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【創作大賞2023】さらぬわかれ 12

 栄子ははじめて言われた言葉に戸惑った。
 自分は姉に対して何も出来ない、役に立たない人間だと思って生きてきた。
 強くて優しいなんて、自分から一番遠い言葉だと思っていた。

「祟りから目を背けて、妻子を置いて村から出てしまった人間が言うんだから、信憑性があるだろう?」
 恒孝は自嘲した。

「恒太が元に戻ったら、本人に直接聞いてみると良い。僕の勘は、当たっているだろうから──」

 栄子は恒孝の車から降りて、自宅へと帰ってきた。
 暗い部屋の中、桂はいつも通り人形のようにベッドに眠っていた。

「お姉ちゃん、ただいま」
 栄子は桂の手を握った。栄子は違和感を感じた。いつもと何かが違う。

「手が……冷たい」
 栄子は血の気が引いた。桂の脈を確認すると、かなり弱くなっていた。

 栄子は救急車を呼んだ後、両親に電話をかけた。彼らとまともな会話をしたのは、何年ぶりだっただろうか。

 こういう時、栄子の側にはいつも恒太がいてくれた。しかし、恒太は先祖に体を乗っ取られていて身動きが取れない。

 足から崩れ落ちそうなのを耐えながら、栄子は桂に付き添って救急車に乗り込んだ。

 精密検査を受けた後、桂は個室に運ばれた。
 体温、脈拍等、平均を大きく下回っていたが、原因は不明だった。

「お姉ちゃん、桂お姉ちゃん!」
 栄子は桂の手を握り締めた。いつもは反射でも握り返してくれるのに、それすらもなくなってしまった。

 両親が病室に到着した。
「栄子……桂の容態は?」
 父親が声を荒げて尋ねた。

「体が衰弱してきているって。原因は……わからないって」
 栄子は声を絞り出して答えた。

「……桂!」
 泣き崩れる両親を見て、栄子はしばらく見ないうちに両親がやつれてしまったことに気付いた。

 栄子は、そっと病室を出た。

(お父さんもお母さんも、お姉ちゃんのこと、見捨てたわけではなかったんだ)

 栄子は、もしかしたら連絡しても両親は病院に駆けつけてはくれないかもしれないと思っていたのだ。

(でも、何で急に衰弱してしまったの?今までこんなことなかったのに……)

 栄子は、さくらが言った言葉を思い出した。
『私は今度の満月までは、姿を現すことができる。それを過ぎたら、もう──』

(まさか、『もう、桂の命はもたない』って言おうとしていたの?)

 栄子の顔は真っ青になった。廊下に置かれた長椅子にふらふらと座りこんだ。

(さくらが現れたのは、新月の日だった。あれから、何日経った!?)

 栄子は震える手で指折り数えた。

 栄子は両親に気付かれないよう、病院を立ち去った。

 深夜の村は、昼間と違って、闇の中で魔物が蠢いていそうだった。
 それでも、栄子は行かなくてはならなかった。さくらの元へ。大事な人達を失わない為に──

 丘の上の桜の木は、仄暗い光を放っていた。
「さくら!出てきて!!」
 仄暗い光が、ゆっくりと着物の女性の像を結んだ。

「栄子」
 現れたさくらの顔は浮かない。

「さくら!桂お姉ちゃんが衰弱しているの!!さくらは桂お姉ちゃんの前世の魂なんでしょう!?原因は……」
 栄子が畳み掛けるように問い質すのを、さくらは栄子の唇に人差し指を当てて静止した。

「栄子が察している通り、私が原因なの。今度の満月までに、桂が目覚めないと、私はこの桜の木に完全に魂が同化して、桂の肉体は死を迎えることになるの」
 さくらの残酷な言葉に、栄子はその場にへたり込んでしまった。

「お姉ちゃんが死んじゃうなんて、そんなの嫌だ!」
 栄子はその場にうずくまって泣いた。

 さくらは栄子が泣いているのを、ただ眺めているしか出来なかった。

 さくらの魂が桂に還る為には、恒之新の魂をこの場所に連れてこなければならない。
 しかし、恒之新は恒太の肉体を乗っ取ってしまい、実の親に刀を振るうという暴挙を起こした。
 連れてこられたとしても、本当に桂が目覚めるかどうかは確実ではない。

「ねぇ、さくら。他に方法はないの?」
 栄子は顔を上げ、尋ねたが、さくらは首を横に振った。

「栄子。桂が目覚めないこと……覚悟して」
 さくらは桜の木からの魂の開放を諦めかけていた。

「そんな覚悟したくない!」
 栄子が叫んだ瞬間、背後から殺気を感じた。

「栄子っ、避けて!」
 さくらは大声を上げた。

 ヒュッ!!

 栄子は咄嗟に横方向に転がった。日本刀の切っ先が地面に刺さった。

「……恒太。ううん、『恒之新様』ね!」
 栄子は立ち上がり、恒太の顔を見据えた。
 恒太を乗っ取っている亡霊は無表情のまま、栄子を殺そうと妖刀【櫻葉】を構えた。

「恒之新様っ!!」
 栄子の前に、さくらが立ち塞がった。しかし、恒之新と思われる亡霊は、その声に無反応である。

(生前の恋人の声に反応しない?)

 さくらの姿が見えていないのか、それとも恒之新様ではないのか。振り抜いた刀はさくらの霊体をすり抜けた。

 亡霊は恒太の体で、栄子に何度も斬り掛かってきた。栄子は、桜の木の方に逃げた。

(どうしよう!さくらに会えば、恒之新様が恒太から出ていってくれるかもって思ったけど、状況は変わらないどころか、悪過ぎる!!)

 桜の根に、栄子は躓いてしまった。すぐには起き上がれそうになかった。

 亡霊が栄子にとどめを刺そうと、刀を構えた。

「恒太っ!助けて!!」
 思わず、栄子は叫んだ。

 すると、恒太の体の動きがピタリと止まった。

「──栄子」
 栄子の名前を呼んだのは、亡霊ではなく、恒太本人だった。

 しかし、肉体の主導権はまだ亡霊の方にあるらしく、刀を持つ手は栄子に斬り掛かろうとしている。

「栄子に……危害を……加えるなんて、許さない!!」
 恒太は亡霊に抗うように、自分の足に刀を向けた。そして、雄叫びを上げながら、左大腿に刀を突き刺した。恒太は膝から崩れ落ちた。

「恒太ぁー!!」
 栄子は恒太に駆け寄った。

 恒太の血が流れて、どんどん地面に吸われていく。

「栄子、大丈夫か?」
 恒太は怪我をした自分よりも栄子を心配していた。
「恒太……どうしよう。血……血を止めなきゃ……」
 恒太の惨状を見て、栄子は錯乱してしまった。

「落ち着いて、栄子。彼は、あなたを守るために、足を刺したの!それに、彼は自分の体の主導権を取り戻せたみたい」
 さくらが栄子を諭した。

「栄子、泣かないで。俺は大丈夫……だから」
 痛みに耐えながら、恒太は栄子に微笑みかけた。

「だ……大丈夫なわけない。こんなに血が出て……」
 栄子は動揺は収まらない。

「……栄子。もうちょっと近くに来て」
 青ざめた顔で恒太が言うので、栄子は言うとおりにした。

 恒太は栄子を抱き寄せて、そっと口づけをした。栄子は一瞬、何が起こっているのか分からなかった。

「栄子、俺は栄子が好きだよ。ここで出会った時から……ずっと。祟りとか、そんなの関係ない。好きだから、ずっと一緒にいたんだ。これからもずっと側にいる。だから俺は死なない。大丈夫なんだよ」
 恒太は語りかけるように、栄子に想いを告げた。

 栄子は我に返ったが、違う動揺に襲われ、顔が赤くなった。

「恒太が……私を?本当に?」
 栄子は恒太の背中に腕を回した。

「栄子は?俺のこと……どう思ってる?」
 恒太は震える声で、栄子の返事を求めた。

「私……恒太のこと好きでいて良いの?私……祟りの件が解決するまで、好きな気持ち、抑えなきゃって……」
 栄子は温かな涙を流した。

「そんなの、抑えないで。俺のこと、好きでいてよ」
 恒太は栄子の涙を指で拭った。


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