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蒼い運命1991 〈2〉

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


オマエの傷は一生オレの心に

 きららはわざとゆっくり歩いていた。埠頭のアチコチを見回すフリをして。
 エイジは先へどんどん歩いて行ってしまう。
 『さよなら』が、もうすぐ目の前なのに…。どうすることもできない……
 2個目の倉庫の間を抜けたとき、

「キャー!!」
 きららは悲鳴を上げた。
 突然、何者かに腕をつかまれ、口をふさがれる。倉庫の中に、引きずり込まれる。
 男に両腕を後ろで捕まれ、きららは身動きができない。
「きらら!!」
 悲鳴を聞きつけて、エイジが倉庫の中に飛び込んで来る。
 カチッ その男がナイフを起こして、きららの顔に近付ける。
「! きららを離せ!」
 エイジは叫ぶけど、どうすることもできない。

すると、奥に積まれたセメント袋の山の向こうから、人影が現れた。
 吉川だった。
 他に、ガラの悪い数人の男たちを引き連れて。もろ、チンピラって感じの。
「離してやるさ。オマエに礼を返したらな」
「どうすればいい」
 エイジはキッと、吉川を見すえた。
 吉川の目が、トカゲみたいに残忍に光る。
「こうするのさ!」
 いきなりエイジになぐりかかった。
「おとなしく、サンドバックになってもらおうか」
 エイジが右へ左へ殴られる。
「やめて!やめてぇ!エイジ、殴りかえして、わたしのことなんか気にしないで!」
 きららが、叫ぶ。
 だが、エイジはされるがままだ。歯をくいしばって、よけようともしない。
   エイジ……どおして?
 エイジは足をとられて、地面にこける。
「立てよ。てめーみたいな雑種は、オレたちに手を上げちゃ、なんねーんだよ」

その言葉に、きららはプツンとキレた。
 突き付けられたナイフに、グイッて自分の顔を押しつける。
  くっ……
 きららの頬に、激痛が走る。
「きらら!」
 エイジが叫ぶ。
 男がひるんでナイフを落とした。
 きららは男を振りはらって、エイジに抱きつく。
「エイジに、指一本触れないで!」
 吉川はしらけた風に、口の端を歪める。
「ケッ、バカな女だぜ」
 捨てゼリフを吐いて、ヤツラが出てく。
 エイジが後を追おうと立ち上がるのを、きららは押しとどめた。
「やめて……。もう、あんなサイテーなヤツにかまわないで」
 きららは、泣きながらエイジに訴えた。
 涙が、頬を流れる血と一緒になって、エイジのTシャツに落ちる。ラズベリー色に染める。 
 エイジは、 じっときららをみつめて……。

「なんてことを…、女の子なのに……。」
 そっと、きららの頬を手で包む。
 ゆっくりと顔を近づける。
 彼の唇が…、きららの頬の傷に触れる。
    あっ……
 きららの肩が震える。
 そして……、
 エイジは、傷に添わせて、あごまでKISS……。
    あっ……エイジ……
   傷の痛みなんかより、
   胸の奥がズキズキうずいて……、
   どうしようも…ないの……。
   どうしよ…う……も……

 エイジは、震えるきららをギュッと抱き締めた。
「バカだよ。オマエは……」
 ぎこちなく…、きららはエイジの胸に顔をうずめて。
「……エイジだってバカよ。キライな女の子のために殴られるなんて」

「……キライなもんか…。オレなんかのために、顔を傷つけて…」
 エイジは顔をおこし、痛々しそうにきららの傷をみつめた。
「こんなのすぐ直るもの。でも心の傷は……」
「フッ、あんなたわごとっ。オマエの傷は、一生オレの心から消えないよ」
「エイジ……」
「きらら……。オレは…これ以上、自分の気持ちを殺せねーよ」
「……お願い、わたしと……二度と会わないなんて言わないで……」
「あー、言えない」
 

 5回目の逗子海岸。
 目の前に広がる真っ暗な海と、夜空。
 遠く岬の山越しに、マリーナの明かりがぼんやりと見える。
 街頭の光が、ポツンポツンと、ないだ海に鏡のように映る。
 わずかに寄せる波の音は、二人を包むバラードで。
 これが、エイジときららのデート。砂浜に座って、星をみつめるだけの。
 ここでいろんなコト、話してた。
 そのたびに、同じ感じ方みつけて、同じ心に気付いて……。
 想いを確かめあって……。どんどん好きになって……。
 きららは、ゆっくりと空を見上げる。
「わたしねー、昔こんなことがあったの。空がどこまでも青くて…。気持ちいい日だった。 もったないなーなんて思いながら、学校へ歩いてたの。
 そしたら、パパが後ろから、車で追いかけて来てね。どうしたと思う?」
「学校さぼって、海に行ったんだろ」
「ピンポーン。
 パパが言うの『きらら、海へ行こう。きっとステキなモノが見つかるぞ』って。
 その時の海、今でも覚えてる。波がキラキラ輝いてて。
 でもね。後でママに怒られて、パパはしょげてたのよ」
 フッ エイジが優しく笑う。
「……きららのちいさい頃が目に浮かぶぜ。暖かい家庭で、ぬくぬくやんちゃしてて……。かわいかっただろうな」
「……エイジは?」
 きららは聞いてみたかった。もし、彼が話してくれるなら。
「…………オレは……」
 エイジはずっと海の遠くをみつめていた。言葉を探してるように、きららには感じた。

 どう伝えたらいいのか、そんな迷いが伝わって来る。
「……オレは、楽しい思い出なんかない。
 ………物心ついた頃、母さんはクラブでソウルを歌ってた。
 オレは父親を知らないんだ。母さんは黒人とのハーフで。オレは母さんより色が浅かった から、たぶんチャイニーズか日本人とのクォーターだろ」
 エイジは、他人事のように、突き放した話し方をする。それが、いっそう彼の心の傷の大きさを、 表してるようで。
 きららは、なんて言ったらいいか、わからなかった。
 自分で聞きだしてひどい話だけど、後悔していた。
 人の心の痛みを、本当にわかってあげるには、それなりの経験が必要なのだ。自分も痛みを乗り越えて、初めて人の気持ちになれるものだから。
 エイジはそんなことを、これっぽっちも、きららに望んではいなかった。
 だから、エイジは優しく、きららの肩を抱いてやった。
 そして、微笑みかける。暖かく包みこむように、話しかける。
「母さんは、オレが7つの時に死んじまったけど。
 今でも覚えてるよ。子守歌が渋いバラードなんだぜ……。
 好きな人がくれた曲だって、ガキのオレにのろけるんだ。もしかしたら、それがオヤジかもしれない……」
 きららの心が、ポッと暖かくなる。
「エイジは、ママの愛の証なのね」
 きららは、エイジがめちゃくちゃ愛しく想えて。
 彼の首に腕をまわして、頬をくっつけた。 
 そして、瞳が交わって……。
 胸がどんどん熱くなって……。
 額がぶつかって……。
 そっと瞳を閉じると……
 やさしい感触が、きららの唇を包んでいた。
THIRD・KISS 
 ふっとエイジの顔が離れて、みつめあって。
 でも、どうしようもないくらい…切なくて。
 また唇を重ねる。
 こんなに恋してることが苦しいなんて……。
 こんなにも……人を好きになってしまえるなんて……。
 きららは、コワイくらいだった。
 エイジは唇を離すと、きららの顔を包みこむように抱き締める。

 エイジの16ビートの鼓動が、胸に伝わってくる……。
 エイジの押し殺した吐息が、耳元でいっそう熱くなる。
 何かに耐えるように、エイジはじっとそのまま動こうとしない。
「エイジ?」
「きららが…ほ…しい……」
 エイジの声にならない、ささやき。
 ビクッ 感電したみたいに、きららの体が震える。
  あっ……どうしよう……そんな……
「ごめん……」
 エイジは、いきなり立ち上がる。
  えっ、まさか……、わたしのためらいが?
 エイジはそのまま海へ飛び込んだ。波をザブンとかぶって。
「頭、冷して来た」
 そう微笑みながら、きららのほうへ戻って来る。
 でも、エイジの瞳が熱い。そして哀しい。
   ……エイジ……どうしよう。どうすればいいの……。  
   わたしの想いは……YESとNOの間で、ユラユラしてて。
  
 自分が変わってしまいそうで……
   ちがうエイジを知ってしまうのも……コワクて……。
   なにが、こわれてしまわないかしら……
   でも……心をひとつにしていたい。
   エイジだから…一緒にいたいの。
   24時間、彼の腕の中にいたいって、わたし、思ってる……

「エイジ、一度、わたしのパパに会ってくれる」
「どおして?」
 エイジの瞳が、驚きと不安に揺れる。
「パパが会いたがってる。許してくれたらわたし、あなたと一緒に暮らすの」
「きらら……。無理だぜ。そんなこと。引き裂かれて二度と会えなくなる」
「パパはそんな人じゃない。会ってくれれば、きっとエイジも気にいるわ」


あなたのバラードで眠らせて


 FRYDAY・NIGHT

 きららは、本当に久しぶりに、 ガラージュへ来ていた。
 校則はって? もちろん大丈夫。父兄同伴なら、だれも文句言えないから。
 何も知らないエイジは、フロアで踊っていた。
「彼かい? エイジくんは」
 きららのパパは、 一発でエイジを当てた。そして腕組みして、うなる。
「やるなー。確かに人に見せるにゃ、もったいない。でもパパの若い頃よりゃ落ちるな」
 もうー、何考えてんだか……。きららはゲンナリ。
 エイジが、きらら父娘に気付く。驚いた顔で、その場に棒立ちになる。
 きららはニッコリして、エイジに手でおいでおいでする。
「エイジ。パパよ」
「星野です。どーも。うちの娘が、 いつもお世話になって」
 パパは親っぽくアイサツするけど、てんでサマになってない。
「あ、あの…。どうも。葉山エイジです」
 エイジは、うろたえてギクシャクしている。
 きららは、こんな彼を見るの初めてで。つい、かわいいなどと、思ってしまう。
「君のダンスはたいしたもんだ。やっぱりグランドビートの方が、ノレるのかい?」
「オレはどんなんでも、ココにピンとくれば、ノレるんです。ジャンルもアーティストも、関係ないです」
 エイジは親指を自分の胸にあてる。
「ハートってヤツか。音楽に必要なのは、感じる心だけか……」
 
 あのうるさいガラージュを出て、三人は逗子海岸に来ていた。
 いつものように、砂浜に座って。
 雲の切れ間からこぼれる、淡い星のきらめきを見上げて。
 きららのパパは、しばらく無言で遠い闇の彼方をみつめていた。
 夜の闇は、キタナイものを包み隠す。キレイなあの頃の記憶を、よみがえらせる。
「……僕は君ぐらいの頃、とんだギター小僧だったんだ。」
 パパはエイジに聞かせるように、しみじみ語り始めた。
「クラプトンや、ジェフベックのコピーに夢中になってた。テクニックだけが全てでさ」
「パパが、ギターを?信じられない」
 きららは、驚いていた。そんなこと、今まで一度も聞いたことがない。
「きららのママに会う前だからね。そんな僕にエイジと同じことを言った女がいた。恋に落ちて二人で暮らし始めて……」
「どうなったんですか……」
 エイジが、言葉をとぎらせたパパに、真剣にたずねる。
「……親に連れ戻されて、引き裂かれた……。18才の無力な自分が悔しかったよ。それから、二度とギターは弾かなくなった……」
 エイジは、食い入るようにパパをみつめた。
 パパは深く微笑むと、ポンとエイジの肩をたたいて立ち上がった。
「きららを頼むよ。君は、どんなことがあっても守ってくれ……」
「はい」
 エイジははっきりと、 パパに向かって答えた。
「パパ……」
「たまには顔を見せに来てくれよ。二人で」
 パパは静かに歩いて行った。
 
 その夜。きららは、初めてエイジの部屋に入った。
 アパートの2階。
 玄関を入ると、すぐ横にささやかな流しがあって。小さなキッチンになっていた。
 でも、使ってるようすは、全然なくて。きららは悲しい気持ちになる。
 エイジは、いったいどんな生活を送ってるのだろう。きららの今までの環境からは、想像もつかない。

 和室の6畳一間。
 ベットと、サイドテーブルと、ラジカセと、他に何もないガランとした部屋。
 きららは、壁に立てかけてある、エレキギターをみつけた。
 エイジの少年らしさに触れたようで、少しだけ、ホッとする。
「ねえ、エイジもギターを弾くの?」
 きららはパパの話しに感動してたから、ギターの音色がすごく聞きたくなった。
「え、あー。たまにな。これ、母さんがオレにくれた唯一の形見なんだ」
 エイジはギターのネックをつかむと、ひざに乗せた。
「ねー、何か弾いて」
「あー、でもアンプないしな…」
 エイジはテレながら、とまどいがちに、バラードを弾き始めた。
 きららにささやきかけるように、歌って聞かせる。
 歌詞は英語だったけど、きららには、切ないラブソングだってわかった。
 人を好きになって、どうしようもないくらい好きで、愛しくて……。
 たとえ、かなわぬ恋でも、そばにいたい。
 いつだって、そんな想いで君を見てる…。
 ♪Remember I will always be around you 
 リフレイン。
 曲が静かに終わる。
「ママの子守歌ね」
「あー」
 エイジは、はにかんで微笑む。
「アンコール」
 きららはパチパチ拍手する。
    いつも、あなたの歌に包まれていたい。
   いつも、わたしのそばにいるって……、ささやいて。

   ……きらら……そんな顔するなよ
   だって……

きららの瞳にあふれた涙に、エイジはキスをする。
    好きだぜ……どうしようもないくらい
   わたしも……エイジ……
   好き……好き……好きなの……
   ……きらら……
   オマエをもう離さない……

 エイジときららの心は…ひとつにとけあって……。
 きららはエイジの腕に包まれて、守られる心地よさを初めて知って……。
 もう、なにもコワクなかった。
 エイジさえそばにいてくれたら。
 恋は、満たされる想いと、苦しい切ない想いを半分ずつ、きららにくれた。

 
 学校は夏休みに入った。
 きららは本格的にエイジと暮らし始めた。

 まばゆい朝の光で、きららは目覚める。エイジの寝顔にKISS。
 ブレックファーストは潮風と一緒で。まだ人の少ない海岸でマックをかじる。
 爽やかな陽射りの中、二人で手をつないだまま、波と戯れて。
 ランチの材料を、山のようにかかえて帰って来る。二人で料理しながら、つまみぐい。
 午後は、エイジがギター片手に曲を作って。彼の背中あわせに、きららは詩を書いて。
 エイジがバイトから帰って来ると、きららは抱きついて、お帰りなさいをする。
 そして、深夜に抜け出して、星をバックに、バイクで一晩中クルージンク。

 大好きな人と二人で過ごす。
 きららはそれが、こんなに楽しいことだとは、 思わなかった。
 だれにも何も言われなくって、好きなことやって。
 手を伸ばせば、エイジがそこにいてくれる。
「エイジ……」
「来いよ、きらら」
 きららはエイジの大きな腕に包まれる。
「わたし、めちゃくちゃ、し・あ・わ・せ 」
「オレもだぜ……。これだったら、湘南できららを拾った時、そのまま、さらっちまえばよかったかな」
「うそっ。ずっと冷たくしてたくせに」
 きららは、軽くエイジを睨む。
「あの頃……、こんな日が来るなんて、信じてなかったからな」
「こうしてても、エイジといるのが夢みたいで。なんか、信じられない気持ちよ」
「あー。きららがこの腕の中から、消えちまいそうで。オレもコワクなる」
 
 晴れた日は二人、海へバイクを飛ばす。
 照りつける光の中で、熱い砂を蹴って、波しぶきとジャレついて。
 エイジのアメリカンコーヒー色に焼けた肌は、つややかに水滴を弾いて。
 きららときたら、ただ悲惨に赤くなるだけ。
 そんな背中にエイジはコパトーンをぬってくれる。そして、肩に優しくKISS。
 曇りの日は、カラオケBOXでライブ。
 エイジはダンスだけでなく、歌もサイコーで。
 さすがママがソウルシンガーなだけあると、きららは感心してしまう。
 歌謡曲もソウルなラブバラードになる。
 BOXはまるでアリーナの最前列で。エイジはきららのためだけに歌ってくれる。
 雨の日は、エイジの部屋が二人だけのシアターになる。
 一日中ベットにもぐりこんで、ビデオ鑑賞。
 新着のラブストーリーからミュージックビデオまで。
 TVのない彼の部屋に、きららのテレビデオが引っ越してきて。
 きららのモノが少しずつ、彼の部屋を占領してく。
   こんなにしあわせでいいのかな……。
   いつか壊れてしまう日が…来るのかもしれないけど……。
 夏休みが、終わった。
 秋の風を頬に感じた頃、ふと、きららはそんなことを思った。


愛がこわされていく


 日曜日の晩。
 空をおおう雲は、低く垂れ込めていた。
 きららは、エイジのバイクで、瀬田へ向かう。 
 夜風が妙に暖かくて、気持ちが悪い。ふっと雨の匂いがする。
 降りださなきゃいいと、きららは空を見上げた。
 でも、今日は、パパに会いに行く約束になっていた。
    最近、パパったら、遊びに来いってうるさくてしょうがないの。
   恋人と、うまくいってないのかな。
   でも、行くとエイジを取られちゃうから、イヤなんだ。
   エイジもパパと気が合うみたいで。
   よく二人でわたしのことのけ者にして、音楽の話に夢中になってる。
   パパったら、息子ができたって喜んでる。
   わたしたちまだ、結婚してないのに、気が早すぎると思うんだけど。

 パパのマンションに着く。

 きららはエイジより一足先に、家に上がる。
「パパ、遊びに来てあげたよ」
 元気よくリビングへ行くと、狩野が来ていた。ちょうど帰りかけてたとこだった。
「やあ、きららちゃん。じゃま者は帰るよ」
「オジサマたら、」
 きららは、内心ほっとした。なるべくエイジに会わせたくない。
「こんばんは……」
 後から入って来たエイジが、そう言いかけて、絶句してる。
 狩野の顔を見て。
  え!
 きららはハッとして、二人の顔を見比べる。
 狩野の目が、いやらしく光る。
 エイジの前へズイッと立ち、彼を見上げた。
「やー、エイジ君。ガラージュ以来だな。あの件は考えてくれてるんだろ」
 エイジは、キッと顔を背けて、黙ってる。
 きららの中で、言い知れぬ不安が広がった。
 きららはエイジの腕をつかんで、
「エイジ。教えて!何のこと?」
 狩野は口元だけの笑みを浮かべ、
「なに、たいしたことじゃない。きららちゃんにとっても、いい話しさ……」
 エイジがあわてて言葉をさえぎる。
「断ったはずです。きららにはオレから、話しますから」
「まあ、よく考えてくれよ。君らのためだ」
 狩野は、そう言い残して出て行った。
「パパッ」
 きららは、キッとパパを睨みつけた。
 だけど、パパはきららの視線から逃れるように、窓の外をみつめていた。
「今夜は嵐になるかもしれないな」
 その時、カミナリが夜空に光った。
 
 きららの中で、めまぐるしく、悲しいシナリオが、できあがってく。
   狩野のオジサマが、偶然ガラージュでエイジをみつける訳がないわ。
   パパが何か言ったのよ。オジサマならエイジを見逃すはずがない。
   いつか言ってたアイドルにしようと考えたはずよ。 
   だって、それほどエイジは光ってて。
   たぶん、MMや、ZOUなんか、目じゃないわ。
   あの日本人離れした、ソウルフルな歌とダンス。
   日本で本物のブラックを歌って踊れるスターに、 なっちゃうかも。
   でも、狩野のオジサマは、エイジを歪めてしまうわ。パパみたいに。
   そして、きっとわたしたち、一緒になんかいられない。
   エイジのそばにいられなくなる。
   いやよ、そんなの。

 二人は、きららの部屋にいた。肩を寄せて、ベットに腰かけて。
 エイジは簡単に、スカウトされたいきさつを話した。
 きららは、エイジの顔をのぞきこみ、
「エイジ、一体何を考えてるの?」
「だから、この話は断たって」
「じゃ、何を悩んでるの」
「悩んでなんか……ねーよ」
エイジはパッと視線をそらし、きららを優しく抱き寄せる。
 でも、きららには、エイジの心がここにないのがわかった。

   何を苦しんでいるの?エイジ……  
   他に、なんてオジサマに言われたの?
   まさか……心を売ってしまうの?
   わたしたち、あんなに心がひとつだったのに。
   今は、とても遠い。
   エイジの心が見えないの。
   あなたは人に見られるために踊るんじゃないって、言ったじゃない。
   週末は、店長に客寄せのために踊らされてたって……。
   そんな想いを振り切って、自分の心を取り戻すまで、苦しかったっ  
   て……。
   わたしは、エイジに自分の心のままにいて欲しいの。自由でいて欲し
   いの。
   あなたをパパみたいに汚したくないの。

「エイジ、お願い。わたしから遠くに行かないで。ずっとそばにいるって言って!」
「あー。ずっとこうして、オマエを守ることができたら……」
 エイジは、ギュッときららを抱き締める。
 その時、雨がすごい勢いで降りだした。
 パパの言ったとおり、嵐になった。

 それから、数日が過ぎて……。
 きららは生活指導室に呼び出された。
 ドアを開けると、先生たちがズラッとそろっていた。
 なんか汚らしいものを見るような目で、きららの体を見上げる。
 きららは、とてもいやな予感がした。
 この空気、ただ事ではない。指の先が氷のように冷たくなってゆく。
「これを見たまえ」
 机の上にほおりだされた、学校宛の封書。
 きららは手にとって見る。
 ワープロの宛て先。無記名の差出人。中から、写真……。
 きららは思わず、手からそれをこぼしていた。
 パラパラと机の上に、写真がこぼれ落ちる。
 すべて……エイジときららのツーショット。
 アパートを出るとこ。バイクででかけるとこ。手をつないでるとこ。
 ごていねいに、日付入りで。
 きららは、カンペキ、言葉を失っていた。
   コワサレテイク。……ひとつ、ひとつ。
   ケガサレテイク。……わたしたちの想いが。

 そして、一枚の便箋。
『星野きららは、葉山エイジと同棲している』
 心のない、ワープロの文字が一行。
   誰が?何のために?
 きららは、愕然としてた。
「何も、言うことはないようだな。正式な処分が出るまで、自宅で謹慎してなさい」
 きららは、めまいがして、気が遠くなる。
   何か大きな力が……、
   エイジとわたしの運命を、ねじ曲げようとしている……。
   エイジ!!


運命にもてあそばれて


 きららは学校を飛び出すと、先生の言い付けも守らず、横須賀へ戻った。
 今なら、まだ、エイジは家にいる。
 きららは、彼の瞳を見て確かめたかった。
 今思うと、あの晩以来、エイジのようすがおかしい。いつもと変わらないフリをしている。そう、フリなのだと、きららは気付いた。
 絶対、何か隠している。そして、苦しんでいる。
 なにか、大変なことになる前に、くい止めなければ。きららは、焦っていた。
 カンカンカン アパートの階段をかけ上がる。
 バタン 思いっきり、ドアを開ける。
「エイジ!」
   ! いない。どこにも。
   待って、落ち着くのよ。きらら。
   エイジはブラッと外へ出てるのよ。ただ、それだけかも……

 そう、思い込もうとする。
 でも、込み上げる不安がぬぐいきれない。部屋の中を見回す。
 最近、何か変わったことはなかったか。
 ドカッ
 あわてて、ラジカセを蹴飛ばす。中から、カセットテープが落ちた。
 きららは、何げなくそれを手に取った。
   !!
 『エイジ デモテープ』の文字
 きららは、ガチガチ震える手で、ラジカセに入れ直す。PLAYのボタン。
 エイジの声。
 あの……バラード。ママの子守歌の。
 しかも、あのアンプのないギターのバックなんかじゃない。しっかりアレンジされた、オケがついてる。
 どんどん冷たくなって、しびれてく手で、FFのボタンを押し続ける。
    これはきっと…何かのまちがいよ…何か……。
 手を放すと、ラップがミックスされた曲が流れる。やっぱりエイジが歌ってる。   
   うそ! こんなのうそよ。
   どおして!! 断ったって言ったじゃない。
 

 きららは頬を押えて、顔を左右に振る。
 その時、あのエレキギターがないことに気付いた。あの大切な形見の。
    エイジ! どこへ行ったの?
 きららは座り込んで、電話をつかむ。狩野の事務所へTELした。
「K'sPLANETで、ございます」
 先方が出る。
「あの星野昴の娘ですが。狩野のオジサマは」
「あら、きららちゃん?あいにくですが、社長は今、外出中なんですよ。……」
 気のいいデスクお姉さんは、出先の電話ナンバーまで教えてくれる。
   もし、わたしのカンに間違いなければ、エイジもそこにいるわ。
 きららは、家を飛び出した。
 
 四ツ谷のレコーディングスタジオ。
 自動ドアをくぐると、すぐガードマンに止められた。
 制服の女子校生。ムリもない。
「何の御用ですか」
 一応、ていねいだけど、厳しい口調。
 仕方ない。きららは奥の手を使うことにした。生徒手帳を、水戸黄門みたいに差し出す。
「星野昴の娘です。狩野のオジサマに会わせてください」
 こんなとき、あんなに反発してたパパの名前を使うなんて。なんてヤツ。きららは自分がイヤになる。でも、エイジのためならどーでもいいと、思うことにする。
 ガードマンは、狩野のスタジオに確認の電話をしてる。
   まずいわ。
 きららは、受付のボードを見る。
 『K'sPLANET 5ST』と、書いてある。
 きららは、ガードマンを振り切って、5STのある2Fへ走った。
 いくつもナンバーがついたドアが並んでる。
 5STと大きく書かれたドアを、ズボッと開ける。潜水艦のハッチのような分厚いドアで。 
 スタッフのオジサンの唖然とした顔が、きららの目に飛び込んで来る。
 手前の部屋は、無数のボタンがついた機材がぎっしり。
 レベルメーターが音に合わせて振れ、 オープンリールのレコーダーが回っていた。
 エイジは……。きららは、パッと見回す。
 水槽みたいなガラスの向こうで、エイジが歌っているのが見えた。
「きららちゃん!!」
 狩野が受話器を落っことすより早く、きららはレコーディングブースのドアを開けた。
 レコーディングスタッフは真っ青。
「エイジ!!」
 きららはエイジに抱きつく。
「きらら……」
 エイジはびっくりして、きららを抱きとめる。
 ゴトッ 
 はずみで、エイジのしてたヘッドフォンが床に落ちる。
「エイジのうそつき!うそつき!」
 きららは、泣きじゃくりながら、エイジの胸をたたいていた。
「芸能人みたいな、見世物にされたくないって言ったじゃない。わたしのためだけに歌うんだって、言ってくれたじゃない」
「きらら……ごめん。オレはオマエを守る力が欲しかったんだ。オレには、なんの力もない。だから……こうするしか」
「バカーッ エイジのバカ。わたし、今のままでいいの。何もいらない。わたしなんかのために心を汚さないで。そばにいて!」
「きらら……」
 エイジはとまどいがちに、きららを抱き締める。 
 狩野が静かに入って来る。
 きららはキッと、彼を睨みつける。
「オジサマ、エイジに何を吹き込んだの!」
「おー、コワイコワイ。ただ、ママゴトはいずれ終わりが来るって言ったのさ。その時、君が彼女に何をしてやれる。何もないだろうと、事実を言ったまでさ。」
 狩野は余裕で、ほくそ笑む。
「ひどい!」
「でも、負けたよ。君には。何もいらないから、そばにいて……か。まるで君のママみたいじゃないか」
「えっ」
 きららは、そんなこと何も知らない。
「君のママはそう言って、パパと結婚したのさ。血は争えないってことか」
 狩野は肩をすくめて、言った。
「エイジを返すよ」
 
 きららは、エイジと帰っていった。
 でも、そのすぐ後で、こんなことが起こるなんて、知る由もなくて……。

 
 きららのパパがスタジオに現れた。
 エイジのレコーディングを見るために。
 片付けに入ってるスタジオを、パパは不思議そうに見回す。
「狩野、エイジはどうした?」
「君の娘に、強奪されたよ」
 狩野は肩をすくめて見せる。
「きららか。あいつらしいや」
 パパは思わず、笑みをこぼす。
「笑いごとじゃすまないんだよ。こっちは。ま、諦めないけどな。いずれ、エイジはオレに泣きついてくるさ。手は打ってあるんだからな」
 あの学校宛の密告書は、 狩野が仕組んだものだった。 二人を窮地に陥れ、 エイジを獲得するために。
 きららのパパには、 そんなこと何も知らされてはいなかった。
「なんの話しだよ」
「こっちのことさ。それより、これを聞いてみろよ。アイツのオリジナル……」
 狩野は、テープのスイッチを入れる。エイジのあのバラードが流れる。

パパの顔色が変わる。
「こ……これは……」
「たいした才能だぜ。当たるよ、コイツは」
「……これは、……オレの書いた曲だ」
「おい、星野、今……なんて……」
「オレが、恋人のエミイに書いた曲なんだよ。クラプトンの『レイラ』を気取って。オレもありったけの気持ちで、このバラードを。なんでエイジが……」 
 パパはスタジオに立てかけられた、エレキギターを手に取った。
「こいつは!」
「渋いな。フェンダーのストラトキャスター70年モノか」
 狩野がなつかしそうに言う。
「そうじゃない。誰が持ってた!」
 パパが、怒鳴る。
 スタジオマンの一人が、
「エイジがおいてったんです」
 ゴトッ パパは愕然として、ギターを床に落とす。
「星野、どおしたんだ。顔が真っ青だぞ!」

「エイジは……オレとエミイの子供かもしれない。……このギターはオレのだ!」
「なんだと!!じゃあ、あの二人は!」

 エイジときららは海を見てた。

 夕焼けの逗子海岸。空がバーミリオンにそまって。
 色とりどりのウィンドサーフィンの帆が、逆光で、風に揺れて。
 いつものように……、二人で砂浜にすわっていた。
 帰り支度の男の子たちが、きららの横を通り過ぎて行く。わずかな、潮の香りを残して。 エイジは、ふっとタメイキをつく。
「……本当にまいったぜ。きららには…」
「うふふ。女の子は恋をすると強くなるもんなの。」
 きららはすっと立ち上がる。
「明日も晴れそうね」
「あー」
 きららの頬を風がなでてく。
   明日……、明日か。
   たぶん、明日……。わたしは退学になる。
   エイジを狩野のオジサマに教えたパパ。
   どういう理由があったにしろ、許せない。
   もう、パパの世話なんかにならないわ。わたしも、働こう……。
   だから……高校カンバックも夢ね。
   わたしはエイジと出会ってしまった。
   いえ、出会えたんだから、この運命に生きるだけ……。

 きららは、 エイジを振り返る。
「ねーエイジ。生まれる前って、前世って考えたことある?」
「いや……」
「愛しあう人たちって、前世でも心寄せあってるんですって。
 その記憶があるから、会った瞬間から魅かれあって。
 その人とは、現世で兄妹になることや、出会えずに終わってしまうこともあるって」
「不思議な話しだな。じゃあ、オレたちは何だったんだろう」
「きっと、人魚姫と王子様よ。
 エイジに気付いてもらえなくて、わたしは海の泡になっちゃって。
 やっと本当の女の子に生まれ変わったの。そして二人は結ばれたんだわ」

 エイジは優しく笑って、きららをみつめる。
「王子さまに祝福のKISS」
 きららはエイジの唇に軽く触れる。
 瞳が重なる。
 エイジの瞳は、愛と不安が入り交じった色をしている。
 きっとわたしも…同じ瞳の色をしてると、きららは思った。
 エイジは、ギュッと、きららを抱き締める。
    わたしたち……大きな運命の渦の中で……。
   でも、今は、エイジと……。



ひきさかれたハートの行方


 季節は、秋になっていた。

 人の姿もまばらな、夕暮れの逗子海岸。
 きららは、ひとり…エイジの面影を求めて、波打ち際を歩いていた。
 光る海をつつむ空が、深いオレンジに変わっていく。
 太陽が、静かにぬくもりを失ってく。
 きららの胸に、切なさが……、じわりとこみあげる。
 あのまばゆい、8月最後の日。
 エイジはきららに、シルバーのポージーリングをくれた。
 この海岸で、指にはめてくれた。今、きららの左手の薬指で光ってる。
 Remember I will always be around you.
 そう、刻まれてる。
 エイジがよく歌ってくれた、あのバラードのワンフレーズだった。
 それが、きららの唯一の願いだったのに。

   あの頃……、
   エイジの隣にいることが、あたりまえで……。
   エイジがいなくなってしまうなんて、考えもしなかった。
   エイジ……エイジ!
   あなたに会いたい。あの瞳をみつめたい。
   あの熱い……キラキラしたダイヤモンドの日々は……
   もう……帰ってこないの? ねえ……

 きららの瞳からこぼれた光のしずくが、シルバーのリングを濡らした。
 そして、砂の上にも、ハラハラとこぼれ落ちる。
 きらめきの行方を、白い波が、あとかたもなく浚らってゆく。
 振り返れば、いつだってそこに、
 ダンスしてるみたいな、二人の素足のあとがあったのに。
 エイジのいなくなったきららの肩先を、冷たくなった風が吹きさらしてく。
 新しい制服のスカートの裾をゆらしてく。
    さむい…… 寒いよ…エイジ
   わたしの体中が、ヌケガラみたいにスースーするの。
   わたしたちあんなに、ひとつだったのに、何があったの?
 
  どこへ行ってしまったの?
   エイジ、どおして!
   絶対、わたしのこと、奪い返しに来てくれるって、
   ……信じてたのに。
   なぜ、いなくなってしまったの?
   誰か教えて!!
   こうして目を閉じれば…今もそこに……
   あの瞳が……
   エイジの哀しい瞳があるの。
   切ないよ。
   苦しいよ。
   引き裂かれたハートの片割れが、
   わたしの胸で、叫んでる。


運命のあの日


 あの日。
 運命が、きららからすべてを奪った。
 エイジと暮らしていることを密告され、女子校生でなくなった。
 でも、キタナイ大人たちから、エイジを取り戻せたと、きららは信じていた。
 だけど……こんな形で……エイジを失うなんて、きららは思いもしなかった。  


 突然、嵐のように。
 きららのパパが、エイジたちの部屋へ押しかけて来た。

「きらら、帰るんだ!!」

 入ってくるなり、そう叫んで。パパは、きららの腕をつかんで玄関のほうへ引きずり出そうとする。それも、腕がひきちぎれそうな、強い力で。
「どおして!今になってどおして!許してくれたじゃない!」
 きららは、必死に抵抗しながら、叫ぶ。
 パパの心変わりの理由が、まったくわからない。
「とにかく、家に戻るんだ。二度とエイジに会うな。出会っちゃいけなかったんだ。オマエたちは!」
 パパは、何かを吐き捨てるように叫ぶ。
 エイジはどうすることもできずに、その場に立ちつくしていた。
 ふう、一呼吸する。たかぶる気を鎮めるように。
「理由を聞かせてください」
 と、感情を押し殺して言った。
「…………」
 パパは言葉をなくしたまま、じっと、エイジをみつめる。
 その瞳が、怒りとも慈しみともつかない、深い湖のように漂って。
 きららには、それがとても…もどかしげに見えた。
「言えよ!どおしてなんだよ」
 エイジの言葉が、耐え切れず弾ける。
「……あんたはオレに、自分と同じ思いはさせないって、言ったじゃないか!あんただけは、オレを理解してくれる…唯一の大人だって……」 
 エイジは、一瞬、言葉を飲む。彼の唇が怒りに震える。
「……くっ、あのデビューの話だって、あんたがオレらのことを考えてっ
 て。だから、きららに隠してまでオレは…。信じてたんだ。オレはあんた 
 を信じてたんだぞ!」
「なんですって!パパっ、どーゆーこと?」
 きららは、パパの手を振り払う。キッとキツイまなざしで、パパを見た。
 パパは弱々しく微笑する。
「エイジは……あの世界でしか、生きられないヤツだからだよ」
「そんなことない!」
 きららは即座に叫んでいた。
 でも、心の奥で、そうかもしれないという気持ちが、揺らめいていて。
 エイジの才能を、たぶん、きららは誰よりも感じていた。だけど、エイジがそれを望んでいない以上、そのことを認めたくなかった。彼を失いたくなかったから。
 パパは力なく、肩をおとす。
「……このままでは、不幸になるだけなんだよ。おまえたちは……。
 きららは、退学になった。まだ、高一だよ。エイジ……、君には、きらら 
 を守ることができないんだ。」
「! うそだろ、きらら!」
 エイジは息をのんで、きららを見る。
 その食い入るような瞳から、きららは顔を背けた。
    ごめん……ごめんね……エイジ 
   わたし、言えなかったの。隠すつもりじゃなかったけど……
   言うのが、コワかった ごめん……

 エイジは、言葉を無くしていた。両手をギュッと握りしめ、唇をかんで。
「きらら…、帰るんだ」
 パパは、何かの判決をくだすように言った。
 
 きららは、瀬田の家に連れ戻された。そして、自分の部屋に帰って来た。
 冷えきった空気が、きららを包む。そこには、なぜか、なつかしさのカケラもなくて…。なんだかとても、居心地がわるい。
 きららは、ベットでひざをかかえて。窓の外は見る。
   エイジ…… エイジ……  
   あなたは、帰れって言ったわ。
   でも、またすぐ、迎えに来てくれるよね。
   ねえ、またすぐ、会えるよね


 RRRRRRR
 パパの仕事部屋のTELが鳴る。遠く……BGMのように……
 しばらくして、パパが出る。
 まさか、その電話がエイジからだったなんて、きららは思いもしなかった。
 そして、そのCALLが、
 きららたちを引き裂く、残酷な運命のプロローグになるなんて。  


 エイジは、カウンターのスツールに座っていた。
 カントリーハウス風のショットバーで。
 暗いアンバーな照明の店内に、低くジャズが流れている。
 エイジは、目の前におかれたロックグラスをじっとみつめていた。
 きららのパパが、店に入って来る。そして、無言のまま、エイジの隣に座った。
「オレには……、本当のことを言ってくれますよね」
 エイジは、静かに……悲しい瞳で、つぶやくように言った。

 ガッシャーン
 エイジの手から、持っていたグラスがすべり落ちる。
 床の上に、琥珀色の液体と、氷と、ガラスが砕け散る。
 その瞬間、エイジの心も……鋭い破片でズタズタにされていた。

「すまない……」
 パパは、額を両手でおおい、うつむいた。
「……そ…それは……、確か……な……」
 エイジは、とても信じられなかった。
 きららと自分が…異母兄妹だったなんて。
 何か深い訳があるとは、予想していた。
 それが、まさかこんなことに。
「……エミイと別れた時期、そして……君の誕生日……。おそらく…まちがいない」
 パパはそれ以上の言葉を、飲み込んだ。
「そ……そんな……」
 エイジはガチガチに震える指を、自分の前でぎこちなくひろげた。
「オ…オレは…、この手で……きららを。……な……なんてことを……」
 エイジは、その罪の重さに打ちひしがれていた。知らなかったこととはいえ。とりかえしのつかないをことを……。
 むじゃきなきららの顔が、心を過ぎる。きららのぬくもりが、体によみがえる。
 カッと、エイジの頬を熱くさせる。
 エイジは、自分のそんな感情がコワクなった。ゾクッと背筋に冷たいものが走る。ナイフをつきつけられたような。
「このことを、きららは……」
 エイジは、やっとの思いで激情を押える。
「一生……知らせないつもりだよ……」
「そうしてくれ……。アイツにこんな思いをさせるなんて、耐えられない。いずれ……オレのことも忘れるさ」
 エイジは、唇の端を歪めて……自嘲した……。
   ふっ……そうさ、時が解決する。
   オレなんか忘れて……、他に好きなヤツができる。
   もっと、ましな……まともなヤツが…

「エイジ……オマエにも、できるだけのことをするつもりだから」
 パパは、そう言って、ポケットの札入れに手をかける。
 エイジはそれをキッと睨みつけ、
「じゃあ、頼むから……二度とオレの前に現れるな!」
 ドン! 叫ぶと同時に、エイジはカウンターに両手をたたきつけた。
 一斉に、他の客が振り返る。
 向けられた視線から逃れるように、エイジは、店から出て行った。

 
 そして……エイジは、 きららたちの前から姿を消した。
 カンペキに……。あとかたもなく……。
 エイジの部屋で過ごしたきららの荷物が、瀬田の家に送り返されてきた。 
 その時、初めて……きららは、エイジが本当にいなくなってしまったことを知った。
 そこには、彼の面影を残すものは、何ひとつなくて……。
 ふたりで撮った写真も、
 ふたりで書いたスコアーも、
 ふたりでかわりばんこに着てたパーカーも、なにもかも……
 きららの元へ、帰って来てはくれなかった。
 それは、決定的な言葉のようで。
 気が遠くなるような哀しみが、きららを包んだ。
    だって……わたしに残ったのは……
   片時も消えないエイジへの想いと……
   より鮮やかにきらめく、エイジと過ごした日々の記憶と……
   いつもそばにいてくれると誓った、このリングだけ。
   わたしだけ、何もわからないまま……

   とり残されてしまって。
   どうすることも、できなくて。
   エ・イ・ジーーーー!!!!!


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