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『林間学校の帰りの話』

最終日、バスは市街地から高速道路に入った。
青々とした山や田畑が遠くになり始め、昼下がりの車内は、
カーテンを閉めて、誰もがうとうととした空気に身を委ねている。

薄明かりの揺れる中、私はバス酔いしたクラスメイトと、
席を交換することになった。

彼女のいた、後方から3番目の席に着く。

(あぁ、確かに少し、
 揺れが大きいかも。)

振動を感じながら、カバンを開け、
水筒を取り出し、冷たい麦茶を一口すする。

窓側には、カーテンに寄りかかり寝こける、見慣れた顔がいた。

(…寝る天才だわ。)

心の中で軽口を叩いたのが聞こえたのか、君がパチンと目を開けた。

「あ、ごめん。起こした?」

「んー…いや。
 …あれ?席変わったの?」

右目を擦りながら尋ねる姿は、
寝起きの猫のようで、少し可愛かった。

「うん、酔っちゃったみたいで。」

「そっかー。
 気付いてやれんかった。」

君は、肩にぐーっと力を入れて伸びをしてから、座り直して腕を組む。

麦茶を飲み終えた私は、水筒の蓋を閉めながら、

「まぁ、どうぞ。寝てくださいな。」

昼寝の続きを勧めた。

「あ、これさっき買ったやつ?」

相変わらず人の話を聞いていない君は、私の膝の上に置いてあった、
ハンドタオルを持ち上げる。

このペースにも、随分慣れた。

「うん、部活の二人から誕プレで。
 結局お揃いで買っちゃったんだけどね。」

散りばめられた和柄と、赤い動物のモチーフが、
この旅の思い出にピッタリで、気に入っている。
というところまで話をするか悩んでいると、

「三人でわちゃわちゃしてるのは見てたよ。
 いいね、これ。可愛い。」

タオルを広げた君の返事に、つい嬉しくなってしまう。

「あ、じゃあこれ、良かったら。」

私はカバンから同じ柄の新品を取り出して、君に渡した。

「え!?
 なんで同じの出てくんの!」

小声で驚き、笑う君。

「いやぁ、4枚買うと割引だったから。つい。」

「まんまと乗せられてる!」

つられて笑う私に、的確なツッコミが入る。

「まぁ、ほら。何枚あっても使えるし。
 あ!昨夜、好きなバンドを教えてもらったお礼に。」

完全についでのような理由を付けてしまったにも関わらず、
君は意外にも、すんなりと受け取ってくれた。

「じゃあ、遠慮なく。ありがとう。
 …二人に見られたら、たまたまだって言うわ。」

「お手数をお掛けします。」

頭を下げる私をよそに、君はカバンにタオルをしまう。
そして、手を突っ込んだまま、ぽつりと呟いた。

「いつだったの?誕生日」

「え? あ、昨日。」

「昨日かーい。てか、言えよー。
 普通に昨夜話してたじゃん。」

「じ、自分から言うことでもないし…すみません。」

何故か謝っている自分が可笑しく、また頭を下げた。

「じゃあ、遅刻分も込みでふたつね。」

目の前に差し出された、黒と赤の小さな包みに驚き、
思わず君の顔を見上げる。

「えっと…え?私に?」

「解説するから、とりあえず開けてみ。」

座席の真ん中に置かれた包み達を、催促気味に指差され、
言われるがまま、ひとつめを開く。

硬くひんやりとした感触。
その小さなグラスには、絵付けされたキャンドルが、
ちょこんと収まっていた。

「わぁ…綺麗。これ、桜だ。」

私はそっと目の高さに持ち上げ、ゆっくりと回し眺める。
水色の空に、淡いピンク色の桜の花がふんわりと描かれていた。

いつかの朝練の時の桜吹雪を思い出し、左胸の奥のあたりが、
ギュッと締め付けられる。

「なんか有名らしいよ、
 絵付けのろうそくが。」

そう言いながら、君はもう片方の包みを開けて、こちらに渡してくれた。
私は小さな春の思い出を左手に持ち替え、右手でそれを受け取る。

明るい黄色地のキャンドルだ。

「こっちは…雪化粧の椿、かな?」

赤と白のしっとりとした組み合わせの登場に、
再び君の顔を見ると、解説とやらが始まった。

「当たり。
 昨夜、お前が好きなバンドの、雪のCDの話したじゃん?
 で、カップリングの歌も実はいい!的な。」

「うん、君に"おませさん"って言われた、
 春の失恋の歌ね。」

私は頷きながら、ふふっと笑う。
君も微笑みながら、話を続ける。

「冬の雪もいいけど、春だったら桜だなって。
 ほら、朝めっちゃ吹雪いてた時もあったし。」

「うん、覚えてるよ。」

嬉しさが伝わってしまうのが怖くて、
少し下に視線を外す。

「で、迷ってたら、店の人が、
 "ふたつ買うならおまけしますよ"って。」

「自分も乗せられてるじゃん!」

すかさずツッコミを入れながら、必死に笑いを堪える。
キャンドルを持った両手が、プルプルと震えた。

視線を戻すと、君も片手で口を抑えて、笑い声を押しころしている。

お互いに真っ赤になった耳と頬のまま、ひと呼吸置いて、君が言う。

「ヒマワリがあったら、
 即決だったんだけどねー。」

小さく咳払いをして、

「まぁ、あのベランダの
 ヒマワリ君がちゃんと
 咲いてくれればいいか。」

笑顔をこちらに向けてくれた。

教室の窓辺ですくすくと育つ、
私の好きな花。

(覚えててくれたんだ…。)

記憶の共有という喜びを知り、
あくびをする君を見つめながら、苦しさすら覚える。

少し涙目になってしまったのは、
君の眠気がうつったせいにしよう。
あくびは出ていないけど。

「ヒマワリも好きだけど、桜も大好きなんだ。
 冬も春も好きだから…
 ありがとう。」

すっかり温まったグラスを手に、隠してしまった気持ちの分も含めて、
たどたどしくも、感謝の気持ちを伝える。

「まぁ、昨夜は楽しかったからねー。
 もらった羊羹も美味かったし。」

「うん、また話そう。」

返事をしながら、ふたつのキャンドルを包みに戻す。

更にハンドタオルでくるみ、
慎重にカバンにしまいこむ私に、
窓側の肘置きに頬杖を付いた君が、
いつものような、まどろんだ瞳を向けている。

「…帰ったら、CD持ってくるよ。」

「うん、私も貸すね。」

真似をして、通路側の肘置きに頬杖を付いてみた。
火照りの冷め始めた身体に、バスの揺れは心地良く感じられる。

「ふふっ、真似された。」

君は少し俯いて小さく笑い、
そのまま眠ってしまった。

(やっぱり、寝る天才だ。)

何か安心感のようなものを覚えながら、重たい瞼を閉じる。

(もう少し見ていたかったな……。)

君には伝えられない言葉が、
またひとつ。

まどろみの中、胸の奥の深いところに、静かに積み重なった。


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最後までご覧頂き、ありがとうございました。
この短編には、前日譚もございます。
よろしければ、併せてどうぞ。

#短編小説 #散文 #イラスト #言葉の添え木

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