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『苧(からむし)』

平成と令和の境目に叔父が亡くなり母はすっかり元気を無くしてしまい、生魂祭り本宮の日に、とうとうその生涯を閉じました。

母の強っての希望で、姉妹弟と孫、ひ孫だけの密葬で送り、今は 仙台の弟(長男)が母を祀ってくれています。

大正 昭和 平成 令和、青春時代に戦争を体験し、子供たちが独立して父と別れ自立した母。口には出せぬほどの壮絶な一生だったと思います。

とは言え、私を助けての通いの間にクレヨン画・水彩画も習い、ペン習字・毛筆・かな・古筆それぞれ師範を取得し、60歳を過ぎて俳句を始め、能・歌舞伎を堪能し、世界中を旅した晩年は、私なんかよりずっと彩り深く充実したものだったと思います。

母は娘たちに少し納得できるほどの適度な介護経験もさせ、苦しむこともなくあっけなく見事に逝きました。

そんな母の様子を五七五で100句書き留めていましたが、プリンターで印刷し手作り冊子を作ってみました。

題名は 『苧(からむし)』

『苧(からむし)』 は、繊維をとるために栽培される多年生植物。
とても丈夫で紐や縄にもできるが、紡いで織れば、重要無形文化財の越後縮や小千谷縮ともなる」(wiki抜粋)

しなやかに逞しく生き抜いた母は、死してなお私の心の奥深くに棲みつきはじめました。そんな母を「苧」となぞらえて。


『苧(からむし)』 
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菜の花や娘を母と言う時も

いつになく母の饒舌山笑う

叔父逝く日意思ある母の最後の日(無季)

青嵐母の着信キリのなく

祭壇に母の名札のこてふ蘭

夜のメール母の入院亀の鳴く

竹の秋また母の名の呼出音

横たわる小さな背中を目で抱く(無季)

看護師を警察官と云ふ春の暮れ

夏めく日退院させたとのメール

母笑ひアスパラガスの花の咲く

未央柳甥が頼りのおんぶ紐

卯の花や白髪増えたと撫でられる

竹の花母の着信途絶えたる

アルミ鍋煮付虎魚は母の味

せん妄の行ったり来たり梅雨に入る

敬語にて名を問う母や柘榴咲く

母のひとこと幸せになるんやで(無季)

せん妄の寄せくるまゝに根無草

怖ぁてな聞きたくないと額の花

救わるる一卵性の母娘かな(無季)

半夏生時空行き交う供となり

あらがへつ起きつ眠りつ蓴舟

五月闇母はブラックホールへと

夜光虫それでも笑う妹よ

初蟬や眠る母の背眺め居て

語り合う在りし実家の百日紅

夏料理有馬の夜の記憶在り

手をつけぬ配膳ぽつり西日燃ゆ

空蝉の如く横たう息荒らし

七変化涙こらえて夏芝居

夏安居や娘らの名は呼びにけり

息静か其れも気になる安居かな

夏の午後握る手今日は母となり

寄り添うてただ寄り添うて麦の秋

鉄線花居留守電話を悔やみけり

蝉時雨使えぬガラケー枕もと

妹に感謝の日々やオジギソウ

母であり母ではなくて桜桃忌

白日夢母は藻の花探しをり

母の失態怒りと涙こらえけり(無季)

蟻地獄ただ落ちゆくを見入る我

眠りおる母苧(からむし)と育ちをり

母の句を読み返す夜女王花

晴れの日に野牡丹咲かす母ありて

母に手を引かれとぼとぼ月見草

百合の花嫌いと母はそっぽ向く

好きならば一緒になれとソーダ水

昭和の日語るともなく半夏生

名を呼ぶもそっぽを向かれ晩夏かな

青柿や案ずることは無かれしと

桐一葉記憶の欠片剥がれゆく

出水渦母の我慢も溢れけり

汗まみれ鬼の形相母に似て

炎気なりあんた私を殺す気か

眠りをる母に安堵の夏の月

黄泉の闇行ったり来たり水馬(あめんぼう)

抜きたいといえど眺る灸花

祭の日入院三日目の危篤

荒息の止まりし母や風死せり

季(とき)満ちて母は安堵の眠りへと(無季)

真桑瓜まだ温かき母抱く

肌に手を母の温もり探しをり(無季)

晩年は幸せなりと言い聞かせ(無季)

母死すも微笑みそしてすまし顔(無季)

遺影探しの母の居ぬ母の部屋(無季)

妹の語る五年の走馬灯

同居にもルールはあると水中花

沙羅落下壮絶な時ひと月と

落とし文母の思惑遂げられし

花棗引出し溢る歌舞伎・能

今更に気付くは遅し母の愛(無季)

夏寒し山と残りし薬棚

めうがの子あれもこれもと想いしも

茗荷汁母の匂いを探しをり

厳かな湯灌美しきや送り人(無季)

帷子を痩せた身体に包みけり

辛きことみな忘却し三途川(無季)

外つ国で微笑む母や額の中(無季)

子と孫とひ孫縷々夏の通夜

せめてもと母の好みの夏喪服

形ある母の最期の朝曇

寄書きを棺に添えて家族葬(無季)

幕下ろすステージ母のプロデュース(無季)

荼毘付さる詮無いことと分かれども(無季)

火葬炉の唸リ轟々耐えきれず(無季)

白骨にボルトとチタンセラミック(無季)

掌に収まりし母河鹿鳴く

腑に落ちる男系男子佛桑花

仙台へ小さき骨壷弟と(無季)

安置せる画像メールや新天地(無季)

夏寒し母の居た部屋我が家にも

悲しくも腹は空くなりトマト剥く

夏雨や母の形見の歳時記と

短夜や母の句帳の美しきこと

母の句の春夏秋冬清書さる(無季)

三伏や敵わぬ母の句に逢うて

彩り深く九十五年蓮華咲く

白蓮も母には負ける気がしたり

母逝きて母宿るなり我肝に(無季)

ホッチキスではなくてこよりで綴じてみた

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母を詠んだ句 100句 (2019年8月4日)了


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