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紫陽花の季節、君はいない

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「紫陽花の季節」主人公の夏越の物語です。 「紫陽花の季節」か「夢見るそれいゆ」と一緒に読んでいただけると、もっと楽しめます。
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2021年7月の記事一覧

紫陽花の季節、君はいない 27

紫陽花の季節、君はいない 27

6月21日。紫陽が消えてしまった日。
眠れずにいた俺は、何かに取り憑かれたように日の出前に家を出た。
雨は降っていないが、じめっとしている。
ふらふらと歩いて辿り着いたのは、八幡宮の鳥居の前だった。

此処までやって来たのに、境内に入るのは躊躇われた。

紫陽花ノ季節、ナノニ君ハイナイ。
分カッテイタノニ、来テシマッタ。

鳥居の柱にもたれ掛かる形で俺は座り込んだ。
ろくに眠らずに歩き続けたからか

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紫陽花の季節、君はいない 26

紫陽花の季節、君はいない 26

そもそも、俺は自分のことを話すのが得意ではない。
俺には趣味も特技もない。
「つまらない人間ね。」と義母に言われたこともある。
誰も俺に興味など持たないし、俺も誰かに興味がない…はずだった。

『こんにちは!アナタ、毎日見かけるよ。私、アナタと友達になりたいな。』
八幡宮で紫陽から俺に話し掛けてくれた。
彼女を通してなら、つまらなかった世界も意味のある世界に思えた。

紫陽花の精霊である彼女には、

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紫陽花の季節、君はいない 25

紫陽花の季節、君はいない 25

俺は社会勉強の為のバイトと就職活動を始めた。
俺はなるべく今住んでいるアパートから遠いところを選んで、面接に行った。
柊司達に災厄を招く前に、此処から離れなければという一心だった。

しかし、自分のコミュニケーションスキルが此処までポンコツだとは思わなかった。

コンビニのバイトでは、仕事内容はすぐに覚えられたものの、女子高校生のバイト仲間に「トロトロやってんじゃねえ」と怒鳴られたり、客にプライベ

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紫陽花の季節、君はいない 24

紫陽花の季節、君はいない 24

夜明け前、俺はひどい胸の締め付けと吐き気で目を覚ました。
苦しくてもがいたので、シーツがぐしゃぐしゃになってしまっていた。

「…紫陽、紫陽。」
すがるような気持ちで、彼女の名前を繰り返し呼んだ。
頭の中でリフレインする義母の呪いの言葉を打ち消したかった。
しかし、呼べば呼ぶ程呪いが心に刻まれていくようだった。

『貴方ノオ友達ノ奥サンヤ子ドモハ、無事デ済ムカシラネ──』

これは夢だ。義母が実際

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紫陽花の季節、君はいない 23

紫陽花の季節、君はいない 23

部屋に帰ろうと玄関に行った時、柊司に呼び止められた。

「なあ、夏越。お前は悩みを溜め込む癖があるから俺は心配だ。
前にも言ったけど、無理には聞かないけど話したくなったら俺は何時でも聞くからな。」
やはり、柊司には勘付かれていた。
俺は曖昧に笑顔を作って「ありがとう。」と言って、自分の部屋に帰るしか出来なかった。

──深夜に雨が降ったからか、夢に紫陽が出てきた。
八幡宮の満開の紫陽花の森。
どし

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紫陽花の季節、君はいない 22

紫陽花の季節、君はいない 22

「就職か…。」
俺が大学院に進学したのは、紫陽と長く過ごしたかったからである。
彼女がいなくなってしまった今、就職の際この地に拘る必要はまったくない。
だからといって、地元に帰る気は更々ない。

大学進学の時は、実家さえ出られればそれで良かった。
無関心な父親と冷淡な義母から離れたかった。
『高校を卒業したら、この家を出ていって。』
義母の冷ややかな視線が、声が、フラッシュバックする。

「夏越く

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紫陽花の季節、君はいない 21

紫陽花の季節、君はいない 21

食事中、俺は薄々気になってたことを聞いてみた。
「なぁ、柊司。お前こんなに料理出来るのに、料理人になろうとは思わなかったのか?」
「あおい、夏越が俺に興味持ってくれた!」
柊司が目を輝かせた。
「良かったね。柊司くん、夏越くんのこと大好きだものね。」
俺って、そんなに他人に無関心に見えるのか。

「まあ、考えたことはあったな。
でも料理人だと家族を持った時に時間がすれ違うから、今の定時に帰れる職場

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紫陽花の季節、君はいない 20

紫陽花の季節、君はいない 20

シャワーを浴び終えた柊司は、あおいさんのお腹にそそくさと向かい耳を当てた。
大きな男が体を小さく丸くしているのが、少し滑稽にも見える。

「おお、今日も元気だな!」
柊司は今の段階でかなりデレデレなのだが、子どもが生まれてきたら一体どうなってしまうのだろう。

「柊司くん、そろそろご飯お願い…。」
あおいさんが言うと、柊司は我に返った。
「あ、すまん!夏越、手伝ってくれ。」

柊司は大きめの鍋にお

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紫陽花の季節、君はいない 19

紫陽花の季節、君はいない 19

これ、本当に俺が触って大丈夫なのだろうか
?
俺はあおいさんのお腹に手を伸ばした。
しかし、あとちょっとのところで触るのを躊躇してしまう。

「夏越くん、大丈夫よ。怖くないわ。」
あおいさんに促され、俺はようやくお腹に触ることが出来た。
するとポコポコと元気よく動くのを感じた。

「あおいさん、動いた!」
「うん。私も感じたわ。」
触る前はあんなに怖かったのに、今は不思議と温かな気持ちになっている

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紫陽花の季節、君はいない 18

紫陽花の季節、君はいない 18

玄関のチャイムが鳴った。
「ただいま~。」
柊司がエコバッグを手に提げて帰ってきた。

「よう、夏越。夕飯作る前にシャワーひと浴びしてくるから、食材出しておいてくれないか?」
柊司は俺にエコバッグを手渡すと、足早に風呂場に向かった。

「柊司くん、お腹の赤ちゃんの音を聞きたくてしょうがないのよ。」
あおいさんがクスクス笑った。
柊司もだんだん父親らしくなってきた。

「…夏越くん、お腹触ってみる?

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紫陽花の季節、君はいない 17

紫陽花の季節、君はいない 17

あれから2ヶ月半、八幡宮の腹帯の御利益もあってか、あおいさんのお腹の子どもは順調に大きくなっている。
最近、この子が「女の子」だとカミングアウトされ、まさかこの子が紫陽なんじゃないかと期待してしまう自分がいる。

そうだとしたら、柊司のことを「お義父さん」と呼ばなくてはいけないのか。それは嫌だ。

「ねぇ、夏越くん。今日は柊司くん早く帰ってくるから、久しぶりにウチで夕飯食べて行かない?」
あおいさ

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