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真正面から描けない愛の物語 ~小野美由紀「ピュア」を読んで~

前置き

 短編集を買うのが好きだ。特に、初めて読む作家さんの小説は、短編から入ることが多い。

 なんでかって言えば、短編は著者の技量がある程度ぱっとわかるからだ。自分に合うかどうかも判断しやすい。とりあえず1作読んでみる、というのが気軽にできる。最初の1作を読んで、残りの作品を読むかどうか決めるので、判断に時間もあまりかからない。だから、短編が好きだ。

 同時に書き手としてはこう思う。短編小説というのは難しい。特にSFだったりファンタジーだったり、世界設定が複雑な作品になればなるほど、短い文章で描くのは難しい。
 描写しなくてはならないあれこれがたくさん出てきて、それを書いているうちに文字数ばかりが膨らんでいく。それでいて、伝えたいテーマも盛り込まねばならず、テーマと舞台が合致していないと、雰囲気だけの浮いた話になってしまう。

 必要な内容を十分に練りこんで、余計な肉を落とし、それでいて脂の乗った文章のまま仕上げる。
 短編小説にはそういう、いわば職人技みたいなものが求められる。

 「短編集」となるともっと大変だ。毎回同じような話じゃ読者が飽きちゃうし、かといってまったく関連性のない話を並べられたら、次の話についていくのが大変になってしまう。
 短編集を読むと、これが上手い作家とそうでない作家なのかが顕著にわかる。
 1作1作の出来は良くても、短編集としてみると陳腐になってしまっていたりする場合もあるし、逆に、印象に残らない話だけれど、前後の短編を際立たせる構成になっている短編集もあったりするのだ。

 なんというか、音楽に似ている気がする。
 短編1作がシングル、短編集がアルバム、というと分かっていただけるだろうか。1曲1曲が完成されていても、1つのアルバムにまとめたらケンカしてしまうことがある。しかし上手くまとめると、単体で聞くよりもアルバム通して聞いた方が心地よくなったりする。相乗効果というか、複数の作品を1つにまとめることによって、より力が引き出されるというか。そういう意味で、私は短編集が好きだ。

 前置きここまで。

以下本題(感想)

 さて、今回、小野美由紀さんの「ピュア」という作品を読んだ。
 素晴らしい出来栄えで、丁寧に練り上げられた短編集だった。

 5つのSF短編が収録されていて、どれも性あるいは生についてでテーマが一貫している。
 毎回違うところから掘り始めて、やがて行けるところまで掘ったところで、物語が終わる。答えは出ないがそれでいい。もとより答えの出るようなテーマ性ではない。人それぞれに思うことは違うだろうし、世界の見方も異なる。だから、掘れるところまで掘った、というところで潔く終わらせてしまうのは、実に正しい選択だと思う。

 ……と、書くと、小難しそうな感じに思えるだろうが、身構えて読む必要はまったくない。
 たしかに中身はSFだし、テーマは重い。これでもかというくらいに重い。愛するということと、性による悩み、生きるということそのものに向き合ったような作品ばかりだ。

 でも、繰り返しになるけれど、身構えてハードル上げて気合入れて読む必要はない。
 むしろ気を緩くして、自然体で、のんびり読んだらいい。神経を張り詰めて読む必要はない。そういう風に工夫されている。

 確かに中身は重いけれど、味付けは青春小説であり恋愛小説なのだ。まさにジャンルが迷子なのである。
 どれかに分類しろって言われたら確かにSFなのだけれど、それぞれが性や、あるいは生き方に悩み、何かしらの答えを出したり、答えを出せそうになる物語の集まりなので、青春小説としての側面がとても強い。

 味付けは青春小説なのに、どうしてSFにしたのか。
 それはSFじゃなきゃ描けなかったからだと私は思う。真正面から、現代を舞台にして描いたら、きっと違うテーマが入り込んできてしまう。
 だから「if(もしも)」の世界を使ったSFならではの方法で描き出さなければならなかった。そういう風に感じる5つの短編だった。

 「性と生」なんて重いテーマである。グロテスクな要素だったりエロティックな要素は外せない。でも、これが、汚くないのだ。
 私はどちらかというとエログロが過激な作品は苦手なのだけれど、それは生理的に気持ち悪いと感じてしまうからだ。この作品集にはそういうところがあまりない。「幻胎」だけは明らかに別だが、これはそういうテーマで描いているとしか思えないので例外とする。しかしそれでも不快になり切るほどではない。ちゃんと意味があって、そう描いている。
 描写が巧みだからだろうか。汚くない。気持ち悪くならない。むしろ、美しいまである。生命を感じさせるせいだろうか。生命といえば、海がよく出てくる。命の始まりである、海。きっと物語にちょくちょく出てくる背景としての海や、潮の味は、命そのものを示しているはずだ。そこには、余計な気持ち悪さが介入していない。文字通り純粋に、生命を描きだしていて、同時に生命をつなぐための性が描かれる。


「ピュア」

 表題作「ピュア」は、女性が生殖のために男性を捕食するという、それだけ聞くと恐ろしい世界の話なのだけれど、女子学生どうしの掛け合いがコメディカルな雰囲気を生み出していて、男女の価値観の違いを浮き彫りにしつつ、自然と世界の仕組みが語られる。

「ばぁっかだよねぇ、男って! 死ぬ瞬間までセックスのことだけ考えて生きてんじゃない。狂ってるよねぇ」(小野美由紀「ピュア」18p引用)

 男を文字通り食べる世界で、捕食者たる女たちがこんな会話をしている。
 恐ろしい世界だ。恐ろしいのに、そういう世界ならばそうなんだろう、とも思える。語り手は女性で、その一人称で描かれるんだけれど、あまりに自然に語ってくるので憎めない。

 やがてそんな中で、主人公は恋に落ちる。
 相手の男を食べちゃいたい。好きだから食べちゃいたい。でも男は「食べないでくれ」と言う。

 夏目漱石を引き合いに出して、昔は男女が好意を伝え合う時に「月が綺麗ですね」と言ったらしいよ、と語られる。
 でも、男がうっとり月を見上げるのに対して、主人公にはどろりと濁った月にしか見えない。月の綺麗さも共有できない。

 捕食者としては「食べちゃいたい」。
 でも食べちゃったら「好きな相手とは生きていけなくなる」。

 性と生が相反する。
 とても濁ったストーリーなのに、不快な感情にはならなかった。ただ純粋な驚きと、悲しみと、いまこの世界に生きていることのキセキっぷりを噛みしめて、読後30分くらい何もできずに打ちのめされてぼーっとしてしまった。

 この作品を生み出した著者・小野美由紀さんももちろんすごいと思うし、これをしっかり評価したnote読者たちも、これを本にしてくれた早川書房にも心から感謝したくなった。
 私が読みたかった文芸作品がここにあった。

(9.15追記)「ピュア」に関しては、note様で読むことができます。良かったら。(この文章をクリックでリンク飛ぶようにしてあります)


「バースデー」

 短編集の2作目。
 「ピュア」の印象が強いまま読み始め、こちらも女性の一人称で語られるから、もしかしたら似たような話に終始しちゃうのか?と嫌な予感を一瞬覚えるも、すぐに違うと思い知らされる。

 まず世界が違う。
 「ピュア」みたいなぶっ飛んだSF設定は鳴りをひそめ、今作では「女性がまるっきり男性になれたら?」というトランスジェンダー的な話になる。

 しかしね。これもまた身構えないで欲しい。決して「トランスジェンダーを認めろ!」などと圧力をかけてくる話ではない。あくまで、そういうことが技術的に可能になった世界で「フツーに生きてる」女の子たちの話だ。
 トランスジェンダーに理解があろうが、なかろうが、そういうのが可能になった世界である、ということだけ理解したら、後は彼女たちの考え方を受け止めて読み進めていけばいい。

 XX染色体をYY染色体に書き換える手術が実用化された世界。ある日、一か月くらい姿を消していた親友『ちえ』が、男の姿になって戻ってくる。
 男になった親友と、女のままである主人公。二人の間にあったはずの友情が、こじれて、ぐちゃぐちゃになって、何が何だかわかんなくなっていってしまう。

 でも問題は二人の関係性に留まらない。噂話に、女子特有のひそひそ話に、悪口。
 このあたりとても見事な描写で「生きづらいだろうな」っていうのを、直接の描写に留まらずに広げていく。主人公が聞いていないところでは、もっと色々言われているんだろう。そう思わせる描写の力がある。

「……本当にめんどいのはさ、やけに同情的な人たちなんだよ。そーゆーのはさ、こっちが相手の思った通りのかわいそうな人じゃないと途端に怒り出したりするんだよね。それまでは『大変だったね、今まで辛かったね、協力するよ』とか言っておいてさ」
「そーゆーもん?」
「うん。そーゆーもん。勝手なイメージ抱いて近づいて来てさ、いざ、相手が自分の思い通りにならないと”そんな人だと思わなかった、裏切られた”とか言うわけ。だから、自分的には、違和感隠さない人の方が、まだ可愛いと思っちゃうけど」
(小野美由紀「ピュア」79p引用)

 さて、こうやって寄り道をしていきながら、二人はそれぞれに自分たちの生き方を考えていく。
 どんなに親友だって、別個の人間で、共有できるものもあればできないものもあって、それでも一緒にいたいかどうか、どうしたいのか、自分の内側にある確かな感情を探っていく。

 「ピュア」で相反させた「性と生」が、今度は絡み合っていく。
 まったく別々の作品でありながら、根底にあるテーマに被りはあって、前作「ピュア」に足りなかった視点を補完するような内容。

 人間関係のもつれあいが目に浮かぶようで、その描写が実に丁寧でセリフ回しが上手い。思わず嫉妬しかけた。特にお気に入りの一作で、親友『ちえ』の考え方やセリフが実に良い。
 短編集の2作目にこれを持ってくることに、凄まじいセンスを感じた。さっとワンクッション置かれた感じ。決してこの作品も軽くはないのだけれど、爽やかな読後感で、しっかりまた十分な余韻を与えて、次の作品への期待感を高めてくれた。


「To the Moon」

 また前二作とは大きくかけ離れた設定で、「月人」と呼ばれる「月から来た人たち」が一般的に認知された世界。

 要は「かぐや姫」みたいな存在が地球にはいて、十七歳前後になったら月に帰っていってしまう。
たまに地球に戻って来られても、十日間くらいが限界で、また月に戻っていってしまう。

 同窓会でかつての親友である月人と再会を果たす話。
 徐々に明らかになっていく二人の過去と、幻想的なラストが絵になる作品だった。

 今作では、性も生もどちらも悪い方にばかり転がっていく。少なくとも、主人公にとっては。
 「ピュア」では相反して「バースデー」ではくっついた二つの要素が、どちらも地球という枠組みの中でしか存在しない物として描かれる。

 正直に言って、前二作と比較してしまうと、どうしても印象が薄い。

 最後は綺麗だし、描写は相変わらず丁寧で目に浮かぶようだし、過去も壮絶なんだけど、何かが物足りない。話に驚きがなかったというか、落ち着くところに落ち着いてしまった肩透かし感が残った。
 設定が面白いだけに、話としてはもう一捻りして欲しかった。

 愛の物語としての側面が強くて、そのくせ彼らの愛の中には性も、生さえも入っていないんじゃないかと思う不思議さが余韻として残る。
 これも一つの愛の形なんだろうな。しかし、人間離れしているな。人間じゃない、月人だもんな。


「幻胎」

 海外から翻訳されたSF小説みたいな語りで始まる。
 女性主人公の一人称なのはここまでの作品に共通することなんだけれど、書き方が微妙に毎回違って、それぞれ別人の視点に落とし込んでいるのがとても上手い。一人称ならではの雰囲気、みたいなものが、とてもすんなり入ってくる。

 さて内容は、大昔に絶滅した旧人類の精子が北極で見つかったので、それを現代女性の卵子と合わせて、新人類を誕生させようというプロジェクトの話。
 主人公はその卵子提供者に選ばれた女性研究者で、プロジェクトリーダーの娘でもある。父の寵愛を受けて育った、頭の良い女性。彼女の過去が語られながら、プロジェクトは進んでいき、やがて世間にバレる。

 世論は一斉にプロジェクトを叩き出す。

凡百のくだらない言論がSNSに溢れ、皆怒っているか、怒っている人に怒っているか、さもなくばこれにかこつけて自身の知性をひけらかそうとするばかりで何一つ意味のあることは書かれていなかった。
(小野美由紀「ピュア」引用170p)

 目に浮かぶような情景だった。「怒っている人に怒っている」なんて、あまりに良くあることなのに、これが表現としてさらっと出てくるあたり創作者だなあと強く感じる。

 ここまでの3作品でも、メインの登場人物たちだけでなく「世間一般」を思わせるためのキャラクターは多数存在してきた。
 しかしここでついに「世間」そのものが顔を出してくる。メディア、SNS、無関係な人たちが騒ぎ出す。

 性と生というテーマに、ついに倫理問題の観点から切り込んだ作品だった。その世界で生きる一般人の視点ではなく、ついに、渦中の人物が描かれる。実にSFらしい一作だ。
 倫理と科学は良く衝突する。作中ではコンドームや遺伝子組み換え技術が倫理観を更新したと語られる。この作品は片一方でこういった「生き方」に問いかけを発しながら、母親になるという「性」の問題を進めていく。

 読み終えた感想としては「父の娘」を連想させる話だった。絶対的権力者である父に好かれたいと思っていた「父の娘」である主人公が、父を失う物語。だからといって、主人公は母親になるわけでもない。
 本人の言葉を借りるならば「育ち損ねたもの」としてのラストを迎える。

 二回読み直したが、たぶんまだ読み逃した部分があるに違いない。そう思わせてくれる話だった。
 時間を置いて、もう一度読み返してみたい。


「エイジ」

 タイトルを見た瞬間、ぱっと浮かんだのは「ピュア」で出てきた男の子の名前だってことだった。
 あえて被せてきたのか、たまたまなのか。ページをめくった瞬間に、同一人物だとわかる。ここまで別々の短編で攻めてきて、ここにきて冒頭の作品のサイドストーリーみたいなのを出してくるのか! と驚きながら先に進む。

 さびしさを理解する物語だった。
 しかしこれは面白かったけれどやはり物足りなさが残る。あくまで「ピュア」の番外編と思うのが正解だろうか。

 「短編集」のラストを締めくくるには弱いようにも思えたけれど、同時に読者を「ピュア」に戻す仕掛けなのだと考えたら、それはそれで面白くもあって複雑なところ。
 しかし「ピュア」で女性側の視点しかなかったわけだけれど、男性たちの大半が、女性の思っている男性像そのままで描写されてしまっているのは残念だった。どうせならば「ピュア」の視点をひっくり返すような仕掛けでも良かったんではないか、とも思うけれど、世界設定を流用した以上はこれが限界かなとも思えた。

総評


 どの作品も読みごたえがあって、1作読み終えるごとに余韻に浸れるだけの内容が詰め込まれていて、大満足の一冊だった。面白かった。

 性と生は、「ピュア」で相反し、「バースデー」で絡まり合い、「To The Moon」で突き放され、「幻胎」でうねり、「エイジ」で物語の中に落とし込まれる。
 まったく良くできた、不思議な短編集だった。

 素晴らしい読書の時間を過ごすことができた。私の中にはない世界を堪能できた。また新作が出たら読んでみたい。
 ごちそうさまでした。

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