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【短編小説】三者面談

「やっぱりなぁ、須藤。お前は大学進学した方がいいんじゃないかと先生は思うんだ」

須藤はうつむいたまま、机の一点をみつめて固まってしまった。

この須藤涼太という生徒ときちんと話すのは初めてだ。

私は今年度、高校二年生のクラス担任となった。

来年度に大学受験を迎える高二の春のこの時期に、受け持つクラスの生徒全員と、放課後を利用して二者面談を進めている。だが、須藤との話し合いは平行線をたどっていた。

「先生、俺どうしてもトリマーになりたいんです」

 須藤がはっきりと宣言した。

「トリマーって、あの……」
「そうです。簡単にいうと動物の美容師さんです」
「そ、そうか……」

県内で最難関の進学校として有名なこの高校に入学しておいて、なぜトリマーなのか?

いや、トリマーもいい仕事だ。それについてとやかく言うつもりは決してない。

だが、なにしろこの須藤という生徒、学年でトップ3に入る成績を、入学してから今までキープしている。模擬試験の成績もすこぶるいい。

その結果を見ていると、ついつい「もったいない」と思ってしまうのが、進学校の教師の性というものか。

「だがなぁ、須藤。ご両親はどうお考えなんだ。大学進学せずにトリマーの専門学校への進学でお許しは出ているのか?」

 なぜそんなことを聞くんだ、俺の進路なのに。とでも言いたげな表情で須藤が答えた。

「わかりません。うちは放任主義で、そういう話はしないので」

そうか。やはり本人は何も知らない。

実は須藤本人には内緒でということで、先日母親から電話で相談を受けたのだ。

なんとか大学進学するように説得してほしいと。

母親をはじめ、父親も祖父母も大学進学をのぞんでいるらしい。

このままでは話し合いが平行線のまま終わらないため、私はひとつ提案をした。

「わかった。一度お母さんにも来ていただいて三者面談をしよう」
「三者面談ですか?」
「そうだ。お母さんに伝えておいてくれるか?」

保護者にも同席してもらって二人から説得すれば、もしかしたら折れるかもしれない。

経済的に許されるのであれば、大学に進学して将来の可能性を広げてからトリマーになっても遅くはない。今ここで可能性を狭めてほしくないのだ。

「先生、母でないとだめでしょうか?」
「ん?」

やはり普段から親子の会話があまりないのだろうか。

だからこういった面談に来てほしいと声をかけるのも億劫なのだろうか。

そういえばこの間母親から電話をもらった時も、「学校に相談したことは本人には言わないでほしい」と何度も念を押された。

もし約束を破りでもしたら、学校にのりこんできて噛みつかれそうな勢いだった。

それなら父親でも、祖父母でも、こちらの味方なら誰でもいい。

「あぁ、ご家族だったらどなたでもいいよ。じゃあ来週のこの時間にまたここで」
「わかりました!」

 立ち上がって教室の出口に向かう須藤を見送りながら、ようやくこの問題に決着がつきそうだと私は胸をなでおろした。


それから一週間が過ぎ、三者面談の約束の日時になった。

誰もいない教室の中央に机を四つ並べ、黒板に背を向けて腰を下ろす。

だが、須藤がなかなか教室に現れない。

面談をすっぽかすような奴ではないと思うのだが、何かあったのだろうか。

そんな考えを巡らせていると、バタバタと走ってくる音が聞こえ、教室の扉が勢いよく開いた。

「先生! 遅れてすみません! 家族を迎えに行ってたら遅くなりました!」
「迎えに?」

驚く私をよそに、須藤が急いで席をもうひとつ追加して、須藤を真ん中にして両脇にご家族を座らせた。そして机の上に、なにやらよくわからないレコーダーのような機械を置いてスイッチを入れた。

「先生、四者面談になってすみません! まずは家族の意見を聞いてください」

須藤がそう言うと、家族がものすごい勢いで話し始めた。

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