推せない、オタクになれない。
急にハエトリソウが欲しくなって、日本食虫植物愛好会の会合に参加したことがある。
1人で参加するのは怖かったので、元恋人Aを召喚した。
花、草、きのこ、貝や動物昆虫などの写真を送ると一瞬で名前を教えてくれる「生物特化型AIみたいな人」である。昔、デートでサンシャイン水族館に行ったときには、サンシャイン水族館にある魚の名前を全部知っていて、逐一目の前の魚の名前と特徴を教えてくれた。そのときは、今ほど画像認識AIの精度が高くなかったので「歩く音声ガイドみたいな人」だなと思っていた。
その彼と2人で食虫植物愛好会というものに出席した。しかし、その会に行けば季節外れでもハエトリソウが手に入るだろうという私の期待は裏切られた。
ハエトリソウが売っていなかったのではない。「王道のハエトリソウ」が売っていなかったのだ。
王道のハエトリソウというのは、ハエをはじめとした小さい虫を食べる草だ。ハエが中に入ると葉っぱを閉じてパクッと食べてしまうやつ。
けれど、食虫植物愛好会の会合に置いてあったのは、虫を食べられないハエトリソウばかりだった。葉っぱのつき方が逆になっていてパクッと閉じれないものとか。
ハエトリソウ以外も同様だ。並んでいるのは、虫が食べられない「食虫植物の亜種」ばかりである。そんな、虫を食べない食虫植物に、会合に参加した食虫植物オタクの人たちは一斉に群がり、買うかどうか悩んでいた。会合は、いかにその種が貴重で珍しいか、作るのが難しかったかという話が話題の中心だった。
植物AIの元恋人は、食虫植物愛好会のおじさんに気に入られて「食中はじめちゃいなよ〜」と長々と勧誘されていた。そのときはまんざらでもなさそうだったが帰り道には、
「食虫植物って、大体典型的な種類が限られているから、深めようと思ったらなんかの亜種や変種を作る方向性しかないんだよね。だから、棘が逆向きに生えているハエを取らないハエトリソウみたいなものが中心の話題なわけ」
「もし勉強するとしても種類が多いきのことか魚とかの方がいいな」
とディスっていた。確かに、私は本当は王道のハエトリソウが欲しくてわざわざ食虫植物愛好会の会合に参加したのだけれど、王道の食虫植物は全然置いていなくて、もはや虫を食べないやつばかりだった。素人の私からしたら「虫を取らない食虫植物の何が面白いの?」って思うし、食虫植物愛好会の人たちだって最初は、植物が虫を捕食することに面白さを感じたはずだと思うけれど、今となってはハエを取らないハエトリソウの方が面白いのだろう。実際、それで盛り上がっているわけだし。
でも私は生涯、王道のハエトリソウしか面白いと思えない気がした。棘が逆向きのハエトリソウを面白いと思えるほどオタクにはなれないのだ。
どんなこともそうだ。オタクになれない。沼にハマらない。推せない。そのときそのときで感動する作品や尊敬する人に想いを馳せることはあってもそれが生活の中で持続することはないし、お金を使うこともない。好きな作家や研究者や俳優やアイドルはいても、その人の活動表面部分しかみない。山田詠美の小説はとても好きで全部読んだけれどエッセイは読まないし、アイドルの歌とダンスには感化されても普通に話しているところを見ると、「なんて、情報量0の話しかしない人間なんだろう」とがっかりしてしまうので深めない。
オタクな人のことは大好きだけれど、自分はオタクになることはない。強いていうならオタクのオタクくらいかもしれない。
就活をしていたときに(今もしている。誰か雇ってください)、スペシャリストに対抗する言葉としてジェネラリストという言葉を使って説明会をしている会社があった。「ジェネラリストって一体なんだろう」「ジェネラリストとしてのスペシャリティがないとその名称に意味がない気がするけど、ジェネラリストとしてのスペシャリティってなんなのだろう」そう思って人事の人に質問してみたけれど、答えになっていない曖昧な回答が返ってきてモヤモヤした。
モヤモヤしたので説明会が終わったあとも少し考えた。
私はジェネラリストは、オタクのオタクのようなものではないかと思う。意味が同じということではなく、構造が同じということだ。私は何かに特化したオタクではないが、常に何かに特化したオタクを見つけて楽しんでいるという文脈ではオタク。ジェネラリストは、たぶん、一つのことに特化して詳しいわけではないが、様々な分野のスペシャリストの間に立って話したりまとめたりできるという文脈ではスペシャリストというわけだ。
ジェネラリストというよく分からないビジネス用語への嫌悪感で胸がいっぱいになっていたが、少しだけスッキリした。この一億総推し活時代の今日に自分はなんのオタクでもないことに対してかなり劣等感をおぼえていたが、私はオタクのオタクなのだ。でも、オタクのオタクですらない人もこの世にいると思う。ということは、スペシャリストでもジェネラリストでもない人もいるということだ。決して、ジェネラリストはスペシャリストの補集合ではなく、構造的にはむしろ階層構造でいうところの親ノードだといえるだろう。
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