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世界遺産バッファゾーンの議論における仁和寺門前ホテル建設の位置付け〜京都弁護士会「意見書」の批判的考察〜(仁和寺門前ホテル建設問題その3)

(画像は『世界遺産と緩衝地帯』p17より)

この記事は以下の3部作の第3部です。

1. 仁和寺前ホテル建設に住民は反対していない件〜「市民」の意見は「住民」のより優先されるべきなのか〜

2. 景観問題としての仁和寺門前ホテル建設〜象徴化・拡張化された受苦圏〜(仁和寺門前ホテル建設問題その2)

3. 世界遺産バッファゾーンの議論における仁和寺門前ホテル建設の位置付け〜京都弁護士会「意見書」の批判的考察〜(仁和寺門前ホテル建設問題その3)※有料箇所あり

1. はじめに:京都弁護士会の主張について

仁和寺前ホテル建設問題については、2021年6月25日に京都弁護士会が京都市長ほか宛に提出した「意見書」があります。そこではいくつか論点が出されておりますが、そのひとつに、世界遺産バッファゾーンにホテルを建築することへの疑問があります。

少し長くなりますが該当箇所を引用します。

世界遺産とされるための要件である「顕著な普遍的価値を有するもの」といえるためには、当該資産が「完全性」及び/又は「真正性」の条件を満たしていなければならず(作業指針§78)、かつそれらが将来にわたって適切に管理されていなければならない(作業指針§96)。
世界文化遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)には、資産の「完全性」「真正性」を効果的に保護するために必要な法的規制がなされる必要がある(作業指針§104)。
本ホテル計画の敷地部分(きぬかけの道側=北側)が第一種住居地域であり、奥側(生活道路側=南側)が第一種低層住居専用地域であること、古都保存法の歴史的風土保存区域及び京都市風致地区条例による風致地区仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域にも指定されていることは、バッファゾーン(緩衝地帯)が資産の「真正性」、「完全性」を保全するのに必要な規制措置である。
すなわち、古都保存法は、1960年代後半、かつては仁和寺の寺領であった双ケ丘の開発計画が大きな問題となり、同時期の鎌倉市の鶴岡八幡宮の裏山の開発問題とともに、全国的な問題となったことを契機に厳格な保全手法として制定されたものである。そして、仁和寺と双ケ丘は開発が認められない歴史的風土特別保存地区に指定され、また本ホテル計画地を含む仁和寺と双ケ丘を結ぶ住宅地は歴史的風土保存区域に指定され、これにより仁和寺と双ケ丘が一体となった優れた景観が保全されている。
そして、2007年(平成19年)の新景観政策の施行に伴い、風致地区条例による第3種風致地区の規制に加えて、仁和寺・龍安寺周辺特別修景地域に指定され、「建築物は原則として日本瓦ぶき和風外観であること」、「特に,きぬかけの道沿道では,門前景観の形成を図るため,建築物は,原則として軒の連なりに配慮した切妻平入形式であること」、「仁和寺の境内の緑と一体になった景観を保全するため道路側に植栽を行うこと」、「敷地規模に留意すること」などの景観規制の強化が図られた(第3章 特別修景地域における地域別基準)。
そうすると、これらの規制は世界文化遺産のバッファゾーンの保全の制度としても機能しているのであり、これらの制限を容易に緩和することは許されない。

2021年6月25日に京都弁護士会が京都市長ほか宛に提出した「意見書」

この最後の、「これらの規制は世界文化遺産のバッファゾーンの保全の制度としても機能しているのであり、これらの制限を容易に緩和することは許されない」とする結論については、断言して良いものではなく少なくとも議論の余地がある、あるいは、解釈が間違っている可能性があると私は考えております。以下、その理由を述べます。

2. 世界文化遺産においてバッファゾーン(緩衝地帯)は開発不可能な土地ではないです

同意見書では、「世界文化遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)には、資産の「完全性」「真正性」を効果的に保護するために必要な法的規制がなされる必要がある(作業指針§104)。」そして「世界文化遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)には、資産の「完全性」「真正性」を効果的に保護するために必要な法的規制がなされる必要がある(作業指針§104)。」とありますが、これについては大きく間違ってない解釈であると私も認識します(ただし完全性、真正性がどのようなものを指すかは議論が必要ですが、ここでは割愛します)。ちなみにこの意見書内にあります「作業指針」とは、ユネスコの「世界遺産条約履行のための作業指針」を指しています。こちらから全文を日本語訳で読むことができます。

https://bunka.nii.ac.jp/special_content/hlink13

ユネスコ「世界遺産条約履行のための作業指針」

しかしバッファゾーンについては、京都弁護士会が主張しているような、当初定められた開発規制を厳格に守り続けなければいけないということではありません。むしろ逆に、それによる地域的な「孤立」が世界遺産委員会で危惧されていたりもします。ユネスコの世界遺産文書第25号『世界遺産と緩衝地帯』では、以下のような文章があります。

「…それ以外の例として、緩衝地帯での厳格な管理(変更禁止)の採用は、遺産が長年存在してきた社会的、文化的、経済的な文脈から孤立することを助長する可能性があり、また、遺産を周囲から概念的に隔離することにより、遺産の無計画で不必要な使用目的化を助長する可能性がある」

ユネスコ世界遺産文書第25号『世界遺産と緩衝地帯』

としています。つまり、歴史とともに周辺環境も変化し、社会的、文化的、経済的にそこから「ガラパゴス化」することは、バッファゾーン地域にとって望ましいことではない、と。またそれは世界遺産が社会性のない使われ方をすることにも助長しかねない、という危惧が呈されているのです。

加えて同文書の別の箇所では、バッファゾーンの規制を厳しすぎるものにすることによって、バッファゾーンから外れる外縁の開発競争を激化させ、かえって世界遺産の文化的価値を損ねることにもつながりかねない可能性にも言及がなされています。

3. バッファゾーンでやってはダメな開発とは?

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