精神科医中井久夫の詩魂
日本精神医学会のウルトラマンである中井久夫は類いまれな語学と文学の才能の持ち主でもあった。1934年生2022年没の88年の人生で実に多方面で鬼才を発揮した、日本が世界に誇れる医学者文学者である。阪神淡路大震災を経験し、大学病院の病床を開放して避難民を受け入れたなど、行動力もたいへんなものだったが、何よりそれまで本邦にはなかった,PTSDという概念を用いて災害に遭遇した人々の「心のケアに」当たった日本初の精神科医である。かねて御著書を幾冊か愛読していたので、今回最相葉月氏の『中井久夫 人と仕事』も読んでみた。
精神科医としての輝かしい業績については専門家の方々が口をそろえて絶賛していらっしゃる通り。労を惜しまず患者に寄り添うヒューマンな姿勢に必ず、言葉が、それもイメージ豊かな言葉が添えられる。中井氏はランボーのように、語と色彩の共通感覚を持つ人だったからか。言葉の魔術で患者を治すのでなく、今まで聞いたことのないような言葉で,患者がなんだろう、と考えるようにするのだそうだ。患者の考えを広げる、自由にするのだ。その為に、中井はよく比喩を用いたという。精神科医としての優れた業績の陰には自身が危機に陥ることもあったようだ。そういう時氏を支えたのは文学であり、中でも詩歌であった。早熟の語学の天才であるので翻訳は旧制高校生時代から手掛けていたが、最も心の支えとしたのは現代ギリシャの詩人だという。1989年、55歳の時、中井は20世紀最大のギリシャ語詩人カヴァフィスの訳詩集『カヴァフィス全詩集』で読売文学賞研究・翻訳賞を受賞した。国立大医学部教授職にあった時のことである。その訳は言葉が自在で音楽性豊かであったという。高校時代からRilke、ヴァレリー、エリオットを読み、哲学者九鬼周造の書物に親しみ、独学でギリシャ語などヨーロッパの言語を習得した語学の天才でもあった。
その中井の詩の定義は
詩とは言語の徴候的優位使用であり、散文とは図式仕様である。詩語はひびきあい、きらめきかわす予感と余韻にみちていなければならない
私の言語意識は次の行を予感する。この予感が外れてもそれはそれで快い意外さがある。詩を読む快楽とはこのような時間性の中でひとときをすごすことである。
つまり因果から解放され、未来に大きくはばたたかせてくれるのが詩的言語であると。それによって中井は科学論文に埋もれる日常から解放され、生きて行く力を回復できたのだった。