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ショートショート|白い天使

もう人間が住まなくなったその星に、
一人の天使が降り立ちました。

緑で生い茂った森に入ると、
そこには小さな池があります。

人間たちが愛の言葉でささやき合い、
一生を共にすることを誓った場所です。

天使は池のそばに腰かけると、
人間たちの言葉を真似して言いました。

「好きだよ。」

「愛しているよ。」

「僕と結婚してください。」と。

真似して言っては頬が赤くなりましたが、
天使は続けてこう言いました。

「はい、お願いします。」と。

池の水は冷たくて、白い天使の肌は
さらに白くなるようです。

真っ白な細い足で、
天使は池の周りを歩きます。

両手をふわりと宙に浮かせながら、
少しスキップをすることもありました。

バレリーナの踊りを真似しながら、
少しくるんと回ってみせます。

柔らかくて真っ白なワンピースが
綺麗に空を舞いました。

日が傾いて、近くの城をオレンジ色に染めた時、
天使は太陽に背を向けながら
目的の場所へと向かいます。

そこは、モーリス・ルフォールが眠る墓。

モーリスは14歳の時に鍛冶職人となり、
23歳でローレンスに恋をします。

モーリスはローレンスに花を贈り、
ローレンスを「世界一美しい人」と呼びました。

二人はここで一生の愛を誓い、
生涯を共にしたのです。

ローレンスが病気でこの世を去った後も、
モーリスはローレンスを愛し続けました。

ローレンスが寂しくならないよう、
ローレンスに毎日会いに行きました。

ユリやリンドウ、カーネーションなどを持参し、
ローレンスの墓にお供えしたのです。

腰や足が痛くなった後も、モーリスは毎日
ローレンスのお墓へ行きました。

強い雨が降った日も、冷たい雪が降った日も、
強い風が吹いた日も、モーリスは必ず
ローレンスに会いに行ったのです。

天使はそれを上からずっと眺めていました。

冬の寒い夜、暖炉の火が消えないよう
それを絶やさないようにしていたのは天使です。

モーリスが食べるスープは、
最後まで温かいままでした。

大雨が降ったある日の夕方、
モーリスが墓へと向かうその時、
モーリスの目の前に天使は虹をかけました。

あの日、モーリスは雨上がりの虹を見たのです。

空に大きくかかる虹。

それをじっと眺めながら、久しぶりに
小さい頃の思い出に浸りました。

モーリスの墓はローレンスの墓の隣にあります。

天使はモーリスの墓を見ると、
白い手でその墓石にそっと触れ
ゆっくりと近づきながら、キスをしました。

モーリスの名前を優しく指でなぞります。

天使の優しい眼差しがモーリスの墓を
優しく包んだ瞬間でした。

夜空で星たちがきれいに輝き始めた時、
天使は大きな羽を広げながら、
気持ちよさそうに天上へと向かいます。

よほど気に入ったのか、天使は相変わらず
愛の言葉をささやいていました。

「愛しているよ。」

「君を幸せにする。」

「僕と一緒にいてくれる?」と。

天使は頬を赤らめます。

そしてしばらく考える素振りをした後に
ゆっくりとこう言ったのです。

「はい、いつまでも一緒にいましょう。
私もあなたを愛しています。」と。
















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