見出し画像

『林間学校の夜の話(前編)』

「今、虫刺されの薬持ってるの誰ー?」

「あっ、私!こっちー!」

満天の星空の下。
クラス毎に敷かれた大きなブルーシートに腰掛けたまま、
痒み止めのチューブを右手に掲げ、返事をする。

「貸してー、思いっきしやられたわ。」
「大丈夫?
 …うわぁ、ぷっくりなってる。」

爪でばつ印をして堪えた跡が見て取れて、
こちらも思わず身震いしてしまう。

「てか、話すの久々じゃん?」
「そうだねー。基本、班行動だったもんね。」

薬を塗りながら、君が右隣りに腰掛けてきた。

「お前の部活仲間、結構話したよ。
 二人とも面白かった。のほほんとしてて。」

「あはは、でしょー。
 いっつも一緒に居て楽しいよ。」

親友達が褒められたのがなんとも嬉しく、
私はいい気分で水筒の蓋に注いであったお茶を口にする。
が、まだ熱くて、少ししか飲めなかった。

「えっ、なんで湯気出てんの!?」

「さっき担任が、
 "あったかいの欲しい人ー"
 って、配ってたよ。」

「よく熱いのなんていけるな…
 僕、今、かき氷食べたいくらいなんだけど。」

君の気持ちは、わからなくもない。

「まぁねー。まさか全クラスの男子と、
 フォークダンスするとは思わなかったよ。」

「昨日がハイキングで、今日が登山で。」

「最後にとどめのオクラホマ6連チャン。」

「部活よりキツイわ、ほんと。」

「ねー。ふくらはぎつりそう!」

二人でくすくすと笑い合う。
空白の多かった二日間の穴埋めをしながら、
私はもう一度、お茶にトライした。
…うん、もう少し待とう。

「ねぇ、熱いの苦手でしょ。」

「…。」

「えぇ、この距離で聞こえないふりは無理だって。
 そんな熱いん?
 どれどれ。」

かき氷の気分はどうしたのかと返事をする前に、
君は私の手から、そろりと蓋を持ち上げて、立ち昇る湯気をひと吹きした。
くいっと飲み出す様子を、横目で見ながら呟く。

「…熱いよ?」

「いやいや、もうこれは飲み頃!
 はい、お前はやっぱり猫舌です。」

言い返す言葉が見つからない悔しさと同時に、
「やっぱり」という単語に、先日、
二人で食べに行ったラーメン屋の味と記憶が蘇る。

「あー、塩とんこつラーメン食べたいな。」

「僕はまたこってり醤油だな。
 ねぇ、お腹減らしてくる攻撃やめて?」

「猫舌認定のお返しっす。
 あ。」

不意に手を入れたジャージのポケットの中で、
四角い塊が指に当たり、声が出た。

「いいものあった。緊急用だけど。」
「えっ、なになに?」

自分でも珍しいほどのしたり顔で、それを君の目の前にかざして見せる。

「ぶっ」

君は吹き出しながらも、差し出されたミニ羊羹を摘む。

「おばあちゃんかよ~!」
「なっ!?心外だなぁ!
 登山にはこれだっておばあちゃんが言ってたんよ!」

小馬鹿にしつつも、あまりにスムーズに開封して、
美味しそうに端っこをかじった君に、私も堪らずに笑い出してしまった。

「ははっ、普通に食べてるじゃん。」
「いや、あったかいお茶もあるし。
 ほら、もうぬるいから大丈夫だって。」

ゆっくりと戻された水筒の蓋を、両の手で受け取る。
ようやく口をつけられたお茶は、喉からお腹のあたりに、
ぽかぽかと心地よい温かさを広げていった。

「はい、おばあちゃん。
 緊急用もね。」

いつの間にか半分の大きさになっていた羊羹が、
目の前に差し出されている。
思わず君の口元から目の当たりに、視線が動いた。

「えっと、全部、食べていいよ?」

私の言葉への返答はない。
君は少しだけ、ほんの少しだけ口を開いて、小さく息を吸ってから、

「…はい、せーの。」

残りの下半分のビニールを押す。
ちゅるんと前進してきた羊羹を、私は咄嗟に咥え、
もう一度口を開いて、無事に受け取ることができた。

君の顔を見たまま、ただもぐもぐとするだけの私。

「うん、上手。」

いたずらが成功したちびっこのように、満足気ににっこりと笑う君。

「ご馳走様。
 疲れた体への甘い羊羹。
 このご恩は忘れませぬ。」

何故か古文のような御礼をされて、甘さも何もわからないまま、
大きくゴクンと、頬張っていた羊羹をひと飲みにする。

胸のあたりにつかえた言葉にならない感情も合わせて、
飲み頃のお茶はゆったりと、
私の中へ流しこんでくれた。

↓続き

#短編小説 #散文 #イラスト #流れ星


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?