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金なし職なし彼女なしスーパーパワーはあり

ふわり、と重力の軛から離れた感覚がする。

俺は今から宙に浮く。別に特別なことではないし割りかし頻繁にやっていることだ。
徐々に高度を上げていくと次第に視界に映る外界の建物や人がどんどん小さくなっていく。

今、俺の体は廃ビルの屋上からすっかり離れた遥か上空にある。
この浮遊感に体を委ねる度に、俺は俺自身のどうしようもなさを忘れることができるんだ。
空から見た街の景色は美しいものなのかは乏しい俺の感性ではわかりやしないがそれでいい。

つい30分前に仕事をクビになったことも財布に300円ぽっちしか入ってないこともこの景色を前にすれば道端のゴミクズのようにささいなことだ。
両手両足を思いっきり開き、空に身を任せる。これは俺だけの特権だ。

俺の名はは虎日(とらび)。金なし職なし女なしの三重苦でついでに言えば友もいない。ただしスーパーパワーはある。
コンクリートを容易く砂に変えることができるしこうして宙に浮くこともできる。
音速を超えたスピードで空を飛び回ることもできるだろう。


今日の空中浮遊はここまで。

ビルの屋上の、コンクリートの地面が近付くにつれて外界の建物や人がどんどん大きくなっていく。
下の世界に降りてあれやこれやと向き合うことにしよう。


完全に地面に降り立った時、ふと背後に人の気配を感じた。

まいったな。この力は秘密にしたいのに。わざわざ廃ビルの屋上という人が来なさそうな場所を選んだのにな。
できれば秘密を守ってくれる人がいい。まさかスマホで撮っていないだろうな。
そう思いつつ振り返る。


そこには尻餅をついた女がいた。信じられないものを見る目つきで俺を見ている。完全に気が動転している顔だ。
女は震えながら俺を指差し、
「ひ……」
「ひ?」



「ヒーロー……?」

無理やり喉から絞り上げたような声で言うのだった。


つづく


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