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【短編小説】星の夜

それは、寒い冬の日のことでした。

一人の女の子が、お気に入りの靴を履いて、外へと出かけて行きました。

「もうこの世界とはお別れにしよう。」

そう思って、森の中へと入っていったのです。

もう考えることなんてありませんでした。

悲しくもないし、涙も流れません。

感情なんて、とっくの昔になくしてしまった。

寒いと感じる感覚はまだ残っていたけど、それ以外に思うことは特にありませんでした。

「この辺でいいかな。」

たどり着いたのは、一本の木の下でした。

がっしりとした枝のある木の下です。

夜だから、周りはひっそりしています。

動物たちも、虫たちも、みんなすやすやと寝ているようでした。

真っ白の雪の上に、ピンクの靴を脱ぎ捨てると、それはいつもより綺麗に見えました。

「きれいな靴......」

それは、店で見た時に、一目惚れした靴だった。

この靴を履いて、街の中を歩く自分の姿が思い浮かんだ。

少し高い靴だと思ったけど、どうしても欲しくなったのだ。

クリスマスも近い時だったから、自分へのご褒美として買った靴だった。

「どの服に合わせようかな」

そんなことを考えて、クローゼットの中の服を頭の中で何度も広げたりもした。

靴が少しでも汚れたら、すぐに汚れを払いのけてツヤツヤした表面を表に出した。

心が踊って、用もないのに街へと繰り出したこともあった。

それは、約1年前のことだ。

そして今、自分は誰もいない夜の森の中で、自分を幸せにしてくれたピンクの靴と一緒にいる。

「ごめんね......」

そう心で呟いた時だった。

空から音楽のようなものが聞こえてきた。

誰もいないはずなのに、空から綺麗な音楽が聞こえてくる。

女の子はしばらく空を呆然と見上げていた。

すると、流れ星がさーっと流れていったのだ。

流れ星なんて、いつぶりだろう......。

小さい時に、おばあちゃんと一緒に行った花火大会の帰り道、たまたま流れ星を見た覚えがある。

でもそれが最初で最後の流れ星だった。

呆然と空を眺めていると、さらにもう一つ星が流れて行った。

でも、流れ星はそれでは終わらなかった。

星は綺麗な線を描きながら次々に横へと流れていった。

流れ星は木々の間からしか見えなかったから、ずっと上を見上げながら、女の子は空がひらけている空間を探し求めた。

そしてたどり着いたのは、空の視界を遮るものが何もない、ぽかんとひらけた空間だ。

月明かりが雪に反射して、その場所はどこよりも明るかった。

「やっと見えた......」

流れ星の勢いはおさまる様子がない。

星が流れる音までも聞こえてきそうな勢いだった。

「きれい......」

女の子はそのまま空を眺めることにした。

近くにある木の幹に腰掛けて、しばらく空を眺めていた。

どのくらい時間がたっただろう。

静まり返った冬の夜に、流れ星は依然として勢いよく流れている。

この森に来た目的すら忘れていたけど、もう一度それを思い出したところで、女の子の中にはもうその勢いはなくなっていた。

気づくと、手の指は氷のように冷たくなって、感覚まで失われていた。

しかし、流れ星に夢中になっていたから、今自分がどこにいるのか、森の出口はどこなのか、わからない。

女の子は森に来て初めて心細くなった。

寂しさが襲ってきた。

そして、とても怖かった。

その時だ。

「おーーーーーーい!大丈夫かーーーーーーーー!?」

「おーーーーーーい。誰かいるかーーーーーーー!?」

遠くの方で、誰かの声が聞こえてくる。

そして、その声はだんだんこっちに近づいてきた。

「おーーーーい。おーーーーーい!」

一瞬隠れようと思ったけど、女の子にはもう、そんな気力は残ってなかった。

「おーーーーーーい。おーーーーーーーい。誰かいるかーーーーー?」

声は、もうそこまで来ていた。

「おーーーーあっ。みんな、いたぞーーーーー」

男の人の声だった。

「お嬢さん。大丈夫かい?」

「......」

女の子は声が出なくて、軽く頭を下げただけだった。

「女の子が夜中に森の中へ入っていったという連絡を受けてね。みんなで探してたんだよ。寒かったろう。これを着るといい。」

そう言って、おじいさんは女の子に暖かいダウンを着させてあげた。

「こんなに寒い中、どうしたんだい?こんなところに一人で寒かったろうに。もうみんないるから安心しなさい。大丈夫だからな。」

その言葉を聞いた途端、女の子の目から1年分の涙が溢れてきた。

涙はしばらく止まる気配がなかった。

「うん、うん。いっぱい泣き。いっぱい泣き。そうかそうか。」

おじいさんはそう言って、女の子を温かく見守った。

どのくらい泣いただろうか。

しばらく泣いた後で、ようやく呼吸が落ち着いてきた。

「今日は特に寒い日だからね。あとで温かいお茶をいれよう。事務所においしいお茶があるんだ。」

おじいさんの声はあたかかった。

全てを優しく包んでくれる、あたたかい声だった。

あの日、おじいさんが淹れてくれたのは、温かくてきれいな緑色のお茶だ。

その日以来、女の子はお茶が大好きになって、今では毎日飲むようになっている。

おじいさんはその時言っていた。

「辛いことがあったら、あったかいお茶を飲むといい。一緒に甘いお菓子も食べるんだよ。」

と言って、ニコッと笑ってくれたんだった。

女の子が住んでいる部屋は今は狭かった。

最初は殺風景だったけど、少しずつ自分のお気に入りの家具や花瓶やランプなどを取り入れていった。

少しずつ部屋の中が温かくなってきた気がする。

今でも辛い日はあるし、寂しくて心が折れそうな瞬間もある。

でもそんな時は、温かいお茶を飲むようにしていた。

すると、ほんの少しだけ心が和らぐ気がするのだ。

今日も寒い冬の日だから、星たちはきれいに輝いていた。

それは、まるで絵に描いたような星だった。

窓辺に腰掛けて、女の子は今日もこう言った。

「ありがとう」と。

頭の中には、あの時聴いたメロディーが流れていた。







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