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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第十五話 それを、ご恩送り、という

それを、ご恩送り、という


私の気持ちを確認した刑部卿局の動きは、目を見張るほど早かった。
おじいちゃまに私と公家とのご縁つなぎをストップしてもらい、おじいちゃまの孫で私の従姉になる忠刻様のお母様、熊姫様に話をした。
熊姫様は「願ってもないご縁です!」と、積極的にこの話を進めて下さった。もちろん、忠刻様のご意思を確認済みの上でね!
刑部卿局がしみじみ言った。
「忠刻様も初めて船の上で姫様に出逢ってから、「自分にはご縁のない人」だと思いながらも、姫様に心惹かれていたそうです」
私はふーん、と平気なフリをして聞いていたけど、心の中では心臓バクバク!忠刻様も私の事を憎からず思っていてくれたなんて!
こんなすてきなことって、ある?!
政略結婚が常識のこの時代、相思相愛のあこがれの恋愛結婚よ!!
刑部卿局が下がった後、嬉しくって一人で興奮しまくったわ。

熊姫様と忠刻様の気持ちが確認できた上で、刑部卿局はおじいちゃまに
「今度こそ、千姫様に幸せなご縁となる結婚を!!」
と、懇願した。
そして熊姫様もおじいちゃまに
「どうぞ、うちの忠刻のところに千姫様のお輿入れをお許しください。
二人は互いに惹かれ合っております。
忠刻はきっと千姫様を幸せにいたします。
どうぞ、お許しください」
と頭を下げたの。
二人からこう迫られ、落ちない男はいるかしら?

おじいちゃまは、わたしと忠刻様の結婚を認めてくれたわ。
それを聞いた私の気持ち・・・
知りたい?!

うれしい、はもちろんよ。
だけど、それだけじゃなかったの。
前の結婚に私の意志は、まったく入っていなかった。
でも今回の結婚は自分から望み、手に入れた。
運命の流れに乗るだけでなく、自分で運命を動かしたの。
本当に望むものをハッキリさせ、それを手に入れたの。
だからこそ、価値がある。
砂漠に花を咲かせるために、私は自ら動いたの。
ワイルドフラワーは勝手に咲いているように見え、水や養分をしたたかにしなやかに受け取り、美しく咲かせる。

私ね、わかったの。
おばあちゃまのお市さんの「しなやかさ」
伯母様であり、義母だった淀ママの「したたかさ」
寧々ママの「美しさ」
それらが、私の中に脈々と流れているの。
彼女達ができたなら、私もきっとできるはず。
それに気づくと勇気が出て、自分で運命を動かした。

自分のハートがときめいた忠刻様を人生のパートナーに選び、新しい花を咲かせるわ。
鳥かごの中の鳥のような生活は、もうまっぴら!
自由に言いたいことを言い合って、しなやかにしたたかに、美しい私で新しい人生を生きていくわ。

そう誓って選んだ結婚だった。

そして私の再婚は、あれよあれよと進んでいった。
ところで私、豊臣から離縁されていなかった。
だから忠刻様と結婚するために、まず豊臣と離縁しなきゃいけなかったの。
そのため短い期間だけど、満徳寺に入って尼となる形で、豊臣との縁を切ったの。
その間、おじいちゃまはまるで私の縁を切るための責を負うように、年が変わった元和二年一月鷹狩に行った先で、倒れられた。
その知らせを聞いた私は、すぐお見舞いに駆けつけた。

布団に伏せているおじいちゃまは、一回り小さくなったように見え、心がつぶれそうに痛んだ。私はおじいちゃまの手を取り自分の頬に近づけ、泣いた。
「ごめんなさい、おじいちゃま。
おじいちゃまは私の代わりに、豊臣の縁を切った責を負ってくれたのね」

眠っていたおじいちゃまは、目を開け私に言った。

「千、泣くでない。わしはもうやることを終えた。
お前に幸せな結婚への道も用意できた。
徳川の三代目は、お前の弟で長男の家光に決まった。
徳川の世を続けていき、戦のない平和な世に保つことができる。もう十分じゃ」
私の手を握ったおじいちゃまは弱々しく笑った。
おじいちゃまの手を握ったまま、私はおじいちゃまの大きな大きな愛を知った。

当たり前のように受け取っていた愛は、当たり前ではなかった。
空気のように当然あるものだと思っていたけど、私が受け取っていた愛は、とてつもなく大きな大きな愛だった。
私はこの愛に報いるために、何をしたらいいのだろう?涙を流し、両手でおじいちゃまの手を包んでいた私の考えを読み取ったように、おじいちゃまは言った。

「千、お前はたくさんの愛を与えられている。
これまで辛い思いもしてきただろう。
だがそれはお前に何かできることがある、と教えてくれる体験だった。
今度はお前が忠刻を支え、与えられた愛を本多の家の繁栄と周りの人々に渡せばいい。
そうやって人は受けた愛や恩を、また必要な誰かに渡していけばいいのじゃ」

「与えてくれた人に、返すのではなくて?」

「そうだ。必ずしも与えてもらった人に、返すのではない。
それを必要とする人に渡すのだ。
するとそれを受け取ったものは、また今度それを必要な人に渡すだろう?
それを、ご恩送り、というんじゃ」

「ご恩送り・・・・・」

「そうじゃ、千。
お前の愛や優しさは、それを必要とする誰かに渡すのじゃ。
そうするとそれらは何倍も何十倍にもなり、お前や本多の家に返ってくるだろう。愛とは、そういうものなのじゃ」

「わかりました。おじいちゃま、ありがとうございます」

私は深く頭を下げた。
おじいちゃまは伝え終え、安心したせいか力尽きて眠ってしまった。
振り返るとおじいちゃまはこれまで、さまざまな形で私に愛を贈ってくれていた。
「猶予」もそうだったわ。
今回のおじいちゃまの言葉は「遺言」だと思った。
この言葉を胸に、おじいちゃまには私の新しい人生の門出である結婚式に出て欲しかった。だけど、間に合わなかった。

おじいちゃまは三ヶ月後の四月十七日、この世を去った。
私結婚式の一ヶ月前だった。私はたくさん涙を流しながら、おじいちゃまの残してくれた言葉を心に刻んだ。

そして私の結婚式の裏側では予想もしない出来事が、夜を包む闇のように密かに進められていた。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

ご恩送り・・・

あなたはこの言葉を、聞いたことがありますか?

受け取った愛やご恩

必要な方に贈りましょう。

こうやって、愛もご恩も広がっていきますよ。


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