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障害者施設のケアワーカーから病院のソーシャルワーカーに転職し、抱いてきた違和感について

これについて、大学時代の先輩と同期に話を聞いていただき、自分なりに整理することができたので、せっかくなのでまとめておきたい。


まず、抱いている違和感について。


施設でケアワークとマネジメントをしていたとき、私は常々「基準」が大事だと考え、具体的には、業務オペレーションの可視化(早番や遅番といった勤務ごとに30分間隔でやるべきタスクを箇条書きにしたもの)と、そこから派生した業務マニュアル(基本的な入浴介助のやり方から、訪問診療や関係機関への対応、記録や各種報告書の書き方、掃除のやり方まで)や、年間を通して各シーズンにやるべきこと(夏なら熱中症対策、冬なら感染症やヒートショックの予防など)、新人育成に関するマニュアル等々、とにかく「基準」と「仕組み作り」をやってきた。
私という個人がいなくても何ら問題なく回る職場を作ることを目指した。


なぜ基準が大事か。大きくは、2点あると考えている。


施設(私の場合グループホーム)では、まず均質なサービス提供が求められる。ケアワークを画一的で無機質なものにしたくはないが、ケアワーカーによって支援の質や量にそれなりの差が生じているとクレームになる。丁寧すぎる支援も、良しとされない。その場で利用者は満足してくれるが、結局「あの人はやってくれたよ」となり、施設運営はうまくいかなくなる。

施設でのケアワークは、基準に沿い、チームで足並みを揃えるということ。ここを重視せざるを得ない。


もう一点は、職員のマネジメントの観点だ。

福祉の離職理由トップは人間関係。どんな感じかというと、「あの人仕事遅いんだよ」「あの新人全然掃除しないんだよね」「あの人仕事雑だからいつも私がフォローすることになる」。ざっとこんなイメージだと思う。


こういう職員の本音を聞き流さず、しっかり向き合う必要があると思った。

考えた末、やはり基準を設定することに行きついた。

仕事が遅いというのは、例えばA利用者の入浴介助に時間が掛かりすぎているということなら、A利用者に最適な時間をどうチームで設定するか。ゆっくり湯船につかりたいニーズがあるなら、最大限それに応えてあげよう。ただ全体の業務オペレーションに支障をきたすわけにはいかないから、全体を俯瞰してバランスをよく考える。などしていると、案外「仕事が遅い」と指摘していた人が、ただ早くやりすぎていただけ、という結論になることも多々ある。

主観で言い合うようなことはやめよう。何がベストなのか、知恵を絞ろう。

それは、基準の設定に集約されると思ってきた。



昨年4月、施設のケアワーカーを一区切りとして、病院のソーシャルワーカーになった。

そこから今日までずっと戸惑ってきたのが、病院のソーシャルワーカーに、一切の基準がない、ということだった。


上司から指導いただくのは、基本的に「ソーシャルワーカーとしての自分が、目の前の患者に対して、どうしたいか」しっかり考えること。山口はどうしたいの?と。

医療機関も相談職も初めてだったので、まずは基準を学び、先輩のやり方を吸収し、その職場のやり方を覚えることを意識して入職した私は、とにかく面食らった感じだった。


チームで足並みをそろえるとか、基準や目標が明文化されたものは一切なく、とにかく事例ごとに、自分で考え、先輩に聞きながら、経験を積んでいく。だから先輩によって皆指示が違ってくる。ソーシャルワーカーごとに基準が違っている。


この感覚に、今日まで悩み続けている。




一昨日大学時代の先輩に話を聞いていただき、いろいろと気づきを得ることができた。

先輩も、行政職や社協、教職と、数年ごとに所属を変えており、そのたびに「組織の型」は変わるが、ソーシャルワーカーとしての「自分の型」はぶれない。と。

「自分の型」をもっておくことはおすすめ。とのスーパーバイズをいただいた。

先輩の話を自分の中で反芻しながら、なんとなくだが下の図のように落ち着いた。

私は、施設でケアワークをしていたとき、どちらかというと一般職のようなスタンスで、組織の型を作ることに注力し、専門職としての自分の型をあまり意識してこなかったかもしれない。ソーシャルワークの技術や理論を、そういえば現場に出てからあまり考えることはなかった。というか、そういう余裕がなかった。

余裕がなかったというのは、上の図のようなイメージからくるもので、ケアワーカーの慢性的な人手不足があり、職員の数を確保することすらままならない状況下、ケアの質を考えるというのはかなりハードルが高いのだ。これが今の福祉現場の実情ではないだろうか。


それに対して考えると、ソーシャルワーカーは、少数精鋭になりやすく、「自分の型」で仕事をコントロールできる、そういう違いはあるのではないか。


先輩から、参考文献も紹介いただいた。

結城俊哉著「ケアのフォークロア-対人援助の基本原則と展開方法を考える」高菅出版

早速ぽちりました。

「自分の型」を意識して、勉強してみます。



また、同じPSWの同期にも話もきいてもらった。

精神保健福祉士という国家資格ができてから、まだ20年ちょっとしかたっていない。

まだまだ歴史は浅いこと。また、先輩ソーシャルワーカー方は、今のように制度や資源がない中でそれを作ることをソーシャルワークとしてやってきた。今はどちらかというと、今ある制度や資源をチョイスするような感じ。世代間でギャップはあるのかもしれない。

基準や体系を求めるのも、俺らの世代ならではで、上の世代には伝わりづらいかもしれない。そんなことを言っていた。確かに。


先輩ソーシャルワーカーへのリスペクトは持ちつつも、時代は常にアップデートするので、変容はしていかなくてはいけない。と私は思う。



まただらだら長く書いてしまった。

話をきいていただいた先輩と同期に、心より、ありがとうございました。


ソーシャルワーカーとしての「自分の型」を見つけるまで、もうちょっとだけ精神科病院に所属させていただこうと思いました。

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