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【創作大賞2023】さらぬわかれ 最終話

「さくらの『死の真相』……じいちゃんの手紙に書かれてた『まだ生きているのに見殺しにした』ことか。村人が恒之新だけ助けたって……何でさくらも助けてやらなかったんだ!」
 恒太は怒りを露にした。

「恒太……私はその時、もう意識がなかったから、助からなかったと思う。私の魂は一部この桜の木に縛られたまま、後の世に栄子の姉『桂』に生まれ変わった」

 さくらですら、自分が村人に見殺しにされたことを知らなかった。やはり、祟りの原因は彼女ではなく恒之新の方にあると皆が確信した。

「……某は生きる屍のようになり、山村の跡継ぎが生まれても関心を持てずにいた。出仕もせず、山村の家の離れに籠もっているうちに、父の関心は孫へと移り、某は山村の家には用無しの存在となった。某は村外れの崩れかけた屋敷に追いやられた。そこで、某は村人からさくらの最期を聞かされたのだ!」
 恒之新は憤怒のあまり、涙を流した。

 恒之新の怒りに呼応するように、桜の木がざわめいている。

「……後の世には、さくらは見殺しにされたと伝わったのか。己の罪を隠蔽いんぺいしたのだな、我が一族は!」

「それは、どういうこと?真実は違うの?」
 栄子は恒之新に掴み掛かろうとした。しかし、生者と死者は触れ合うことが出来ない。

「さくらは、発見された時には虫の息だったにも関わらず、村人たちにめった刺しにされたのだ。特に顔は、それが誰なのか判らない程にぐちゃぐちゃにされたのだ!」

 恒之新の語る真実を聞いて、場が凍りついた。さくら当人も、震えが止まらなくなってしまった。
 波留が吐き気を催したので、恒孝は妻の背中を擦ってやった。

「……ひどい!どうしてそんなことを!」

 栄子が憤慨すると、恒之新は怒りで震える声で答えた。

「死んだ人間の身元を判らなくする為だ。さくらだと判らなくなれば、山村家が関与していると知られずに済むのだから。某が会った村人は、山村家の……父上に言われて、さくらを殺したと言っていた。役人が調べた後、さくらの遺体は燃やされ、この桜の木の下に埋められたのだ」
 恒之新は桜の幹に爪を立てた。

「さくらの家族は、さくらを探さなかったの?」
 栄子は震え続けるさくらに寄り添いながら、恒之新にただした。

「村人が『女が村を出たのを見かけた』と証言したので、嫁ぐのがそれ程嫌だったのだろうと、家族は深追いしなかったのだ。それに、身元の分からないほど変わり果てた死体が娘だと、親も思いたくなかったのだろう」

 さくらの姿が僅かに薄くなっていた。しかし、そのことに気づいた人間はいなかった。

「某は持っていた刀で、村人を斬った!さくらを殺した人間をどんどん斬っていった!斬りながら、山村家の屋敷に辿り着いた!」
 恒之新は泣き叫んだ。

「某は山村家を皆殺しにしようとした。山村に仕えているもの、母上、兄弟、そして首謀者である父上。次々と斬り殺していった」
 恒之新は震えながら、自らの両手を凝視していた。まるで今でも血で汚れているかのように。

「……ちょっと待った!山村家を皆殺しにしたら、僕たちは存在しないよね。貴方は『誰か』を殺しそびれたことになる」
 恒孝が口を挟んだ。

「……あと残っているのは、奥さんと子ども?」
 栄子は血塗れの刀を握る恒之新と、父親から我が子を守ろうとする母親を思い浮かべた。

「……某は妻と子に刀を振り上げた。だが、どうしても斬れなかった。妻は、我が子を護ろうと強い眼差しで某を睨んでいた。結局、某は2人を生かしたまま、山村の屋敷を去った。そして、この桜の木の下で自害したのだ」

 心は憎しみにまみれてしまっていても、父として妻子を手にかけることを思い留まったのだろうか。山村の血は絶えずに済んだ。

「つまり、【櫻葉】が妖刀になったのは、恒之新様の村人や自らの家に対する怨嗟えんさの念が原因なんだね。そして、桜の木の祟りを引き起こしていたのも、ここが恒之新が最期を迎えた場所だから……」
 真実を知った栄子は、ようやく祟りの原因にたどり着いた。

「おそらく、手紙の内容が事実と違うのは、母親が子どもに伝えるには残酷過ぎたからだろうね……」
 恒孝は顎に手を当てて呟いた。

「……でも、何で生まれ変わった桂ちゃんから、前世の魂が桜の木に捕らわれてしまったのかしら」

 波留の疑問に答えたのは、恒太だった。

「……たぶん、恒之新は死んでからも、さくらを求め続けていたからなんじゃないかな。だけど、恒之新自身の魂は妖刀【櫻葉】に縛られていたから、さくらには会えなかったんだろう」

「じゃあ、今さくらと恒之新様が会えたのだから、恒之新様の無念は晴れたはずだよね?さくらの魂は桜の木から自由になって、桂お姉ちゃんの体に戻れるはずだよね?」
 栄子は周りに同意を求めた。しかし、誰もが険しい顔をしていた。

「……恒之新は確かにさくらと再会出来た。でも、恒之新の魂がこの世に縛られている限り、さくらは桂さんの体に戻れないのではないかな」
 恒太の声は沈んでいた。

「じゃあ、どうすれば良いの?このままだと、お姉ちゃんが死んじゃうよ!」
 栄子は絶望のあまり、膝から崩れ落ちた。

「きゃあ!」
叫び声を上げたのは波留だった。さくらの姿が薄くなっていたのだ。

「……もう、桂の肉体は限界みたい。満月まで保たなかったみたい。ごめんなさい、栄子」
 そう言っている間にも、さくらの姿はますます薄くなっていった。

「消えちゃダメ!」
 さくらに向かって、栄子は叫んだ。

「栄子……私……短い間だったけど、会えて良かった。本当は……さくらとしてじゃなくて……あなたの……姉の桂に……戻りたかった。桂の肉体が死んで……私が消えても……魂は、この桜の木で……眠っているから。忘れないで」
 さくらの姿は、今にも消えて無くなりそうだった。

 消えていくさくらを、呆然と眺めていた恒之新に、一喝したのは恒太だった。

「恒之新、このままさくらの魂を桜の木に縛り付けて、あんたは満足なのか?さくらは本来、栄子の姉の桂さんに生まれ変わってるんだ。もう、これ以上栄子から桂さんを奪わないでくれないか!!」

「某に……何が出来る。某は……憎しみにとらわれたまま、命を落とした。人生をやり直すことも、生まれ変わることも叶わぬ。さくらを解き放ちたくとも、某の時を動かせない以上、出来ぬのだ!」
 恒之新の顔が悔しさで歪んだ。

「じゃあ、あんたの時間を動かせれば良いんだな?」
 恒太は覚悟を決めた。

「恒之新、俺の中に入れ!」
 恒太の言葉に、その場にいた皆が凍りついた。

「恒太、何言っているの!そんなことをしたら、また恒之新様に体を乗っ取られるわ!」
 波留は息子の身を案じた。

「大丈夫、俺は自我を保ってみせる。恒之新が俺の中に入れば、恒之新の魂の時間は動くはずだ。さくらが桂さんの中に戻ることで共に生きられる希望を持てれば、さくらを縛り付けている祟りは解消されるはずだ」
 恒太の意志は固かった。

「でも、それじゃあ恒太は何処へも行けなくなっちゃう」
 栄子は恒太の犠牲を嘆いた。
「俺は栄子とずっといるから。桂さんと栄子と俺、3人一緒に生きよう」
 恒太は優しく微笑み、栄子を抱き締めた。

「さあ、恒之新!俺の中に早く入れ!さくらが完全に消えてしまう前に!!」
 恒太は栄子から離れると、恒之新の前で腕を広げた。
「かたじけない……」
 恒之新は恒太の中に吸い込まれるように入っていった。

 恒之新を受け入れた恒太は、その場に倒れ込んでしまった。
「恒太!」
 皆が恒太に駆け寄った。恒太が自ら刀で刺した大腿から、血が大量に出ていた。
「……栄子、俺は大丈夫。血が足りないだけだ。それより、さくらはどうなった?」

「……いない」

 栄子はさくらがいたはずの場所を確認したが、影も形もなかった。さくらは桜の木に取り込まれてしまったのだろうか?それとも桂の肉体に戻ったのだろうか?

「栄子、桂さんのところへ早く行って!さくらが戻っているなら、桂さんは生きているはずだ!」「うん!」

「栄子さん、車を近くに停めてあるから乗って!波留は恒太を後部座席に乗せてくれないか?」
 恒孝は皆を乗せ、桂の入院している病院まで車を飛ばした。

 恒太は病院に着くなり、緊急手術を受けることになった。栄子は恒太のことが心配だったが、真っ直ぐ桂の元へ向かった。

 栄子が病室に入ると、横たわる桂のそばで両親が泣いていた。
「お父さん、お母さん……」
 姉は助からなかったのではないかという不安が、栄子を襲った。

「栄子、何処に行ってたの!桂……桂が!」
栄子の母が、桂を見るよう促した。

「桂……お姉ちゃん?」
 恐る恐る、栄子は姉の名前を呼んだ。
「……え……い……こ……ちゃん」
 幼い子どもの声で、姉は妹の名前を呼び返した。

 さくらの魂は、無事に桂の肉体に戻ることが出来たのだ。

「ながい……ゆめを……みてたきが……する。こわくて……くらくて。だけど……えいこちゃんが……たすけてくれたの」
 桂には、さくらの記憶は夢の中のようにぼんやりとしているようだった。

「うん、もう大丈夫だよ。怖い夢は、覚めたんだよ!」
 栄子は桂の小さな手を握った。温もりが栄子の心に安堵をもたらした。

「よかったぁ……」
 桂は微笑みを浮かべた。


 ──春の陽光が暖かい日。
 地元の高校に進学した栄子は、丘の上の桜の下にいた。

「栄子!」
 栄子と同じ高校の制服に身を包んだ恒太が、丘を登ってきた。

「恒太、もうすっかり脚治ったね」
 栄子は力強く丘を登ってきた恒太に微笑みかけた。

「ああ、この通り!手術をしてくれた医師に、自分で刀を刺したって言ったら『あと少しズレてたら、歩けなくなってたよ』って怒られたもんな」
 恒太は自分の大腿に手を当てた。

「あれから、恒之新様は?」
「俺の中に入った後、眠りについたみたい。特に意識を乗っ取られるとか、そういうことはないよ」

「そう……良かった」

 恒之新が憑いていた妖刀【櫻葉】は、恒孝が山村の名で村の神社に丁重に納めた。恒孝は村人を集めて、「桜の木の祟りは、もう起こることはない。意識不明だった池上さんの娘も目を覚ました」と宣言した。

「村人が家にやって来て、『今まで酷いことを言って、申し訳なかった』と謝られたのはびっくりしたよ!」
 栄子はその様子を思い出して苦笑いした。

「恒孝さんは、まめに帰ってくるようになったよね」
 恒孝は栄子に言った通り、毎週末東京から妻子に会いに帰るようになっていた。

「ちょっとうざったいけどな。まあ、母さんも嬉しそうにしてるから、我慢するよ」
 ぶっきら棒な言い方だが、恒太は父親が帰ってくるのが本当は嬉しいのである。

「栄子の両親も、家に帰るのが早くなったんだよな?」
「うん。桂お姉ちゃんの治療費を稼がなくても良くなったからね。それに『今まで栄子に構ってやれなくてごめん』って、謝られた」

 小学生だった栄子は、今や高校生になってしまった。それだけ年月が過ぎたのだ。今さら謝れてもどうしょうもない。しかし、栄子は両親のことを許すことにした。

「さくらの魂が戻ってから、桂さんに変わったことはないか?」
「お姉ちゃん、少しずつだけど成長しているみたい」
「祟りから解放されたら、身体の時間が動き出したのかもな」
「そうかもしれない」

 目覚めた桂は、妹である栄子が大きくなっていたことに戸惑っていた。これから桂は、時間に置いていかれた不安と戦い続けることになる。栄子は、そんな姉にこれからも寄り添っていくんだと覚悟を決めていた。

「私ね……祟りは辛かったけれど、さくらと恒之新様のこと忘れたくない」
「うん。俺も忘れない」

 二人はかつて咲かなくなっていた桜の木を見上げた。薄紅色の花が青天の中、咲き乱れていた。

【完】


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