見出し画像

"犬"に遭った日

俺たちはその夜、"犬"に遭った。


 
「することないし、キャンプに行こうぜ」

 夏のある日、暇を持て余して、友達二人とキャンプに行こうということになった。
  
 友達の一人の実家の押し入れからキャンプグッズを発掘し、近場のスーパーで食べ物を買いあさった。
 そしてそのまま彼の車でキャンプ場に向かった。
 
 午後の暮れくらいにそこに着いた。
 客はそれなりにいた。
 俺たちみたいな若者の集まりに、家族連れ、カップル。ソロキャンプの人もいた。

「おいおいこれじゃあ街と変わらないぜ」

 「折角料金を払ったのにな」と俺たちは意地を張ってキャンプ場の奥の奥を目指した。

 ちょうどここだなという場所に落ち着くと、慣れない作業をしてどうにかキャンプの準備をやり終えた。

 その後は夜まで飲み食いし、はしゃぎまくった。

 夜、あたりが静かになり、そろそろ寝るかとテントの中で支度を始めた時だった。

 遠く森の方から男の悲鳴が聴こえたのだ。
  
 その声が聴こえたのは俺だけだった。
 挙句、幻聴と言われる始末。
 悔しかった俺は
「ちょっと見てくるわ」
と言い捨てて懐中電灯片手にテントから出た。
 二人の静止を押し切り、そのまま夜の森に繰り出した。
 
 夜の森は、木々が鬱蒼と茂り真っ暗だった。
 心細さに襲われながら電灯の灯を頼りに恐る恐る進む。


 やがて、彼を見つけた。
 鼻をつく濃い鉄のにおいがした。


 男が倒れていた。
 助け起こそうとして躊躇した。
 彼の傍らに何かが蠢いていたからだ。


 何か。
 それは"犬"ではなかった。
 だが、"犬"以外の何と例えたらいいのかわからなかった。


 四足歩行の真っ黒い獣。全身が隆起した瘤だらけでごつごつとしている。
 頭部には目も耳も鼻らしきものもない。
 あきらかに熊でも猪でもましてや狼でもない。
 ただ、それを何かに当てはめるなら、"犬"としか言えなかった。


 "犬"が倒れた男の首を食いちぎっていた。




つづく

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?