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紫陽花の季節、君はいない

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「紫陽花の季節」主人公の夏越の物語です。 「紫陽花の季節」か「夢見るそれいゆ」と一緒に読んでいただけると、もっと楽しめます。
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2022年5月の記事一覧

紫陽花の季節、休日

紫陽花の季節、休日

「紫陽花の季節、君はいない」の番外編です。

2022年5月28日土曜日。昨日の雨が嘘のような青空が広がっている。

4月から働いている植物公園自体は休日も開園しているが、俺の配属された部署はGW以外の土日祝日は休みである。

「夏越くん、行ってきます。」
あおいさんは6月から職場復帰することになっている。
今日は産休中に伸びた髪を切りに美容室に行った後、八幡宮にひなたが無事に産まれた御礼参りに家

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紫陽花の季節、君はいない 88

紫陽花の季節、君はいない 88

「気をつけて行ってきて下さいね、夏越殿!」
「くれぐれも、失礼のないようにな。
人間にもそれ以外にも。」
御葉様と涼見姐さんに見送られる形で、俺は八幡宮を後にした。

鳥居の外に出ると、急激に蒸し暑くなった。
厚めの雲の切れ目から、光が射し込んでいる。

俺は一旦自宅に戻り、夏越の祓で拝受したリース型の茅の輪守を玄関の壁に吊るした。
まるで彼女を探し出す決意表明のようだと思った。

行動を始めるな

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紫陽花の季節、君はいない 87

紫陽花の季節、君はいない 87

社会人になって良かったと思うことの一つは、自分がしたいことに気兼ねなくお金が使えることだ。
紫陽を探しに行くことだって出来る。

6月30日。俺はまた歳を重ねた。
八幡宮の夏越の祓の後、紫陽花の森で精霊達に会った。

「御葉様、俺は紫陽を探しに行こうと思っています。」
御葉様は驚いた顔をしていた。

「夏越…そんな無謀なことしてどうする。」
涼見姐さんが呆れている。

「俺…今までどこか受け身だっ

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紫陽花の季節、君はいない 86

紫陽花の季節、君はいない 86

2024年初夏。
俺はGW勤務の代休で、仕事に行った柊司とあおいさんからひなたを預かっていた。
俺が休みと知って、ひなたは保育園より俺と遊びたいと言ったのだ。

柊司が作りおきしていった昼ごはんを食べさせて、ひなたはこれから昼寝の時間である。

「なごしクン、えほんよんで!」
ひなたはお姫様が出てくる絵本を持ってきた。
もう何度も読んでいるけど、飽きる様子はない。

床に小さな布団を敷いて、ひなた

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紫陽花の季節、君はいない 85

紫陽花の季節、君はいない 85

2022年春。
俺は無事に大学院を修了し、明日から新社会人である。

職場は動きやすければ普段着で良いのだけれど、明日は入社式なので、スーツが変じゃないか柊司たちを自分の部屋に呼んで見てもらった。

「夏越もやっと社会人かぁ。
俺のこと、社会人の先輩って呼んでも良いぞ!」
柊司がニマニマしながら、俺の全身を見回した。
「絶対呼ばない…死んでも言わないっ…。」
俺は不快感でいっぱいになった。

「夏

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紫陽花の季節、君はいない 84

紫陽花の季節、君はいない 84

「なぁ、柊司。ひなたを抱っこして良いか?」
「ん?ああ、良いぞ。」
俺は柊司からひなたを受け取った。

「…温かいな。」
「赤ん坊は大人より体温高いからな。」
ひなたは小さな口いっぱいに大きなあくびをした。

「なあ、夏越。」
「何?」
柊司が神妙な顔をしている。

「あの時、倒れていたのは…本当は──」
柊司は何か言いかけたが、俺の表情に緊張が走ったのを感じたのか、言うのを止めた。

柊司、何も

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