【高齢者の「機能向上サービス」において最も大切にすべき第3の軸 】シュン
「介護予防」という言葉を一度は聞いた事があるだろう。
一般に、将来のいわゆる「寝たきり」に代表されるような介護の必要度が著しく高い状態を避けるため、または既に支援が必要な方においてはその重度化を防止するために行う機能訓練や環境整備、助言や指導などの全般を指す。
世の中は「超高齢社会」と呼ばれ、国の歳出の実に3分の1を「社会保障費」が占めている。その給付額は実に120兆円にも及ぶ。コロナショックで国民1人につき10万円を配る特別給付金の予算総額が12兆円である事を考えるといかに社会保障にお金がかかっているかがイメージできる。
国はこのような現状を打開するため、高齢者の介護予防を促進し、利用者の身体機能や認知機能を維持・改善する事で介護サービスの必要度と給付費の増加を抑制する働きかけを見せている。
このような背景もあり、特にデイサービスなどの在宅サービスを中心に今までのような「お世話をする」だけのサービスではなく、「機能向上」や「自立支援」型のサービスを売った事業所が全国的にも急増している。いや、今日では「お世話型」の事業所は時代とともに淘汰されるとも言われ、有無を言わせずにサービス体制の変革が求められている。
「機能向上・自立支援」は新しい介護時代の合言葉となった。
こういう話をすると必ずと言っていいほど「お世話をして何が悪いのか」「歳と共に老いていく人の身体や気持ちに寄り添うのが福祉職だ」「機能を上げるだけが介護ではない」と反論する動きが出てくる。
確かに主張そのものは福祉の理念や倫理に基づくもので、一見高齢者の目線にたっているとも言える。しかし、「増大する社会保障費が介護保険制度そのものを破綻させようとしている責任は誰が負うのか」という更なる反論を受け、結局は平行線のままである。
しかし、断言していい。
そもそも、「機能向上型」の反対側が「お世話型」という2軸の構造として捉えている時点で、この問題の本質を見失っている。物事はそんな単純なものでは無い。その事に気づかずに、短絡的な発想でどちらかのサービスを展開していったところで結局上手くはいかない。
要するに、利用者は増えない。
ここからは、99%の事業者が気付いていない「機能向上型サービス」を進める上で大切な第3の軸の考え方について話していきたい。
それは、対人援助において知っておくべき最もシンプルな原理原則にまつわるものである。
先ずは筆者の立場を整理する。
まず「機能向上サービス」については時代の流れと受け入れるべきだ。
そもそも、介護保険の基本理念は「自立支援」であり、事業者が介護保険法上の指定をとっている限り、国の方針にいちいち口を挟む余地は無い。
大切なのは時代の変化を受け入れ、今後向かうであろう業界のイメージを先読みする事だ。
「お世話型」を脱却し「機能向上」へ。その変革はもはや抗いようのない流れである。しかし、ただ単に機能訓練の時間を増やしたり、専門職との関わりを増やすだけでは必ず壁にぶちあたる。
そこに必要な第3の軸とは、
「事業所は利用者の生活を変える事は絶対に出来ない」という明確なスタンスである。
特に軽度者の介護予防サービスにはこの軸が一本あるだけで、事業所の運営が遥かに柔軟になる。
生活を変えるのは、あくまで利用者本人だ。
例えばデイサービスを考えてみる。
「骨折を機に退院してからも自宅に引きこもる事が多く生活が不活発な状態になっている。下肢筋力低下から今後も転倒のリスクがあるためデイサービスに通い体操する事で筋力を高め、好きだった地域のグラウンドゴルフにも参加したい」
このようなプランがカンファレンスで紹介されたとする。結論から言えばこれはご本人の目標であり、デイサービスがこの目標を達成する事はできない。
「馬を水飲み場に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない。」という海外のことわざがある。
事業所は利用者を機能向上サービスという「水飲み場」に連れて行く事はできる。しかし、結局その恩恵を自分の習慣に消化できない利用者は後を絶たない。
どんなに専門的で、合理的で、改善の見込みが明白でもだ。
人間は、そもそも人から自分を変えられたくないのだ。ここを明確にしておかないと成功体験を得られない事業所はストレスを抱える事になる。
もちろん形式だけのアセスメントや評価を行い、機能訓練を推し進めて名ばかりの目標に向かって努力しているフリをしろというのではない。
専門的な知識に裏打ちされた完璧なプログラムを取り入れて実践を繰り返すよりも、先ずは「私たちが〇〇さんの生活を変えられるわけではない」とはっきり伝えるべきなのである。
しかし、「だからこそ〇〇さんの気持ちが折れてしまわないように、二人三脚でこれからの〇〇さんの未来について一緒に考えていきます。」と続ける事が大切だ。
どうだろうか。「未来こうなりたい」という想いに寄り添うと言えば、途端に福祉職らしくなる。決して全ては利用者の責任と切り捨てる訳では無い。
もちろん介護予防が何故大事なのか、介護予防が人生をどのように左右するのか、しっかりと「Why」を伝える事は必要だ。その上でお客様自身が、生活課題の解決となる習慣を「選択する」事が大切なのである。
「自立」とは、選択肢を広げる事と同じ意味だと、筆者は考えている。
介護予防と健康管理をしっかり行えば、最後まで自分の人生を自分で選択できる可能性は高くなる。だからこそ、最初の一歩を主体的に踏み出す事が大切なのである。
本当の意味での「合意形成」はこのようにお互いの立場を明確にして初めて成立する。しかし、いつの頃からか「利用者を説得する」事が合意形成だと勘違いをしている関係者が多い。
どんな利用者にも柔軟に対応していくためには、事業所もこうした「人の価値観」の問題をしっかりと理解しておく必要があるし、学びを深めて準備しておかなければならない。
きっとどんな人にも選択肢は与えられる。機能向上サービスはその一つに過ぎない。その他の選択肢をいくつ用意しているか。それが、これからの介護サービス事業者が最も頭を働かせるべき部分であり、一番の魅力に出来る部分でもあるのだ。
シュン
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