45.精神科のインフォームドコンセント

入院生活は単調なものでした。

体操や作業などがありましたが、出たくなければ強制はされません。
それでも私は動く意欲があるとアピールする為に極力参加していました。

先生との診察は週1回のペースでありましたが、投薬治療のみでカウンセリングはありませんでした。

ある日の夕飯後の投薬時間のことでした。
ナースステーションの前に並び、ひとりずつ看護師さんの前で口の中に薬を入れ、飲み込んだら口の中を看護師さんに見せるという投薬管理がなされていました。

私は手のひらにのせられた錠剤がいつもと違う名称なことに気が付きました。
これは私の薬かを問うと、私に処方された薬で間違いないと言われました。

当時はスマホはなく、自分で薬を検索することはできなかったので

「以前飲んでいた薬と違います。担当医から薬を変更するとも言われていません。説明なく変更された薬は飲みたくありません」

と拒否すると、看護師さんは医師に確認しにナースステーションに消えました。
数分後に戻ってきた看護師さんからは、「名称は違うけれども、抗うつとして同じ作用を持つお薬なので問題ありません」と服薬を促され、「あなた、よく気づいたわね!先生驚いてたわよ」と言われました。

看護師さんが放った「あなた、よく気づいたわね!先生驚いてたわよ」この言葉からは、精神科に入院する患者を医療従事者が、ひいては世間がどう見ているかがよく分かると思いました。
「檻の中ですら管理や監視が必要な人間には、判断力や理解力がないのだからいちいち説明する必要も了承を得る必要もない」
飛躍しすぎかもしれませんが、私にはそういうニュアンスを内包した発言に聞こえました。

精神科以外で処方薬を患者への説明もなく勝手に変更し、処方して服用させることなど考えられません。
この病院では精神疾患を持つと医療を受けるうえで基本的なインフォームドコンセントすら省かれ、なんの薬かも説明もろくにされないままに薬漬けにされてしまうかもしれないという恐ろしさをこの時感じました。

それでも、今の私はここから勝手に出ていくことはできませんし、医療従事者の心象を悪くしては損だと思いましたので、胸に渦巻きだした不信感を隠し

「そうなんですね、分かりました。
確認していただいてありがとうございました」

とにこやかな笑顔をみせ、錠剤を口に含みました。
割れ物は禁止されていたので、プラスチックのマイカップに水を入れてもらい、ゴクンと音を鳴らして飲み込み、カバのように大きく口を開けて口腔内を看護師さんに見せてから自室へ戻りました。

そして誰も見ていないのを確認し、舌の裏側に隠したものの既に唾液と水分でふやけ、溶けかけた錠剤をティッシュに吐き出しました。

手のかからない従順な模範患者の私の服薬管理は、舌の裏側までは見られないのは分かっていました。

もう二度と、ここで出される薬はのまない

そう決めました。

※現在は精神科でもインフォームドコンセントは徹底されているかもしれませんし、当時でも全ての精神科でインフォームドコンセントがなされていなかったわけでもないと思います。
上記経験談は私個人の見解を含めた内容であり、精神科全体の治療を批判するものではありません。



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