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夢一夜

こんな夢を見た。
W大学のとある教室。朗らかな春の日差しが窓から差し込む教室で、N先生が講義をしている。
N先生は高校で国語を教えていた筈だが、うちの大学で講義をしているのは客員教授として呼ばれたのだろうか。そんな私の疑問をよそに、N先生は相変わらずの熱い調子で教鞭を取りながら授業を続ける。
今時、本物の教鞭を持つ教師も珍しいよね……
そんなことをぼんやりと考えているうちに、期末試験開始のチャイムが鳴る。
試験があることは既に分かっていたし、試験にはノートを持ち込むことも許可されていた。
なのに、私はこの試験を解くことができないのではないかと、漠然とした不安が頭をもたげてきた。

試験問題を見る。これまで習ってきた授業の繰り返しのはずなのだが、案の定私は全くペンを取ることができない。
頭の中は真っ白になり、脇の下から冷たい汗が流れるのを覚える。
明らかに見た問題であるのに、一向に答えが浮かばないのが何故なのか。理由が判然とせず、そんな自分に益々嫌気がさす。

そのうち隣の席のO君が席を立った。試験が終わり次第教室から出ることが許されているのだ。
O君の表情には余裕の笑みが見て取れる。
高校の頃は野球ばかりしていて、到底偏差値の高いこのW大学に受かる筈などないのに、この教室で授業受けていること自体腹が立ち、私は、
「どうせ白紙回答なんでしょ?」
と、皮肉まじりにつぶやいたのだが、O君は意に介した様子もなく、にやけた表情で
「これから恵とデートなんだ」
と言って颯爽と教室を出て行った。

ーーーそうだった。O君は恵と付き合っていたのだ。
「私、O君とキスしちゃった!」
親友の恵が興奮した様子で修学旅行の夜、廊下でこんなことを私に囁いてきた時、思わず怒りの余り恵の首を締めそうになったことが忽然と思い出された。あの時感じた怒りが何に向けてのものであったか、俄かには思い出されないのが悔しかった。

「もうそろそろ終わるか?」
N先生が私の席の近くまで来て、そう聞く。
見渡すと教室には私しか残っていなかった。
春の日差しは相変わらず部屋の中に温かく差し込んでいる。
「あと二、三十分下さい」
私は白紙の回答用紙を隠したかったので、机に突っ伏しながらそう答えた。先生には不貞寝をしているように映ったかもしれない。
「お前はバカだなあ……」
苦笑まじりのN先生の声が、がらんどうの教室に響く。

そうだ。N先生には全て見透かされていたのだ。
私は全て理解した。ようやくテストの回答が書けると起き上がって嬉々として、解答欄に「私のO君が……」と書き始めた途端、

「試験終了」

無情にもN先生の声が教室に響いた。

教壇を見ると既にN先生の姿はなく、教室の窓から差し込む春の日差しが、教壇の周りだけを白く照らしていた。



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