」について明確な答えを出し、DXが持つ真の力を解き明かしていく――。
※本記事は、(株)オトバンク様が運営する「新刊JP」のインタビュー記事を一部抜粋し、制作した内容です。




1. DXとは?経営者の役割とは?

 そもそも「DXとは?」といった問いかけに対して、ビジネスパーソンの回答が各々異なることは大きな問題ではなかろうか?登山に例えれば、登る山が異なるということを表し、30分で登頂できる者もいれば、1週間経過しても登頂できない者もいる(2者の身体能力は全く同じとする)。密に連絡を取り合っていれば、途中で登る山が各々異なっていることに気付ける。しかし連絡を一切取り合わず、登頂を目指す者たちは目標が各々違っていることに気づくことすらできない。SaaS導入におけるプロジェクト開始前の粗い解像度が、プロジェクトを進行する中で解像度が高くなる(タスクが詳細化される)といったこととは根本的に異なる。SaaSは対象のサービスが明確であるが、DXは何度もトライ&エラーを繰り返す中で創造される自社固有のものだからだ。

 DXとは、どこか経営におけるビジョンに似ているように思える。

 では一体どのように具体化/言語化すれば、目標を誤らないのだろうか?

 ここで2つの論点が浮かび上がる。先に経営のビジョンにどこか似ているという話をしたが、「登頂すべき山を経営者は理解できているのか?」、そして「経営者自身は登らなくてよいのか?」である。

 まず初めに1つ目の論点についてだが、起業ストーリーになぞらえて“5階建てのビル”で考えると理解しやすい(図1)。

図1. IT・DXの全貌

 起業家は初めから5階建てのビルに入居できるわけではない。起業数か月前から1階部分の構想と構築を始め、1階部分が構築されてから2階、3階と徐々にビルは大きな建物へと変化する。SaaSが普及する前は、個社で異なるビルの形状をしていた。しかしSaaSが普及し、IT領域に相当する1階部分から4階部分までは同じような形状のビルが出来上がっていることだろう。ではどの部分でビルの形状に違いが現れるのかというと、5階部分である。つまり、DXとは5階部分の「イノベーションとサービスの多角化」を対象にしたもので、企業における競争優位性となり得る差別化要素は、5階部分にしか存在しない。前述の理解があった上で、経済産業省が出している「デジタルガバナンスコード」のDX定義をご覧いただければ、その意味が理解できるだろう。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」

「デジタルガバナンス・コード2.0」. 経済産業省. 2020-11-9, p.1

 そして2つ目の論点についてである。そもそも登頂すべき山を指し示すはずの経営者が、登る山を指し示しもせず、山にも登らず、単に部下に丸投げというケースは最も耳にするケースである。その結果、実績が上がらない、ビジネス変革が起きないと言っているようでは話にならないだろう。経営者だから理解できることとして、DXとは経営者でなければ推進できないということである。なぜなら、DXとはIT領域だけを対象にした単なるシステム導入ではなく、必要なスキルセットが業務・営業・マーケティング・経営管理・事業開発・R&Dと広範に渡るからだ(図2)。

図2. DX推進に必要なスキルセット

 長い年月をかけ育ててきた人材を除けば、経営者以外にDXを推進できる人材は社内には存在しないだろう。例えIT人材と広範な部門から人材を出してもらいデザインチームを組成したとしても、経営者の関りが低い場合にはDX推進は間違いなく失敗に終わるだろう。つまり経営者の役割とは、DXへの深い関与とプロジェクトの舵取りである。


2. 日本とアメリカやヨーロッパのDXの進み具合の違い

 DXとは「イノベーションとサービス多角化」を意味している。

 まず「イノベーション」の部分だけを取り出して考えると、トライ&エラーの数とスピードが欧米と比較して圧倒的に劣っている点が上げられる。定量的に判断するために、欧米で1年間に創業される企業の数を確認してみよう。
 欧州は国の数が多いので比較対象としては適さないため、米国を例にすると年間約560万社が創業されている。一方の日本は約14万社しか創業されていません。米国は日本の人口の3倍近くいるため、3で割っても年間187万社程度となり、日本より13倍程度多いことになる。

また中小企業白書では、日本の起業率が低い要因を挙げている。

日本の起業率が低いの要因
・極端な貧困や苦労を経験していない
・起業を意識する機会が少ない
・学校における起業家教育が十分でない
・身近に起業家のロールモデルがいない
・ノウハウや人脈の不足(メンター不足)
・再就職の困難さ(新卒採用制度や再就職の年齢制限)
・事業資金の借入等に個人保証や担保が必要
・事業に失敗した際の責任追及(基本的に無限責任 *自己破産は別)
・起業家に対する社会的評価

 お金、教育、ネットワーク等理由をあげればキリがないが、要するに大きな力を持った機関によるサポート体制が整備されていないことが真因ではなかろうか。近年、中小企業庁の創業助成金や補助金の拡充や日本政策公庫の創業支援、経産省のJ-startup等の起業支援が徐々に整備されてきているが、文科省主導の起業家教育が不十分であるなど、年間の起業数を見てもまだまだ十分だと言えない。
 起業数が多いということは、必然的に競争環境も激しいことを意味する。20~30年前にForbesランキング上位にあった米国企業の顔ぶれは、現在では様変わりしており、その競争環境の激しさがうかがい知れる。一方の日本は、長年ランキング上位の顔ぶれはほぼ同じ状況が続いている。

 次に「サービスの多角化≒外部連携」について解説しよう。

 世界的に見ても現代の経済を牽引しているのは、デジタル先進企業と呼ばれる米国のGAFA(現在はGOMA)や中国のBATだろう。別の表現をすれば、プラットフォーマーだ。彼らはM&Aを頻繁に行っているが、外部連携にも積極的に取り組んでいる。好例は、MicrosoftとOpenAI、Helion Energyとの連携だろう。日本においてもトヨタが積極的に外部連携を図っている。しかし欧米と中国で経済を牽引しているのはデジタル先進企業であるのに対し、日本は一部の製造業が積極的に取り組んではいても、デジタル先進企業が積極的な外部連携を行っているとは言えない状況だ。なぜなら、大資本がなければ、仲間集めや難題を解決することは困難だからだ。我々が生きる現代は第四次産業革命時代であり、この時代におけるビジネスのコアはソフトウェアである。

 つまり日本においてもデジタル先進企業が経済を牽引するトップ企業となり、その企業が外部連携を進める状況にならなければ、欧米との格差は開き続けるだろう。デジタル起点の起業を後押しし、競争を高め、日本経済を牽引するデジタル先進企業が現れる環境を創ることが喫緊の課題と言えるだろう。


3. 日本でデジタル技術の活用が進まない理由

 一概には言えないが、デジタル技術に明るい経営者が少ないこと、そしてデジタル技術者を内部に抱えていないことが関係しているものと考える。
 米国では約7割以上のデジタル技術者を社内に抱え、スピーディーにデジタル対応ができる環境が整備されている。一方、日本は約7割以上がSierやコンサルティングファームに所属し、デジタル対応するまでに時間を要すること、そしてコストが内製化している組織よりも多くかかる構造になっている。DX推進以外の事業を行う上でのシステムはほぼSaaS化されており、生成AIの活用で業務効率化や人手不足等の点では今後改善が見込まれるが、そもそも経営者が情報システムの理解が低いことが真因であろう。事業を営む上で必要なシステム構成やどのようなスキルセットを持った人材が必要か、外部にはどの点を任せればよいのかを理解できていないのではないだろうか。つまり、経営者にとっての相談役が圧倒的に不足しているということが問題として考えられる。この点は、情報通信白書の調査でも明らかであろうし、Digital Vortex 2023の中で触れているトップマネジメントとマネージャー層との意識の乖離にも表れている。

 この状況を打破するためには、経営者により近しい立場のIT専門家が必要だということであり、その数を増やす必要があるのだろう。


4. DXは新規事業のためだけのものではない

 多くのノーベル賞受賞者の偉大な発見は、予期せぬこと(もともとの目的とは異なる結果が得られた際、それを新しい機会と捉え、柔軟にアプローチすることで大きな成功を収めた例)から生まれている。ポストイットやペニシリン等が好例だろう。しかしこのような予期せぬことは、たった1度や2度のチャレンジから生まれた結果ではなく、数百、数千、数万というチャレンジの結果偶然生まれた、試行錯誤とチャレンジを幾度となく繰り返すことでしか生まれない。
 DXも同様で、データの活用や分析方法を間違えた結果生まれるDXも存在するだろうし、目的とは全く異なる使用方法で使ってみた結果、意外な発見や活用方法が見出されることもあるだろう。
 例えばDX成功事例として必ず話題にあげられるコマツは、盗難防止対策としてGPSと通信モジュールを建設機械に標準搭載した。しかし結果的には、稼働情報を集めて分析することで、部品に不調が起きていないかを予測することができるようになり、メンテナンスを先取りすることもでき、機械の稼働率を上げることにつながった。さらに稼働状況から需要が分かるようになったので、生産計画も立てやすくなり、稼働率の悪い場合は貸出先企業からのローンも滞ることも予想できるようになった。工事会社も機械の稼働率を見ながら、各工事現場への建機の配置計画も作成できるようになったというストーリーがある。

 つまり、経営者自身がチャレンジング精神を失うことなく、社員を鼓舞し続け、チャレンジと失敗を奨励する企業文化の改革を推進しなければ、DXの成功はあり得まないということだ。自社のコア事業のデジタル化を推進しなければ、ビジネスのデジタル変革も起こらないだろう。


5. デジタル戦略に必要な感性とは?そして感性を如何に磨くのか?

 SaaSのようなシステムサービスが出てくるまではSierに依頼して、1階部分から構築しなければならず、個社ごとにビルの形状は異なり、異なるからこそ差別化が図れ、それが競合優位性(システム次第(サーバー性能、通信速度、データ正規化、処理速度)でビジネスのスピードやサービス品質に差が生まれる)になり得た。
 しかし現代における情報システム市場はSaaSによるサービスが主であり、1階部分から4階部分は企業における差別化要因ではなくなり、コモディティ化している。現代における情報システム市場の状況は、“理性”的なビジネスの追求、つまり過去にあった欧米の見様見真似で行われてきた経営戦略論と類似している(図3)。

図3. IT戦略のコモディティ化

 つまり、5階部分でしか他社と差別化が図れなくなってきているということだ。5階部分はイノベーション(既存商品の掛算や新商品の開発)、そして外部連携によるサービスの多角化であり、どことタッグを組むか、どんなところと共同研究するかによっても結果は異なり、各社の独自性が最も出る部分だ。まさに経営者自身の“感性”そのものを表現している部分になる。

 磨き方は、トライ&エラーを如何に多くできるかにかかってくるだろう。ヒントは世の中にあるかもしれないが、答えは個社ごとに異なり、自社で見つけるしか方法がない。外部人材ができることはその支援(手助け)までで、最後の見つける部分は経営者しかできないのである。