ホットミルク
過去はちょうどいれたてのホットミルクのように 温かくて 優しくて
そこに私は蜂蜜だとか チョコレートだとかを溶かして、幸せを 溶かして。
マグカップから伝わる温度を手のひらに感じながら、あたためる あたたまる。
冷めないように 覚めないように
だって、さめてしまったら あたたかくてやさしい思い出がなくなってしまうでしょう。
できることならいつまでも、記憶の中でおだやかに目をとじて居たかった。
冷めないように 覚めないように
ときどきお砂糖をスプーンですくって溶かしながら 夢のままに あの日のままに
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私にとって過去というのは いつだってなんだって愛おしいもので、
あの頃はなんの楽しみもない つまらない日々だと思っていた時間も、今振り返るれば かけがえのない日々だったと思うから不思議だ。
きっと誰かが私の中で、思い出たちをあの頃にこびりついた悲しみや孤独を拭き落として 磨いているに違いない。
そうでなければ、あの頃を思い出してこんなに心があたたかくなることも 懐かしさに涙することもないはずだもの。
心がぎゅっと締め付けられて喉の奥にまで響いてくる。涙が出そうになっても堪えるせいで、視界がぼやけてしまう。
久しぶりに写真を見返した。
およそ3年ぶりに 思い出たちとご対面。
写真の中の私は自分でもびっくりするくらい幸せそうでなんだか切なくなった。
今よりも数倍きらきらしている私が画面の向こう側に居て、私はそれを悲しそうに でも愛おしそうに見つめた。まるで小さい頃に大好きだったおもちゃを大人になってから見つけた時みたいに。あの頃の私だった女の子、もう私はあの子みたいにはなれない。
あの頃のままで居たかった。
ううん、あの頃のまま大人になりたかった。
あの頃だって別に、いい事ばかりじゃなかった。時には友達とすれ違ってしまったり、奥二重のまぶたや広がる髪の毛に嫌気がさしたり、小さな田舎町に生まれたことを嘆いたり、彼女は彼女なりに悩んでた。私は私なりに悩んでた。
だけど、なんか、もう、今はもう、それもこれも全部まるごと愛しかった。
人と向き合うことが億劫になって、容姿に気を使う余裕もなくて、田舎町を飛び出したけれど 都会は別に特別でもなんでもなかった。
思い出だけが、今の私の心を温めてくれる。
思い出だけが、私をまるごと包んでくれる。
思い出だけが、私が安心して眠れる場所。
それはまるで ホットミルクみたいに、
眠れない夜に 真っ暗闇に包まれた孤独な夜に
マグカップに注ぐホットミルクみたいに
私の真っ黒に染まった心を溶かしてくれる。
思い出に 溶けていく
彼女と私をスプーンでかき混ぜて
あの頃に 溶けていく
今はまだ、冷めないまま
思い出の中で眠っていたい。
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