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静かで地味な毎日の中に

朝起きたら、夫の朝ごはんを用意したり食べない日があったり。大体は前の日の残りに納豆と卵を仲間に入れて、和食が我が家のベースだ。
お湯を沸かしながら前の日の洗い物を食器棚に片付ける。重曹とクエン酸を混ぜたものをお白湯に溶かして一気飲み。
洗濯機を回して、家中を掃除機。その後クイックルワイパーで家中を拭いて、足の裏に何も付かない床を今日もキープする。
洗濯が終わり、今日もカラッと乾くことを楽しみに2人分の洗濯物をベランダに干す。気持ちよく晴れた日は
お布団も干して、寝室の窓を全部開けてお香を炊く。
夫が家を出る時は後ろを追いかけて「行ってらっしゃい」を言い、私が玄関のドアを閉める。
私は今専業主婦だから、毎日こんな感じのルーティーンを繰り返す。

少し気持ちが落ちてなんとなく適当にルーティーンをこなす日が続いた。
テーブルの上はチラシや書類が散らばる。掃除機はかけるけどクイックルワイパーは省略。真っ青に晴れているけどお布団は干さない。
夫が家を出る時も何か家事をやりながらその場で
「行ってらっしゃい」を言い、ひとりでに閉まる玄関のドアの、寂しくて重たい音を聞く。
普段は昆布と鰹でとるお出汁も今日はだしパックでいっか。と、大事に愛を持ってやっていたこだわりを全て省略。

そんな日を繰り返していると、少し落ちていた気持ちはどんどん落ちていく。もはや止まる所を知らない勢い。
憂鬱な気持ちが先か、散らかった部屋が先かという話だけど、何も考えず繰り返していたルーティーンは私の中の大きな拠り所になっていた。
専業主婦だからこだわれる自分の中のマイルールも体に一部のような存在だった。やらなくても良いけど、やりたくてやっていた事は、やっぱりやり続けるべきだった。
同じことを繰り返す単調な毎日だけど、そこには自分の役割があって、自分のこだわりがあって、自分という人間の存在を表現できて、単調でいつもと変わらない日常の大切さを感じた。
当たり前なんてほんの小さなことで崩れる。だから見落としてしまいそうなぐらい静かで地味な毎日を甘く見てはいけない。
静かで地味な毎日の積み重ねの中に、平穏や幸せは隠れているから。

あとは予定が無くても髪をとかし、さりげなくメイクをし、唇に色を足す。
部屋着ではなくきちんと洋服に着替える。部屋の窓も開けて空気を入れ替えて新しい1日が始まったことを肌で感じる。
スマホを離して本を読んだりジャーナリングする。読むこと、書くこと、自分の内側と対話する時間は好きな時間。そして寝る前にはいつもと変わらない1日を送れたことに感謝をする。
気がつけば苦手だったルーティーンが自分の安心材料になっていたから、大人になったなと自分の中の変化を感じた。
そして今日も静かで地味で単調な、あたたかい1日を送る。





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