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「わたしを救う」ために 文字を書く

ぶっちゃけ、noteにいて、こんな感覚を持つことがある。

「いいことを書こう」

「いい風に見られたい」

「立派な人だと思われたい」

「スキがほしい」

「人に何かを教えなきゃ」

「人の得になることをしなきゃ」

「文字でお金を稼いでいる人がうらやましい」


結局、わたしは「わたしを救えていない」のだ。

*

「人の役に立とう」として生きてきて、心身の調子を崩した。

なのに、ここでさえ、同じことをしようとしてる。

仮面を被って、自分を偽り、いい部分だけを抽出して、お金を稼ごう、みたいな。

この感情は日によって異なって、止まらなくって、その気持ちに押しつぶされて、書かない時だってある。

なんでこんな感情を抱くの?


わたしは、「この世界で生きていく自信がない」わたしを、救えていないんだ。

わたしは、わたしを救うために書いているところがある。

noteもInstagramも、これはわたしに言い聞かせている言葉。

折角だから、公開してるだけ。

そうであったはずなのに、よそ見をして、自分が揺らいで、「お金!」みたいな気持ちになったりする。


実のところ、満月の後から体調がイマイチで、悲しい感情がこみ上げてくる。

「誰の感情?」と思ったんだけど、多分、これは、わたしの感情。

学生時代、十何年も、ずっとひとりぼっちで、孤独に喘いでいた時の感情。

昨日、寝る前にうちの猫がすり寄ってきて、大泣きしてしまった。


「なんだ、まだ、わたしは、わたしを、全然救えていないんだ」

他人なんて見ている場合じゃないな。

わたしを救うために、わたしは文字を書く。

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