行きつけの漢方専門の本屋さん 一見客は来ない営業 漢方診療日記㊽

漢方を勉強する為によく通った本屋がある。変わった本屋でマンションの一室で営業している為、外からは分からない。一見の客は絶対に来ない。私も人から紹介されて知った。
 先輩に連れられて漢方を勉強する為にこの本屋に多くの研修医が訪れていた。
漢方専門の本屋は珍しく、当時、初学者の私はよく通ったものだ。漢方の本は高い。発行部数が少ない為に一冊最低五千円はする。また内容が難解で、自分の力量に合った本かは、暫く読んでみないと分からない。さらに東洋医学では書籍の切り口が多様で題だけ見ても分からない。例えば、「葛根湯」の説明の記述でも西洋医学的な成分分析が載っているのから葛根湯が載っている古典の傷寒論という原典の解説をしているものまである。中にはエッセイ調の本もあり、眺めるのが楽しい。
 この本屋がどうやって食べていくのかと不思議でならなかった。一般の本屋は全て路面に入口があり、入口には新刊のポスターや新刊雑誌が並べてある。でもこの漢方専門の本屋は看板すらない。郵便ポストに小さく書店の名前が書かれている。暫くしてその本屋の秘密が分かった。出張専門なのだ。東洋医学会の学術総会など大きな集まりが一年に一回必ずある。そこには、学会の会員の医師や薬剤師や鍼灸師が千人単位で集まるのだ。その学会の開催期間の3日間にブースを出して、売りまくるのだという。東洋医学系の学会だけでも年に数回あるが、現代医学の内科、外科、耳鼻科、小児科などの学会でも漢方を勉強している先生は多い為、商売として成立するという。
 つい先日も久しぶりに、その本屋に行ってきた。ところが、そこの主人の元気がない。いつもいる事務の女性もいない。聞くと経営が苦しいのだという。事務員も辞めてもらったという。また、学会にもあまり行かなくなったというのだ。なんでも大手の書店が東洋医学の本ばかりを集めて同じようブースを学会に出すようになり売り上げが半減するのだという。
 「最近の研修医は本を読まなくなった」と初老の店主はいう。確かに私も研修医はipadを使って漢方を調べたり、ipadに書き込む姿を最近よく見るようになった。若い医師が漢方の本質を勘違いしなければ良いが。
先輩が使っているよさそうな漢方の教科書をAmazonで当日配送で買える時代だ。書店を路面店にして専門書を並べると東京ではやっていけるとは思うが初老の店主には気力が無いだろう。書店に行くと、知らない本との思わぬ出会いが嬉しい。今回も買うつもりの無かった漢方書籍を沢山買ってしまった。

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