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掌編小説 | 雪が降った日

線のように月が細くなる夜だった。

リサが月に座っていると
彼がまたやってきた。

「今日は少しひんやりしてるね。」

リサがうんとうなずくと、
彼はこっちを向いてニコッとする。

「今日はたくさん雪が降ったんだね。
夜がこんなに明るいなんて。」

昼を過ぎたあたりから
雪がたくさん降り始めた。

リサは慌てて窓を開けると
冷たい風を顔に受けた。

大粒の雪が空から降ってきて
リサの鼻や額にひんやりと当たる。

「これが雪なのね。
なんて素敵なの!」

リサはしばらく空を見ながら
いつまでも雪を見送っていた。

白い大粒の雪が降っている。

それは次第に大地に広がり
世界をすっかり白くした。

あまりに集中していたからだろうか。

自分の呼吸する音だけが
鮮明に耳に届いていた。

「昔、この町にも雪が降ってね。
みんな本当に大騒ぎだったよ。」

「子供も大人も関係なく、
みんな外に出てはしゃいだものだ。」

初めて雪が降ったその日、人々は
外へ飛び出した。

「こんなの信じられるか?
奇跡だよ!」

とあちこちから興奮する声が聞こえてくる。

7歳になったばかりのノアは、
犬のスコールを呼び出して
コートも着ずに駆け出した。

「スコール、こっちだ!
早くおいで!」

と大きな声を出しながら
広場の方へと駆けていく。

一方フィリップじいさんの家では、
妻のミシェルがお茶を用意していた。

最初に気づいたのはフィリップだ。

パイプ煙草を吸っていたフィリップは
雪に気づくとすぐに妻を呼びつけた。

「ミシェル、こっちに来なさい!
これは雪だよ。」

訳のわからぬまま外を見ると
ミシェルは口をあんぐりさせた。

「あらまあ、なんていうことでしょう。」

70年間生きてきた中で、
雪を見るのは初めてだった。

「フィリップ、これは本当に雪なの?
なんてきれいなのかしら……。」

フィリップは何も言葉にできないまま
ただただ呆然と眺めるだけだった。

「リサは初めて雪を見たんだよね。
雪はどう?おもしろかった?」

リサは「そりゃもちろんよ!」
と目を輝かせながら
今日のできごとを語りはじめた。

白くてきれいな雪が降ってきて
私の顔や手にあたったの。

私は嬉しくなって
何度も笑った。

いつのまにか辺りは真っ白になって
遠くの向こうまで白く見えた。

どうしてあんなに静かになったの?

自分の息だけが聞こえたの。

とても寒かったはずなのに
寒いなんて感じなかった。

ずっと立っていられないはずなのに
私は何時間もそこに立っていたの。

そして、もうこれ以上に
感動することはないと思ったとき、
私の服に雪が落ちた。

私は何気なくそれを見たら、
信じられない形をしていたの。

星のかたちをした雪の結晶。

本当にそんなかたちをしているなんて。

私はそれが信じられなくて
しばらく涙が止まらなかった。

だから神様に感謝をしたの。

雪を見せてくれてありがとうって。

その日は奇跡の日と呼ばれ、その先
何十年も語られるようになった。

その町に住む者たちは、
誰もがその日のことを覚えている。

白くきれいな雪が降って
町は白銀の世界になったこと。

その日の夜は昼のように明るくて
住民たちは眠ることができなかった。

フィリップじいさんは記憶に残そうと、
あの日から絵を描き始めた。

初めは下手くそな絵だったが、
ミシェルばあさんの助けを借りて
次第に上達していった。

二人は湖へ散歩へ行くと
決まってキャンバスをかばんから取り出す。

そして自由にそこに絵を描いては
二人で褒め合いっこするのだった。

ノアは30歳になると、
同じ町出身のカリーヌと結婚する。

その後生まれた娘シルヴィーは、
雪がどれだけ綺麗なものか
父親から何度も聞かされることになるのだ。

リサの話を聞いたあと、彼は
月を鳴らしはじめた。

繊細な音色がやさしく響くと
真っ白な世界に溶けていく。

リサは足を揺らしながら
心地よい音色に身を任せた。

空には月だけでなく、
いくつもの星が輝いている。

住民たちの興奮はまだ収まらない。

今日は夜遅くまで、
家々には明かりが灯るのだった。

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