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『林間学校の夜の話(後編)』

「先生ー、星座早見表の見方が
 わかりませーん。」
「理科の先生に聞いてー。」
「北は?北どっちよ。」

すぐそばにいるはずの、クラスメイト達の笑い声が遠い。

君は右隣りで、ごろんと橫になった。

「星ねー。昨日は流れ星見えて
 盛り上がったけど。」

言い終えて、ミニ羊羹のビニールを咥えている。

「もう見飽きた?
 今夜で見納めだよ。」

私も空になった水筒の蓋を橫に置いて、
体育座りのまま、背中をブルーシートに預けた。
視界いっぱいの星空を眺める。

「星の光って、結構いろんな
 大きさがあるんだねぇ。」

ぼんやりとした感想に、君は頷いてくれた。

無言の時間。
不思議と嫌ではなかった。

最後まで残った甘みを堪能した君が、ようやくビニールを口から離す。

「あー…これは眠れる。まずい。」

「えっ!?外だよ!
 風邪引いちゃう。」

思わず右横を見ると、瞼の重たそうな顔がこちらを見ていた。

近い。

いや、今はそんな事よりも、焦りが上回る。
これは本気で眠い時の顔だ。
見覚えがあるからわかる。

「お前はいつも驚いてばっかだな。」

くくっと笑いながら、君は静かに話し続ける。

「…いつも寝る前に、
 音楽聴いてるんだ。
 昨日はそれをやれなかったから、
 なかなか寝付けなくて。」

私は頷きだけの相槌を打つ。

「でも、今日はさすがに…眠れそう。
 疲れもあるけど…

 羊羹とお茶と星は、
 まったり過ぎた。」

「君は、まったりもよく似合うよ。」

「"も"ってなんだよ、"も"って。」

お日様の下、大きな声で部活に打ち込む君を思い出しながら、
私は視線を星空へ戻し、ふふっと笑ってごまかした。

「音楽はさ、何聴いて寝るの?」

「…内緒。今日はぐらかされるの2回目だし。」

君も、顔の向きを星空の方へ戻した。

「私が寝る前に聴くのはねー。」

「お前、いつもよりも会話が自由だな…
 てか、知ってるよ。好きなバンド。」

「え!?教えたっけ?」

「いや、下敷き。
 たまに眺めて、にやにやしてるし。」

さすがにそこまで見られていると恥ずかしさが勝ってしまい、思わず両手で顔を覆う。
ひとまず、小声で頼んでみた。

「…忘れてください。」

「わかった。
 一生の思い出にします。」

「ふふっ」

それは今使う返事じゃないだろうと、笑い声が漏れてしまった。
つられて笑う君に、もう一度尋ねる。

「で、君は何聴いて寝るのさ。」

「うーん。
 意外だねってよく言われるから、
 言いたくないんだけど。」

君は、下唇を人差し指でいじりながら答えた。
その仕草が気になり、ついそちらに顔を向けてしまう。

「まぁ無理には…」

「ううん。言う。」

人差し指が上唇に移動して止まった。
そのまま、もう一度顔をこちらに向ける。

近い。

不意に君が、左腕を付いたまま、上半身を起こす。
空いた右手を口元に添え、横を向いたままの私の左耳に、
ぽつりと声を落としてきた。

「僕はねぇ…」

君のジャージの皺が、鼻にあたる。
さっき終わったばかりの、キャンプファイヤーの煤けた香りがした。

カサッ。

耳にかかった髪を避けられた音が、
身体中に響く。

「…が好きなんです。」

続けて降りてきた有名バンドの名前。
それと、甘い羊羹の香り。

視界から星空が消えてしまった。
僅かな明かりに誘われるように、君の顔を目で追う。

こちらを見ている瞳は、少し濡れていて、綺麗だった。

熱い。たぶん、私が。
いや、眠気に襲われている君の熱かな。

言い終えてスッキリしたのか、
君はまたゴロンと寝転がった。

「雨の歌。あの歌が好き。」

「えっ。」

ほぼ無意識で放たれた私の言葉に、君は驚き、こちらを向いた。

「バンドのメンバーのラジオで流れて、
 前奏から凄く気に入っちゃって…
 CDがなかなか見つからなかったから、
 結構探して、駅の向こうのお店でやっと買えたの。」

普段からこのぐらいスラスラと話せたら、どんなに楽だろう。
というか、話し過ぎたかもしれない。
君は口に手をあてたまま動かないので、我に返って不安に襲われた。

「え…いや、結構発売したの前だし。
 シングルを探したってこと?」

ようやく聞けた声に安堵する。

「う、うん。
 あ、でもあれは有名な曲だもんね。
 他のも聞いたことはあるんだけど、
 あんまり詳しくはなくて…。」

意を決して話してくれた君の覚悟に応えたかったけれど、
おそらく自分の知識では足りないだろうと、
だんだん申し訳ない気持ちになってきた。

「ちょっと待って。」

突然の静止に、肩がぴくりとすくんでしまう。

「あ、ごめん。話の途中で。
 ちょっとびっくりしちゃってて。」

「びっくり…?」

「いや、急にその歌の事
 出してきたから。」

「なんかおかしかった、かな?」

「いやー?…全然ッ!」

君はガバッと起き上がり、こちらを見下ろしている。

星明かりの逆光の中、
嬉しそうに動く唇の端が見えた。

「今度はお前の番。
 寝る前に聴く好きな曲は?」

普段よりも優しく、少しだけゆっくりめに話す君の声。

その心地よさに包まれて、私も体を起こす。

耳の奥でゆっくりと、
君の好きな雨の歌が流れていた。


#短編小説 #散文 #イラスト #流れ星

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