【vol.17】有限会社モーハウス代表取締役 光畑由佳さん 「″子連れ出勤″が社会の新常識になれば」
育児中にいつでもどこでも授乳できる授乳服を考案し、1997年に授乳服を製造・販売するモーハウスを立ち上げた光畑由佳さん。モーハウスでは、1歳までの子どもを持つお母さんの子連れ出勤の導入、ネパールの女性の就労支援、地震などの被災地やウクライナの避難民への自社製品の授乳服の寄付をはじめ、女性が輝ける社会をめざし、さまざまな視点で提案・活動を続けている。「授乳服」から出発し、女性のライフスタイルにおける社会課題解決に向け活動する光畑さん、現在の子育て事情、産後の社会復帰、コロナ禍のテレワークで曖昧になった仕事と家庭の境界線についてなどお話しいただいた。
──モーハウスの誕生は、25年前、当時1カ月だった二人目のお子さんが電車の中で泣き出し、乗客の視線が集まるなかで授乳をしてしまったのがきっかけとうかがいました。
上の子の赤ちゃん時代、ママ友と「どこかに出かけよう!」という話になっても、「電車に乗って●●まで」という話には絶対にならなくて、たいてい「家」や「児童館」でとなるのが不思議でした。というのも、私自身、一人目のときはNICU(新生児集中治療室)に入っていたこともあって母乳の出が悪く、粉ミルクだったので比較的行動に制限はなかったのです。
でも、電車内での授乳体験によって、その「課題」にようやく気がつきました。お母さんたちは「外で授乳ができないために、外出をガマンせざる得ない」、そもそもその発想が間違っているのではないかと。行動範囲を広げるために断乳して粉ミルクにするというのもなかなか変な話ですし、なにか良い答えがないものか…と考えはじめたんです。
例えば、電車の中に授乳室があれば、この問題は解決するのかもしれないけれど、一介のお母さんがJRに「山手線、中央線に授乳室をつくってください」と申し出るのは明らかに無理な話。今ならどうにかなるかもしれませんが、当時はそんな発想にもならなかったです。
──そこで自分で授乳服をつくってしまおうと考えられた?
はい。解決できる方法を考えたときに、「〝授乳室″を着てしまう」という発想はできないものか? と。もともと勤めていた出版社が建築系だったんですが、かねてから建築とファッションはどちらも中に人が入れるスペースデザインで、すごく似ていると思っていました。だったら「服」でもそれができるよねと、「授乳ができる服」を考えたのが始まりです。
──1997年にモーハウスを設立されましたが、ママさんたちの育児ライフを支える取り組みは、当時めずらしかったのでは?
当時はベビーカーはたたむのが常識で、電車の中にそのまま乗り入れることはできませんでした。ホームにエレベーターやエスカレーターも設置されていなかったし、一時預かりやベビーシッターは値段がかなり高かったので、逆に自分で創意工夫するサバイバル力を発揮しやすかったと言えるかもしれません。まだ何もないところから始める、的な。
そのソリューションをウェアラブル(wearable)にするというのを考えるのもおもしろかったですし、実際にそれを着てみたら、思った以上の効果であることを実感したんです。「ただ便利」ということだけではなく、着ることで自分の可能性が広がったような、気持ちの変化がものすごく大きかった。
着るだけでこれだけ気持ちが楽になるのだったら、もっとたくさんの人に教えたいと思って、周りのみんなに「これ売れないかな?」って声をかけていきました。「これは伝えていきたい」と感じるようになり、仕事にシフトしました。
──お仲間と一緒に立ち上げたのではなかったのですね。
はい。縫製の技術をお持ちの身近な方にお願いしたり、子どものいるご近所さんが「とりあえず私が着てあげる」と買ってくれて、その後手伝うようになってくれたり、最初は本当にその程度でした。その後、徐々に縫製を進めていかないといけなくなり、内職の相談所のようなところに相談に行ったり、人づてに探したりしました。
97年に設立して、2002年に法人化、店舗は2005年に青山に出したのが最初です。
──店舗開始後は、スタッフの子連れ出勤を導入されました。
スタッフの子連れ出勤は、これまで300人以上行ってきました。親一人よりは病気になるリスクが何倍も増えますから、急な欠勤が出たときのシフト管理はなかなか大変です。コロナ禍になってからは新規募集をしていませんが、300人以上の実績からだいたいの傾向は見えてきました。
この経験を踏まえて、子連れ出勤に関する研究を行っているのですが、コロナ禍に、「かつて子連れ出勤をしたことがある」何人かを対象にインタビューを行ったんです。あるスタッフにzoomをつなぐと、画面越しに子どもが周りにいるのが見えるんですね。お父さんは会社ということで、「これはちょっと集中してインタビューができそうにないな…」って思っていたんです。
ところが、いざスタートすると、子どもたちがサーッといなくなったんです。お父さんが帰ってきたのかと思ったらそうではなく、子どもたちは「仕事」と理解して、自ら離れて行ったとのこと。これはすごいことじゃないですか。普通は仕事が始まると余計まとわりついてきますよね。
実は、その子どもたちは小さい頃にモーハウスで子連れ出勤を経験していて、仕事をしているお母さんの姿を見ていたんです。小さい赤ちゃんなりに、仕事中は“そっち”を優先することを理解しているんです。コロナ禍でリモート会議などが一般化して、仕事中に子どもがまとわりついて困っているママたちを見ていると、彼女は「みんなも子連れ出勤を経験しておけばよかったのに」と感じるそうです。
──コロナ禍では否応なしに在宅ワークの導入が行われて、仕事中のお母さんの顔を初めて見たお子さんは多いですよね。
ただ家でPCに向かって仕事をしていても、子どもからするとあまり仕事してる感がないんですよね。だけど、職場でお母さんがいつもと違う表情で接客をしたり、打ち合わせをしている姿なら、子どもにもわかりやすいじゃないですか。やっぱりそれをしておくと違うんだろうな、と思います。
私は商店街育ちなんですけど、近くには親がお店をやっている友達もいました。なかにはヤンチャな男子もいて、その子は外ではよくいたずらしますけど、家に帰って自分の親がやっているお店の商品を壊すか、と言ったら、絶対にしないです。親の仕事の邪魔はしないんです。つまりそうなるということですね。
──光畑さんは海外講演などもされていますが、例えば、中国ではママさんたちの産後の社会復帰にとてもスピード感がありますよね。
そうですね、私も詳しい理由はわかりませんが、一つは、日本は育休の制度を使える方は、長期間しっかり休めるということがありますよね。一方、中国では一人っ子政策の影響もあるのか、6ポケットでおじいちゃんおばあちゃんが孫の面倒をよく見ている印象です。日本でも北陸などでは、小さな子どもを持つお母さんも立派な働き手として、子どもをおばあちゃんに預けて仕事をしていますよね。
同じく中国でも、おじいちゃんおばあちゃんに預けて働くという選択が割と当たり前にあるのかなとは少し感じます。ただ、モーハウスに来てくださった何人かの中国のインターン生からお話を聞いたことがありますが、「子どもを産んでも、親に預けて自分は働くことになるので、結局子どもと会えるのは週1回くらい…。出産に楽しいイメージがあまり持てない」と言うのですよね。
はたから見ると、中国は日本ほど子育てしにくくないように感じますし、子どもの人数が制限されている分、余計に欲しいと感じるのではないかと思うのですけどね。日本留学している優秀な方たちでしたが、「モーハウスのように子連れで働けるならいいんだけど…」と。
──どちらが良いとは言い切れないのですかね。
そうですね、日本のように1年間育休が取れるのは手厚い制度ですが、人によっては1年間引きこもれてしまうという一面もあります。赤ちゃんと二人だけの世界が良いとも思えないですよね。モーハウスには、長く休めない職種の方、例えば議員さんだったりドクターだったりもお見えになるのですが、逆にそういうみなさんは、お子さんが小さいころからお仕事で大変ではあるけれど、生き生きとされている印象もあります。
長く育児休暇を取りすぎると、管理職になる率が減るという研究もあります。それは単純に職場から長く離れていることもあると思うんです。長く休むほど仕事に戻る自信がなくなってしまう。「休む」か「仕事をする」かの二者択一ではなくて、もう少しいろいろな選択肢があるといいのではないかと思うんですね。
──冒頭の話のように、日本での出産・育児は行動が制限されるなど閉鎖的な印象もあります。それでも光畑さんがモーハウスを設立されたころに比べると改善されたと感じますか?
街中に赤ちゃん連れのお母さんが増えましたよね。ベビーカーで電車・バスに乗れますし、オムツ替えや授乳スペースも明らかに増えたと思います。そうしたハード面、仕組みは以前と比べてもちろん整ってきていて、子育て世代の政策をやっても票にならないと言われていたころに比べると、意識は随分高まってきたと思うんです。
ですが、それでも、インターネットが広まり、家に居ながらにしてたいていのものは買い物できるようになりました。生協を利用するにしても、以前は共同購入だったので、そのグループで自然と話す機会があったのが、今は個別配送で済んでしまう。インターネットで情報は得やすくなった反面、どれが本物なのか、情報が多すぎて選べず、逆に苦しくなっている面もあるように感じます。
──ご自身のご活動によって社会が変わってきた実感はありますか。
ショップに来店される女性の中には、鬱に近い状態に陥ってしまっている方も少なくないのですが、そんな方たちが元気になっていく様子をよく見ました。最初の子育てはすごく大変だったけど、2人目で授乳服を着るようになると、こんなに楽になったと楽しげに来店されると、少なくとも目の前のこの方の生き方・気持ちを変えることができたんだと感慨深い気持ちになります。一つひとつは小さいことかもしれませんが、モチベーションになっています。
また、子連れ出勤していたスタッフは、だいたい子どもが増えていくんです。先ほどのインタビューしたスタッフも、授乳服と子連れ出勤に出会っていなかったら、子育てが大変過ぎて3カ月くらいで保育園に預けて職場復帰して、二人目は考えなかった、と。でも実際は、3人産んでいるんですね。それぞれのインパクトはあったように思いますが、「社会を変えられたか?」と言われれば、まだまだ変わっていないと感じます。
ただ、中国でのスピーチなど、さまざまなところでお話しする機会もいただき、例えば大学では学生たちがすごくいい反応をしてくれて、子育ては大変に決まっていると思っていた子たちが、実はそうでもないのかも、知らない世界があったんだ! と感じてくれるのは、やはり変化なのかもしれません。
──授乳服についてですが、一般的に高価なイメージが持たれているように感じます。
私は授乳服をつくったときに、違和感なく買えるものにしたかったんです。「いくらなら払えるか」を考えて、粉ミルクの値段だったら出せるかなと。母乳が出ない場合は粉ミルクを買うわけですから、粉ミルク1カ月分の値段=1万円に設定しています。それで服とブラが揃というのが今の一番ベーシックなラインです。
もちろんワンピースを選べばもう少し高くなりますが、シンプルなTシャツとブラなら1万円で収まります。でもそれを高いと捉えるのか安いと捉えるのか… やはり多くの人は「高い」と言うんですね。ユニクロはもっと安いから…とか。
でも、本当に1万円出せないのか? というと、粉ミルクの場合は出せるわけだから実際は出せるんですよね。ネイルになら8000円かけたりできるんです。これは価値観の問題で、「生理の貧困」と同じだと思っています。
生理の貧困、数百円のナプキンを買えないなんて、おかしいとよく言われますよね。だってその子は生理の貧困と言いながら、スマホを持っている。スマホは持てるのになぜナプキンを買えないのか、と…。同じく価値観の問題で、その子にとっては生理よりも友達付き合いのほうが大事なんですよね。そこにはお金をかけられるけれど、ナプキンを買わずに自分の体を粗末にするほうを選んでしまう。
また、子どもには同じ1万円をかけられるのに、自分のことを大切にする授乳服にはお金をかけられない。全く同じ構造で、そこはフェムテック(Female〔女性〕とTechnology〔テクノロジー〕をかけあわせた造語)の共通課題なのかなと思いますね。
──「フェムテック」に関する講演もされたとうかがいました。
はい、フェムテックに関しては、男性にお声がけいただくことが意外と多いです。この間はちょうどClubhouseで、ある東証プライム市場の社長さんの会に呼んでいただいて、経営×フェムテックの話をしたんです。例えば、女性にとっては当たり前の生理痛。「漏れたらどうしよう」というのも毎月当たり前で、お金をかけて改善しようとはよほどのことがない限り思わないですよね。
ところが、男性は、最初から「しょうがない」と思っていないのです。生理・授乳ってこんなに大変なんだ、でもこれがあったらこんなに簡単に解決するんだ、いいじゃん、なんで買わないの? 子連れで働くことこんな風に可能なんだ、いいじゃん!というように。その場で、会社の女性社員さんにプレゼントしようとおっしゃって。意外と男性のほうが伝わりやすいと感じています。
──25年前モーハウスをスタートされたころは、こんなにたくさんの場所で活動されることは想像されていなかったのではないでしょうか。
そうですね、ただ何人かのかたにだけでも授乳服というソリューションを届けたいと思っていただけですから。ですから、モーハウスは企業としてはそんなに発展はしているわけではなくて。でも、グレゴリー・ディーズというアメリカの大学教授が「For-Profit Social Ventures」という論文を書いているのですが、その定義を読んでいたら、なんだかうちのスタイルだなと思いました。
要はソーシャルベンチャー(社会起業)ということです。お金は稼ぐのですが、利益が目的ではなく、社会の変革が目的でやっている企業で、企業の形をとってはいるがあくまでも目的は社会的なものである組織という形なので、会社を大きくしましょうとかいう方向にいっていないのです。
これのメリットは、寄付や公共から助成金をもらってやるわけではなく、自分で稼いだことで行うためスピード感はあったりします。デメリットや難しさとしては、収益を社会性ミッションのさらなる改善に注ぎ込んでしまうので収益は上がらない性質があるらしくて、ああうちだな~って(笑)
お店は青山とつくばに2カ所つくりましたけど、どんどんお店を増やして売り上げを上げていく戦略ではなく、こうした場所で子連れで働いてみたら社会の人はどう見るだろう、という視点でやってきたことなんです。
──ソーシャルビジネス(社会起業)と言われる企業が増えているという記事を最近読みましたが、モーハウスさんはまさに先駆けと言えますね。今後の展望をお聞かせください。
今やっと、コロナ禍で私たちのやってきたことが現実味を帯びてきたような気もします。20年早かったんじゃないか、今モーハウスをスタートしていたとしたらきっとすごい投資が集まったのでは、と言われることも(笑)
今後については、コロナで在宅勤務が当たり前になって、仕事と家庭の境目は以前よりずっと曖昧になりました。私たちがやってきた子連れ出勤からの学びが、みなさんの役に立てるかもしれないと考えています。体験できる場や機会、プログラムみたいなものをつくろうとは思っています。
赤ちゃん連れでの就業体験、インターンシップ… 多くの人にとっては初めての経験になりますが、すごくいい体験になるし、トレーニングになると思います。モーハウスでやってもいいし、或いはどこかの会社がやってみたいと言ったら、その会社でやることを私たちがお手伝いしてもいい。300人の実績である程度のナレッジがありますから。
今私は、子連れ出勤の研究者でもあって、複数の大学院で研究を進めています。研究の中でもまとめていますが、全ての人が子連れ出勤したほうがいいとは思わないんです。一方で「預けないと働けないっていう常識」は、壊したほうがいいのかなと思うので、興味のある人に機会をつくったり、或いはそれが子どもにとって害がなかったり、発達に資するものであったり、企業にとってもメリットになることを示していって、機会をつくっていければと思っています。
(2022年9月9日)
\ネパールのフェアトレード授乳服/
ネパールの女性の就労支援として行うネパールのフェアトレード授乳服。ネパールの既婚女性は男性がいるところでは働かせてもらえないことも多く、まだまだ女性の働き先が少ないという。
「現地にいらしたJICAの職員さんからぜひ、とお声がけいただき、そのご縁で10年くらい前からネパールのフェアトレード授乳服をつくっているんです。この1枚をつくることで、たくさんの女性に仕事をつくることができます」
ネパールでは糸が取れないため、インドから入れた綿を紡ぎ、現地工場で機織りを行い、常駐する日本人により徹底した品質管理が行われている。
【PROFILE】
光畑 由佳(みつはた ゆか) 岡山県倉敷市生まれ。お茶の水女子大学被服学科を卒業後、パルコで美術企画を担当。その後、建築関係の出版社を経て、自身の出産・育児体験をもとに、「授乳できる服」を発案し「モーハウス」を起業。三児の母。子連れスタイルで子育てと社会を結びつけ、多様な生き方や育て方、働き方を提案する「子連れスタイル推進協会」代表理事。主な著書に『働くママが日本を救う! ~「子連れ出勤」という就業スタイル』(マイコミ新書、2009
年)がある。
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