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nemo26
「わたしを救う」ために 文字を書く
ぶっちゃけ、noteにいて、こんな感覚を持つことがある。
「いいことを書こう」
「いい風に見られたい」
「立派な人だと思われたい」
「スキがほしい」
「人に何かを教えなきゃ」
「人の得になることをしなきゃ」
「文字でお金を稼いでいる人がうらやましい」
結局、わたしは「わたしを救えていない」のだ。
*
「人の役に立とう」として生きてきて、心身の調子を崩した。
なのに、ここでさえ、同じことをしようとしてる。
仮面を被って、自分を偽り、いい部分だけを抽出して、お金を稼ごう、みたいな。
この感情は日によって異なって、止まらなくって、その気持ちに押しつぶされて、書かない時だってある。
なんでこんな感情を抱くの?
わたしは、「この世界で生きていく自信がない」わたしを、救えていないんだ。
わたしは、わたしを救うために書いているところがある。
noteもInstagramも、これはわたしに言い聞かせている言葉。
折角だから、公開してるだけ。
そうであったはずなのに、よそ見をして、自分が揺らいで、「お金!」みたいな気持ちになったりする。
実のところ、満月の後から体調がイマイチで、悲しい感情がこみ上げてくる。
「誰の感情?」と思ったんだけど、多分、これは、わたしの感情。
学生時代、十何年も、ずっとひとりぼっちで、孤独に喘いでいた時の感情。
昨日、寝る前にうちの猫がすり寄ってきて、大泣きしてしまった。
「なんだ、まだ、わたしは、わたしを、全然救えていないんだ」
他人なんて見ている場合じゃないな。
わたしを救うために、わたしは文字を書く。
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