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リストカッターの彼女との出会い

彼女と仕事場を共有するに至った理由は簡単。

3年ほど前。
私が自営業の仕事をする為に、自宅とは別にワンルームを都心に借りた。
そこから彼女のご自宅が近かったのだ。

「仕事場に呼んで!」何度も頼まれるようになった。
「めっちゃ近いから、ご飯作ってあげる!スープの冷めない距離だから。一緒に作業会しようよ!」
最初は、優しく親切な子だった。

それが地獄のはじまりだった。

彼女との出会い

7年か8年ほど前。
私が仕事場を借りる前。
同業者のオフ会があった。

そこで、同業者同性の友人Aさんが、高校時代からの友人だという早苗さん(仮)を紹介してくれた。
彼女こそ、同居で私に強い打撃を与えた台風のようなメンヘラ嬢である。

早苗さんは、バンギャだという。
しかし、見た目は全然バンギャっぽくない。
その日彼女が着ている服は小花柄のワンピース、レースのカーディガン、サンダルとバンギャとは思えないかわいらしさ。
気になったのは、分厚い眼鏡、腰まで伸ばした髪の毛をみつあみにしていたこと。
「眼鏡で大人しい文学少女」といったイメージだった。
地味であまり話さず、目も併せない。
ちょっとコミュ障っぽい雰囲気だった。

ずっとAさんの隣にベッタリと座り、Aさんとだけ打ち解けた様子で話しているが、他のオフ会メンバーとはあまり会話をしない。
人見知りするとのことだったので、そんなもんかなと思っていた。

Aさんは明るい性格で、よく飲み会や集まりに呼んでくれた。
私もほかの同業者の集まりにAさんを呼ぶことがあったのだが、早苗さんとはなかなか仲良くなれず、そういった機会に恵まれる事もなかった。
Aさんと早苗さんはベッタリの仲良しで、常に一緒に行動しているらしかったので、Aさんとご一緒に、と飲み会に誘う事もあったのだが、「バンドの遠征と被った」等、なかなか機会に恵まれず、あまり仲良くなる等、関係性が進展することはなかった。

友人になる気配もなく、友人の友人→知人、個人間で連絡はしない、機会があったら顔を合わせる人、というイメージのまま数年が経過した。

その間、おかしい人だという印象はなかった。

常にAさんの横にいて影のような存在。
会っても、何故か話した記憶がない。
後々判明するのだが、人見知りがすぎてAさん以外の人とあまり会話していない様子だった。

ある日、私とAさんの共通の同業者友人が上京してくるので、飲み会をしようという事になった。

みんなで楽しく食事をした。
本当に楽しかったのを覚えている、女子会のような雰囲気だ。
全員30代、独身と既婚が入交り、仕事の話をしつつ良いお店で良いお料理を楽しみ、解散。
早苗さんと同じ方向の電車になった。
正直少しきまずかった。

でも、友達の友達だし、話してみよう!という事で、色々質問したり会話のきっかけをさがしたりと、帰りの電車の中で十数分、会話を試みた。
悪い人ではない。
でも、印象がない。
なんでもそうだよね~と引きつったような笑顔で応じる人。
時々ハイテンションでオタク話をはじめると面白いんだけど、すぐテンションがもどる。
私もそうなので人の事はいえないが、人見知りでコミュ障なんだな、という印象だった。

つり革に捕まる彼女の腕に、違和感があった。
その日、早苗さんはレースのニットカーディガンを来ていたのだが、その細い腕に無数の傷が刻まれていた。

腕がザックザクの彼女

早苗さんの腕は、手首から肘あたり、その少し上まで、リストカット跡でザクザクだった。

リストカッターだ。
本能的にぞわっとした。

私自身も、メンタルを病んだ時にリストカットをしたことがある。
今も傷が残っている。
私の業界の友人知人にはそういった問題を抱えた人も多く、珍しくはない。発達やメンタル疾患のある人も多いちょっと特殊な業界だった。

なので、正直リストカット跡は見慣れていた。(※なんだそれ)

普段は他人の腕にリストカットの傷を見ても驚く事はなかったのだが、
早苗さんの傷は「普段見かける」レベルではない。

みみず腫れのような相当深く切ったであろう傷跡が無数に並び、腕はボコボコ。
そんなレベルの深い傷が無数に刻まれていて、片腕にキズが何十本もある、そして両腕がズタズタ。
そんな状態だった。

気が付いた時、ぎょっとして表情に出してしまった。
あれは失礼だったと思う。
普通に話していたのだが、彼女は私の視線と表情の変化に気が付いて、急に委縮した様子になった。
ニットカーディガンをひっぱったり、つり革につかまる腕の位置を移動したりと、傷口を隠そうとしていた。
私はじろじろ見るのは失礼と思って目を背けた。

ああ、この子もメンヘラだ。しかも結構すごいぞ。

ある種の共感。
そして同時に早苗さんに対して言い知れぬ不気味さを抱いた。

メンヘラの私が、彼女について「不気味」という権利がないと十分承知だ。

私自身も20代の頃、鬱で病んでいた時手首を切り、今も数本の白い跡がある。
大きな傷ではないので特に隠す事はしていないが、夏場など、半そでの私と同席して気が付いて、私を不気味がる人も沢山いたであろう。

その上で言う。

リスカするメンヘラから見ても、自分以上のリストカッターは怖いのだ。

なんとなく気まずい時間が流れ、彼女と異なる駅で降りて解散となった。

見なかったことにしよう


電車を降りて、乗り換えのホームまで歩いた。
何とも言えない気分だった。
友人Aさんはいい人だけど、その親友はメンヘラなんだな、という感想と同時に、AさんやAさんの周囲の人と仲良くやっているなら、今は特に問題なく生きているのだろうな、と勝手に自己完結をした。

メンヘラ同士の共感もあり、特に早苗さんに強い悪印象は抱かなかったが、綿棒くらいの幅の深い傷が何本もあったので、相当深く切ったに違いないな、とその点は少し心配になった。

しかし、そこまで仲良くないので、それ以上踏み込むことはしないと決めた。
浅い付き合いだし、見なかったことにしたのだ。
数年、誰にも話さず、胸の内にとどめた。

その後も、早苗さんとは数年、「友人の友人」→知人の距離感のままだった。平和な時期だった。

(続く)

サクラナミキレン

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