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【創作大賞2023】さらぬわかれ 13

「……うん。私も、恒太のこと好きだよ。もう、気持ちを抑えたりしない」
 栄子も恒太の想いを受け入れた。

「恒太ー、栄子ちゃーん!」
 山村夫妻が恒太を追って駆けつけてきた。

「父さん……母さん」
「恒太、恒太なのね!!」

 波留と恒孝は、息子の顔を見て、彼の中から亡霊がいなくなったことを理解した。

 波留は抱えてきた救急箱を開けると、急いで恒太の足の止血をした。

「恒太、いくら亡霊を追い出す為とはいえ、無茶しすぎだ!」
 恒孝が恒太を叱るさまは、すっかり父親の顔になっていた。
「……心配かけてごめん」
 恒太はバツが悪そうにしながらも、父親を見る目は以前のような嫌悪ではなくなっていた。

「ところで、亡霊はどうしたんだ?」
 恒孝は辺りを見渡した。
「恒孝さん、幽霊見えるんですか?」
 栄子が尋ねると、恒孝は横に首を振った。

「栄子、あそこにいる女の人は、『桜の木の幽霊』?」
 恒太がさくらを指差した。恒太にはさくらが見えていた。
「うん、『さくら』だよ。桂お姉ちゃんの前世の魂」

 栄子はさくらの視線の先に、仄暗い人影があるのに気づいた。人影ははじめ、像を結んでいなかったが、ゆっくりと着物姿の男性へと変化していった。男性の顔は、恒太や恒孝の面影があり、血縁であると分かった。

「こうの……しん様」
さくらが、男性の人影に話し掛けた。

「え?」
山村家全員が驚きの声をあげた。

「急に着物の女の人と男の人が見えるようになったんだけど……あれって幽霊よね?」
波留がさくら達を指差した。

「皆、見えるようになったの?でも、どうして?」

「おそらく、桜の木が恒太の血を吸ったからではないかな。祟りの元凶である恒之新は僕らの先祖なんだし、それで恒太の肉親である僕たちにも見えるようになったんだ」
 にわかには信じがたいが、恒孝の説が有力だと栄子は思った。

「さっきまで恒太の体で暴れていた人とは思えないくらい、大人しいわね……」
 波留は緊張の面持ちで、恒之新を眺めていた。

「……さ……く……ら」
 さくらに気付いた恒之新が、ぎこちなく口を開いた。
「喋ったっ!!」
 この場にいる誰もが、恒之新の亡霊が口を開くとは思っていなかった。

「恒之新様、正気に戻られたのですね!」
 さくらが恒之新に駆け寄り、恒之新の手を握った。2人ともこの世の者ではない同士だから、触れ合うことが出来たのだ。

「──やっと会えたのは良いけど、何だか複雑だね」
 恒之新とさくらを見て、恒孝がぼやいた。
 桜の木の祟りに振り回されたのは、栄子だけではなく、代々の山村家の人々もなのだ。

「まあ、取り憑かれたり、殺されかけたりしたからね……」
 恒太も苦笑いを浮かべている。

「とりあえず、桂ちゃんが意識をなくしている元凶は、あの男性ひとということで間違いないのよね?」
 波留が栄子が最も気にしていることを口にした。

「さくら、再会を喜んでいるところ悪いんだけど、そろそろ恒之新様に質問してもいいかな?」
 栄子は邪魔するのを申し訳ないと思いながら、話し掛けた。

 恒之新の亡霊は、長く会えなかった恋人の再会を妨害され、不快感をあらわにしていた。しかし、先程のような殺気はなかった。

「質問とは、何だ」
 恒之新が栄子を睨んだ。

「あなたが村に祟りをもたらしたのなら、何があなたをそうさせたのですか!」
 栄子は怯まず恒之新に問いただした。

「……恒之新様、この人は私の生まれ変わりの妹なのです。私は、この桜の木に宿った歪んだ力で、生まれ変わりの肉体から引き剥がされてしまったのです」
 さくらが恒之新に現状を説明した。恒太たちが恒之新の子孫だということ、桜の木が村に祟りをもたらしたことも。

 恒之新はしばらく沈黙していた。死ぬ直前からまともではなくなってしまい、自分が祟りをもたらしている自覚がなかったのだ。

「……つまり、生前のことを話せば良いのだな?」
 恒之新はぽつりぽつりと自分の生い立ちを語り始めた。

それがしは、山村恒之新。山村家は元々御家人で、それ程高い身分ではなかった。商人や豪農の家の方が、豊かに暮らせていたぐらいだった……この村に来たのは、元服して役職に就いてから。さくらと出会ったのは、その頃だった」
 恒之新はさくらに熱い眼差しを向けた。

「恒之新様に出会ったのは、お寺の山門で雨宿りをしてた時。急な夕立で帰れなくなったところを、お寺から出てきた恒之新様が、傘に入れて家まで送ってくれたの。なんて素敵な男の人だろうって思った。でも、私は農民の子。身分が違うからそれきりの縁だと思ってた」
 さくらも恒之新に熱い眼差しを返した。

 栄子たちは2人の話を黙って聞いていた。

「某とさくらが再び会ったのは、村の夏祭りであった。この村には、祭りの時に未婚の男女は面を被るという風習があって、某もそれに倣って祭りに加わっておった。同じく面を着けたおなごが、たちの悪そうな数人の男に絡まれておって、追い払ったところ、面を外してお礼を言ってきたのが、夕立の日に出会ったさくらだったのだ」

「恒之新様も面を外して、正体を明かしてくれたのよね。それから、私達は祭りの喧騒を避けてお互いの話をした。楽しかったわ」

 生前の楽しかった頃を、恒之新とさくらは懐かしそうに語った。

「こうやって実際に話を聞いていると、元は普通の人だったんだって思うね……」
 栄子は恒太に耳打ちした。
「うん、そうだね。普通の恋人同士だ」
 恒太も栄子と同意見だった。

「でも、2人は心中してしまったんだよね。さくらだけが命を落として、恒之新様は生き残ったけど……」
 栄子は2人に起きた悲劇の理由が気になった。生き残った恒之新が祟りを起こす亡霊になってしまった顛末も……

「──某とさくらは、祭りの夜以来、周りに隠れて、頻繁に会うようになった。互いに慕う気持ちは、抑えられなかった。某は下級とはいえ武士、さくらは農民の娘。身分の違いがもどかしかった」
 恒之新の言葉に、さくらは頷いた。

 封建制度の時代、身分を超えた婚姻は認められなかった。武士は武士、農民は農民と結婚する相手は決められていた。

「ある日、私たちが隠れて会っていたのを、村の人に知られてしまい、咎められてしまったの。恒之新様と私は引き離されてしまった。そして──」
 さくらは言葉を詰まらせた。

「──お互い、違う人との結婚を決められてしまったのだ」
 恒之新は眉をひそめた。

「覚悟はしていた。私達は身分が違う。お互い好いていても、結ばれない。だから諦めようとした」
 さくらの顔が険しくなった。

「でも、諦められなかったんだよね?そうでなければ、心中なんてしようと思わなかったはずだもの……」

「栄子、私のせいなの。私が我慢すれば、恒之新様を巻き込むことはなかった!彼は穏やかな一生を送ることが出来たはずなの!」
さくらは顔を手で覆った。

「どうやら、僕らが思っているより複雑な事情があるようだ」
 恒孝が深く息を吐いた。

「さくらの夫になる男が、酒癖と女癖の悪いことを噂で聞いたのだ。そんな家に嫁いだら、さくらが不幸になるに違いないと思ったのだ。某は見張りの目を盗んで、さくらに会いに行ったのだ。さくらは独り、虚ろな目で橋を流れる川を眺めていた。そして、某の目の前で身を投げたのだ!」
恒之新が顔をしかめた。

「私は死のうと思った。どうしても、決められた家に嫁ぎたくなかった。恒之新様の元に行く訳にも行かなかった。恒之新様にも決められた相手がいたから。なのに……恒之新様は流されていく私を川から救い出してしまった。そのまま死なせてくれれば良かったのに」
 さくらは独りで死のうとしていたのだった。

「嫁いでも、結婚相手が酷い人間だって分かっているから、希望が見えないものね。死にたくもなるわ」
 波留がさくらに寄り添った。

 恒太は父親の恒孝に何か言いたげな視線を送った。
「……まるで、僕が『酷い人間』だと言いたげだね。まあ、家長としては最低だったとは自覚してるけど」
 恒孝は苦笑した。
「自覚、あったんだ。」
「ハハハ……相変わらず、僕には手厳しいね。でも、これからは君たちを蔑ろにはしないよ。その為には、まず祟りの原因を知る為に、話の続きを聞こうじゃないか」

 栄子は父子の会話から、お互い少しずつ歩み寄っていると感じていた。

「それで命が助かった後、どうしたの?」
 波留がさくらに優しく問いかけた。

「山村の当主……父上に、さくらを山村家で保護してもらえるよう頭を下げた。妻として迎えることは出来ないけれど、さくらをあんな家に嫁がせるよりは良いと思った。しかし、父上は『その娘を保護して、山村家に何の得がある。食い扶持が増えるだけであろう。それに、その娘にお前が、懸想けそうしておることは周りに知れておる。家の恥にしかならぬ』と言って、聞き入れてもらえなかった」
 恒之新の顔が歪んだ。

「失望した恒之新様は、私を連れて山村の家を去ったわ。だけど、すぐに追っ手がやって来た。追い詰められた私は桜の木の下で命を絶つことにした。恒之新様には、山村の家に戻るように言ったけれど、『私を独りで死なせない。某も共に逝く』と言って聞かなかった。私は恒之新様の刀で心の臓を貫いた。恒之新様も自らの腹を……」
 さくらは自分の最期を思い出し、その場に崩れ落ちた。

「死んだはずの某は、山村の家で目覚めた。父上から、さくらの死を知らされた。某は、さくらを独りで死なせてしまった。もう、何もかもどうでもよくなった。何の思い入れのない相手と、言われるがまま縁を結んだ。だが、某は知らされていなかった。さくらの死の真相を──」
 恒之新は崩れ落ちたさくらの隣に腰を下ろした。


#創作大賞2023


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