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【創作大賞2023】さらぬわかれ 11

「『別の理由』か……祟りが幽霊本人の起こしている現象とも限らないわけか」
 恒太は考えこんでしまった。

「ねぇ、栄子ちゃん。幽霊って、何のこと?」
 波留が話についていけず、戸惑っている。
 栄子も恒太も、まだ波留に詳しい事情を話していなかった。

「栄子、母さんに話してもらっても大丈夫かな?」
 恒太の提案に、栄子は縦に首を振った。

 波留は栄子にとって信用出来る大人である。協力を求めるのに、最も最適な人だと思った。

 栄子は桂の前世が桜の木の幽霊だってこと、桂を助けるために「コウノシン様」を探しだして幽霊に会わせること、コウノシン様が山村家の先祖「恒之新」の可能性が極めて高いことを説明した。

「──信じてもらえるかわからないけど」
 幽霊という実体のないものの話を、信じろという方が難しいと栄子は思っていた。

「つまり、さくらちゃんという幽霊をうちのご先祖様に会わせることが出来れば桂ちゃんは目覚めるのね?」
 波留はまったく疑いのない顔で、栄子に聞き返した。

「確実にとは言えないけど。波留さん、信じてくれるんですか?」
「不思議なことは既に起こっているもの。信じないわけないわ。それに、祟りがなくなれば皆解放されるわ。あの人も……」

 波留は夫の恒孝を今でも慕っているのだと、栄子は勘づいた。父親を憎んでいる恒太は、気づいていないようだが。

「母さん、栄子。手紙の最後、見て!」
 恒太が手紙を二人に見えるように差し出した。

「和室の床の間にある刀は、妖刀【櫻葉さくらば】と云う。
 女を絶命させた曰く付きである。
 そして、我が先祖の怨念がこもっている。
 【櫻葉】の鞘は、一族の誰にも抜くことは出来なかったが、万が一のこともある。
 決して触らぬように。」
 三人は息を飲んだ。

「妖刀【櫻葉】?そんな物をどうして床の間なんかに置いているの」
 栄子はあの恐ろしい気配を思い出していた。
 恒太たち住人は、ずっと側に置いているから感覚が麻痺しているのだろうか。

「危険な物だからこそ、お義父さんは目の届くところに置いておきたかったのかもしれないわ」
 波留が恒太の祖父の肖像画に目を遣った。

「とりあえず【櫻葉】を見てみないか?」
「えっ?恒太、正気?」
「だって手掛かりはそれしかないんだし、鞘は抜けないんだろう?平気だよ!」

 恒太の言うことに不安を感じた栄子だが、確かに手掛かりはそれしかないのは事実である。
 3人は和室に向かった。

 和室の障子が開いている。
「恒孝さん!」
 波留が青ざめた顔で目を見開いた。
 恒太の父・恒孝が【櫻葉】を握っている。

「久しぶりだね、波留。そして2人はさっきも会ったね」
 恒孝は冷たい笑みを浮かべた。

「どうしてお前が刀を持っているんだ!」
 恒太が恒孝に敵意を向けた。

「恒太、父を『お前』呼ばわりするのは感心しないなぁ」
 恒孝が不敵に笑う。

「もしかして、あなた話を聞いていたの?」
 波留の質問に、
「そうだよ。立ち聞きして悪かった」
と悪びれもない顔で、刀を持たない方の手で妻の髪に指を絡ませた。
 波留の顔がカアッと赤くなった。

「母さんに触るなっ!!」
 恒太が虫を払うように、恒孝の手を払った。

「僕も嫌われたものだね。だけどさ、ずっと祟りに振り回されてきた身にもなってほしいものだよ」
 笑っていた恒孝が能面のようになり、刀を凝視した。

「この刀のいわれまでは知らなかったけど、幼少の頃これに触ったら父にボコボコに殴られたよ。
それ以来、僕は父を憎んでいた。まさか祟りの根源、妖刀【櫻葉】だったなんてね」
 恒孝が鞘から抜こうとしたが、鍵がかけられているかのように刀が抜けることはなかった。

「ふっ、やはり抜けないか!」
 恒孝は自嘲した。

「あなた、この刀をどうするつもりなの?」
妻の問いに恒孝は、
「鍛冶屋に行って、融かしてもらう。鞘が抜けないなら、まるごとね」
と答えた。

「何だって!?これはじいちゃんの形見でもあるんだ!そんな事させない!」
 恒太が【櫻葉】を取り返そうと、父である恒孝に掴みかかった。

 その様子を栄子は離れた所から見ていた。これ以上【櫻葉】に近づくと、また倒れてしまいそうだったからだ。

 しかし、栄子は見逃さなかった。恒太の手に【櫻葉】がかかった時、刀身がキラリと光った所を。

「恒太!ダメ!【櫻葉】から離れてっ!」
 
 しかし栄子が叫んだ時には手遅れだった。恒太は鞘から刀を完全に抜いてしまった。

 栄子には【櫻葉】からもやのようなものが見えた。それは恒太の身体にまとわりつき、恒太の中に侵入していった。

 恒太は刀を握ったまま、虚ろな目で立ち尽くしていた。
 恒太の様子がおかしい。栄子は胸騒ぎがした。

「恒太、良い子だから刀を離しなさい」
 恒孝が恒太の手から刀を離そうとした時、恒太が恒孝に斬りかかった。

「うっ!!」
 恒孝はすんでのところで刀をかわしたが、左手の甲にかすり傷を負ってしまった。

「きゃあっ!」
 波留が悲鳴をあげた。その声を聞いた恒太は、何と母親である波留にまで斬りかかろうとしてきた。

 すると、瞬時に恒孝が恒太の間合いに入り、首の横から手刀を入れた。恒太はその場に倒れこんだ。

「ふー、危なかった。妻がキズモノになるところだった!」
 恒孝は自分のポケットからハンカチを取り出し、傷口にあてた。

 波留は和室に救急箱を持ってきて、恒孝の左手の怪我を手当てした。

「波留、ありがとう」
 恒孝は今までの心のこもっていない笑顔とはうって変わって、穏やかな笑みを浮かべている。
「出血量の割には、傷が浅くて良かったわ」
 波留は救急箱の蓋を閉めた。

(もしかして、恒太のお父さんも今まで妖刀【櫻葉】の影響を受けていたの?)
 夫婦の様子を見ていた栄子は、そう思わずにはいられなかった。

「──ところで、この気絶しているバカ息子をどうする?」
 恒孝は妻を斬ろうとした恒太に怒りの眼差しを向けた。

「恒太のお父さん、今この中には恒太ではない『何か』がいるみたいなんです!私……恒太が【櫻葉】を抜いた時に、靄みたいなのが恒太の中に入っていくのが見えました!」
 栄子は恒太の意思で斬りかかったわけではないと主張した。

「確かに、『あれ』は恒太の顔つきではなかったね。他人を殺すのに躊躇がない感じだった」
 恒孝は気絶している恒太の手から妖刀を外した。

「じゃあ……恒太の中にいるのは、『誰』なの?」
 波留は顔面蒼白で、意識のない息子の手を握った。

「おそらくは……『恒之新様』だと思います」
 栄子はさくらの想い人の名を告げた。

 さくらの前に恒之新を連れていけば、全てが解決すると思っていたが、この様子だと危険が伴う。

(何で恒之新様は怨霊化してしまったのだろう?)

 村人に殺されたさくらが怨霊になるなら、まだ理解できる。なぜ刀に宿る位の怨みを恒之新が抱いたのだろうか。

「どうやらこの刀は抜け殻になったようだし、溶かすのはやめて、祈祷してもらって祠に祀ってやろう。それなら、恒太も納得するだろう」
 恒孝の態度は明らかに軟化していた。

 男手である恒孝は手を負傷しているし、波留や栄子では意識のない恒太を彼の部屋に運べない。波留は和室に布団を敷いて、そこに恒太を寝かせた。

 気付けば、すっかり辺りは暗くなっていた。栄子は桂のいる自宅に帰らなくてはならない。

「すいません。私、家に帰ります!」
 栄子が切り出すと、恒孝が車で送ってくれることになった。

「──祟りをどうにかしたいって目的は同じなのに、どうして対立してしまうんだろうね」
 恒孝は運転しながら、独りごちた。

「恒孝さんは、祟りが無くなったらどうするつもりなんですか?」
 栄子は尋ねた。

「そうだね……仕事は東京で続けるけど、もっと妻や息子に会いに帰りたいかな」
 恒太に東京の高校を受験するよう栄子に頼んだのは、自分の近くに来て欲しい思いからだった。

「もう恒太に東京の高校を受験させようとは思っていないんですか?」
 栄子は恒孝に尋ねた。

「だって君たちの恋を邪魔したら悪いじゃないか」
 恒孝はしれっと答えた。

「こ、恋って、何で私が恒太のことを好きだって分かるんですか?」
 栄子は混乱して、顔が真っ赤になった。

「ふふふ、図星ってやつだね」
 やはりこの男性は油断ならないと栄子は思った。

「でも恒太のことを好きな女の子がいて、その女の子の方が積極的でかわいくて……私なんか敵わないなって思うんです」
栄子は恒太の隣で楽しげに笑う鈴原のことを思い浮かべた。

「祟りの件が無くても、私の性格は明るくないし、可愛げもないし、何一つ自信になるものが無いんです。恒太の隣に自分はいても本当に良いのだろうか、私の存在が恒太の可能性を潰してるんじゃないかって……」
栄子は言葉を詰まらせた。

恒孝は栄子の自宅の前に車を停めた。

「……うちの息子って、そんなに大した男なのかい?」
恒孝が栄子に問い掛けた。

「恒太は、祟りのことで村人から避けられている私と友達でいてくれました。十分すぎるほど優しい男の子です!」
「ふーん。でも僕からしたら、恒太が君が祟りと関係無しに仲良くしたかったように思えるけどなあ。祟りを憎んでいる僕でも、『君自身』は嫌いではないしさ」
 恒孝は、恒太に似た瞳で栄子を見つめた。栄子は思わず恒孝から視線を外した。

「恒孝さんは、ずっと村にいなかったじゃないですか!何も知らないのに、どうしてそんなこと言えるんですか!!」
 栄子は声を荒げた。

「そうだね。恒太の父親としては失格だよ。だけど、これだけは君に言っておくよ。君は自分が卑下するほどの女の子じゃない。お姉さんの祟りを解こうとしたり、恒太の心配をしてくれたり、十分優しくて強い女の子だよ。自信を持って良い」
 恒孝はこれまでにないほど真剣な眼差しで、栄子に語りかけた。

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