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天国に行った愛犬からのメッセージ


モクは、わたしのたったひとつの宝物だった。

どんなときも、ただ一緒にいてくれた。

隣にいてくれるだけでいい。

しっぽをちぎれんばかりに振り、わたしに抱きついてきた。

もう、二度とそれはないんだ。

まだこんなに暖かいのに。

わたしは、モクの身体を撫で続けた。

しだいに固くなっていくモク。

最後に残されたわずかな気力を振り絞り、ペットの葬儀屋を探し、電話をかけて供養の準備をした。

放心状態のわたしを気遣って、葬儀屋さんは何から何まで丁寧に事を済ませてくれた。

小さな骨壺に納まったモクがいた。

モクと過ごしたこの部屋が、無機質で氷でできているかのようだ。

こんなにも心が痛い。

悲しみの海に溺れて、海底奥深く沈んでしまった。

そこは、真っ暗で、冷たい。


小さい頃に両親が離婚して、わたしは、祖父母に育てられた。

大好きだった、おじいちゃんが亡くなり、おばあちゃんと二人で気落ちしていた時に近所の人が、捨てられていたモクを飼わないかと連れてきてくれたのだ。
毛がモクモクしていたので、モクと名付けた。モクは、おとなしくて、とても賢い犬だった。モクのおかげで、おばあちゃんも元気になった。

そんな、おばあちゃんも天国に行ってしまい、わたしにとってモクだけが、家族だった。

両親は、お互いに再婚して、普通に暮らしていた。
その時にわたしが、どちらかの親と一緒に暮らすという選択肢はなかった。

こんな陰気で消極的な性格では、彼氏どころか親身になってくれる友達もいない。

モクは、家族であり、恋人であり、友達だった。

わたしにとってかけがえのない存在だった。

そんなモクがいなくなったら、わたしの存在価値もなくなってしまったも同じだ。

もう、生きる気力もない。

わたしは、ただ骨壷を抱きしめているだけだった。

何日たったのか、どれだけの時間が過ぎたのかもわからなかった。



突然、玄関のチャイムがなった。

そのとき、玄関の扉の外で、犬の鳴き声がしたような気がした。

「キャン!!」

ふらふらの身体で、玄関の扉を開けると、そこには小学生くらいの男の子が子犬を抱きかかえていた。

「お姉ちゃん、モクが心配してるよ!ちゃんとご飯食べなくちゃダメだって。天国でお姉ちゃんを見守っているから、ちゃんと生きなくちゃだめだよって言ってたよ。はい!!この子犬あげるからかわいがってね バイバイ」

男の子は、一目散に駆け出して行ってしまった。

わたしは、何がなんだかわからず、思考を巡らせたが、理解できなかった。

モクがわたしを心配している……。

。。。

モクが……。

ごめんね……モク…心配させちゃったね。

でも、どう考えても状況が理解できなかった。

キャン!子犬が暴れだした。

大変だ!このこ どーしよう!!

まず、リード、 え~と、え~と
とりあえずモクのを代用して、繋いでおく。

犬のごはんは、老犬用しかないが、とりあえず与えてみた。

食べた!!

一瞬で血液が体中を巡る気がした。

食べかけの硬くなったアンパンを口に放り込んでペットショップに向かった。必要なものを買い揃え、家に戻った。

子犬がおもいっきり尻尾をふり、顔をぺろぺろなめてぴょんぴょん抱きついてきた。

わたしは、久しぶりに声を出して笑った。

名前どーしよ?

モク…同じ名前は、やめたほうがいいよね。

モク……毛の色はモクとそっくりでコーヒー色。で一番好きなのは、モカだから、モカ!! うん!モカがいい!シャレてると思わない?ねぇ…モク?

子犬の世話は、ほんとうに大変。でも、お陰で、夜は疲れてぐっすり眠れるし、朝は早く起きてお散歩。

規則正しい生活のリズムも作られ、いつのまにかモクを亡くした傷あとが少しずつ癒えてきていた。

祖父母が残してくれた少しのお金で生活できたが、モカとの生活を維持するために私は仕事を探し就職した。

休日、以前にモクと行っていた公園まで足を延ばしてみた。

あ!!あの男の子!!

わたしは、急いで男の子に駆け寄った。

「ねえ、あのときの僕よね?私のこと覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

「何故、モクのこと知ってるの?」

「ごめんなさい。僕ね、おばちゃんに頼まれたんだ」

「おばちゃん?どこの?」

「お姉さん、こっちに来て」

男の子は、モカを見て、大きくなったねと言って顔をほころばせた。


一軒のカフェの前に来た。

扉が開き、中から優しそうなおばさんが出てきた。

「いらっしゃい。さあさ、中に入って」

「ありがとう、ケンちゃん はいこれ、おばちゃんが焼いたクッキーよ」

けんちゃんは、ぺこりと頭を下げてあのときと同じように駆け出して行った。
モカは、おとなしくお座りしている。なんだか看板犬のようだ。

そこは、なんともいえない不思議な空間で、どこか懐かしい空気が漂っていた。おばさんは、席に案内してくれて、

「コーヒーでいいかしら?おすすめはモカよ」

おばさんは、意味あり気に笑った。

「モカ大好きです。あの、お聞きしたいことが……」

「聞きたいことはわかっているわ。ごめんね~おせっかいだとは、思ったんだけどね、どうにも、ほっとけないたちで」

「いいえ、あのときは、一瞬、なにが起きたかわからなかったけれど、
でも、モクが心配してるって聞いたときは、ほんとにそうだと思いました。あの言葉のおかげで本当に元気になることができたんです」

「モクちゃんを散歩してるときに何度か会ったでしょ?覚えてないかな?
そのときに、モクちゃんをみて、じきに天国からお迎えが来ることがわかってしまってね…」


「だから、その後、散歩している姿が見えなかったから、近所のひとに聞いたら、家族がいないみたいだし、心配になってね。そんなとき、
動物愛護センターであの仔犬をみつけて、思いついちゃったのよ。だって、私が行っていきなりこの仔犬飼ってくださいって言っても絶対に断ると思ったから、だからケンちゃんに頼んで小芝居させちゃったんだよ」

わたしは、目を丸くして、驚いてしまった。

わたしのためにそこまでしてくれるひとが、この世の中にいるなんて。

「わたしが、もし犬を引き取らなかったらどうするつもりだったんですか?」

「そのときは、そのときだよ、このカフェの看板犬になってたかな~」

コーヒーを一口飲む。美味しい……。

涙と混じって 少ししょっぱい。

「わたし、モカがいなかったら、たぶん死んでいたと思います。
わたしなんて、存在価値もないんだと思ってたから…」

「存在価値のないひとなんか、いないわよ。たとえ、どんなに辛いことが起きても乗り越えた時に人間は、成長できるんだよ。困難が大きければ大きいほど、飛躍的に成長するもんだよ」

「わたし、成長できたんですね…」

「すごい成長だよ、顔の表情もいきいきしてるし…ねえ、食事していったらどう?」

「すごく居心地がいいから、帰りたくないって思ってたんです」

「いいよ、いいよ~ここを実家だと思えばいいから。だから、いつでもモカと一緒においで」

ほんとうに死なないでよかった。

おばさんとモカに引き合わせてくれたモク。

ほんとうにありがとう…。

天国で見守っていてね。  完

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