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あなたの一年が幸せに満ちたものでありますように

1019文字/同居人の誕生日にスフレドリアを焼く話

http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=582526

画像はお借りしました。


もう限界だ。泡だて器から手を離す。ボウルにあたってカランと音を立てる。こんもりと盛られた白い泡に、一筋の谷間ができた。ボウルを押さえていた左手は、その冷たさで感覚がマヒしているし、かき混ぜていた右手は握る力もこめられない。
どうして頑張ってしまったのか。
私はひとつため息をついた。こんなことして何になる、と脳内の私が警鐘を鳴らしていた。絶対にあいつが忘れていることを、私が身を粉にして祝う意味は、あるのか。……考えるべきではない。きっと喜んでもらえるはずだ。そう、こういうことは、勢いが大事である。
先に作っておいたケチャップライスをドリア皿によそった。昨日買った揃いの器。流行りのニュアンスカラーに惹かれた。色違いだけど、ペアっぽいそれの上に、鮮やかな赤が映えた。チーズで隠して、アクセントに輪切りのピーマンを乗せる。四葉のクローバーに見えるように微調整をした。見つけて、幸せになれるように。最後にボウルのメレンゲをたっぷりと、山のように盛った。
すこし作りすぎただろうか。
想像以上の高さになった白山を眺める。まあいいか、と息を吐くと、びっくりしたように少し揺れた。山の頂点にはパセリを振りかける。春の芽吹きを表しました、なんて言ったら笑ってくれるだろうか。
白いふわふわを壊さないように、慎重にビルドインオーブンに入れる。庫内灯をさえぎり、さながら日の出のようだった。あと百回寝ると、お正月。今年の初日の出は、二人して寝坊して見れなかったから、来年に期待しよう。
扉を閉じて、軽快な音がタイマーを設定する。レシピより気持ち長めに時間を指定する。スタートを押すと、小鳥がさえずった。
ふう、やっと終わった。
一息ついてお湯を沸かす。戸棚から挽いた豆を取り出して、ドリッパーに入れる。甘くて苦い独特な匂いが広がる。先週の散歩のときに見つけた焙煎所のオリジナルブレンド。味も香りも、二人の好みに合っていた。残ったケチャップライスをつまみ食いしながら、沸騰した湯を注ぐ。
うん、おいしくできてる。喜んでくれるといいけど。
そろそろ、晩御飯の内容を問うメッセージがくるはずだ。リビングにかかった時計を見上げる。どれだけせがまれても、スフレドリアとは教えない。今日はサプライズだからこそ映えるのだ。四葉に幸せを込めたことを大々的に言い回らない。こういうのはさりげない気遣いだからこそ映えるのだ。
自分の誕生日すら忘れているだろうあいつは、私のすべてを気づくだろうか。

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