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[自由研究]アルフェッカについて

かんむり座α星にはいくつかの名前があります。

あ、かんむり座って知ってますか?
夏の空に昇る小さいけど綺麗な星座です。
夏の星座と言われたり春の星座と言われたり、本によってブレのある星座ですが、20時南中が7月だったので夏の星座と言っていいでしょう。
これはうしかい座の隣に綺麗な半円形を探すと見つかります。

そのかんむり座のα星の名前に興味があって調べていました。

まず天文学とかの学術的な場所で使われるIAU(国際天文学連合)の正式な名前は「α Coronae Borealis」、「アルファ、コロナ(エ)、ボレアリス」です。
略式にはα CrBとかalf CrBとか書かれます。

CDSポータルで出したα CrBの画像
http://cdsportal.u-strasbg.fr/?target=*%20alf%20CrB


恒星の名前といえば神話を由来とするのはあるあるで、α CrBについても同様に「Gemma」「Gnosia」などがあります。

「Gemma」は日本語表記だと多くがゲンマと書かれていて気持ち悪いのですが、英語っぽい発音はジェnマみたいな感じです。本来2音節なので僕はジェマと呼びたいです。ジェマはラテン語で宝石や真珠とかの意味で、これはアリアドネの王冠をイメージした名前です。こちらの名前は割と公に認められている呼び名のようです。

「Gnosia」はギリシア神話でアリアドネの出身地であるクレタ島クノッソスにちなんでいます。
ちなみにgno-やgnos-は「知る」のようなニュアンスのあるラテン語を由来としています。古代のギリシア語で「知覚」みたいな意味を示すグノーシスと似ているグノーシアですが、クノッソスも共通した語源だったりするんでしょうか。

もう一個「Asteroth」の呼び名もあるみたいですね。
アスタロトはヨーロッパの強そうな悪魔ですが、本当にα CrBをこの呼び名で呼ぶのかは真偽不明で確証の得られる文献に出会えていません。



アルフェッカについて


もう一つ恒星の名前あるあるで、アラビア語の呼び名がそのまま普及採用されている例もけっこう多くあります。主要な明るい星のうちおよそ7割程度がアラビア語が元になってるらしいです。

α CrBはアラビア語由来で「アルフェッカ」と呼ばれています。
この名前が最もよく認められているようですね。

■ ■ ■ ■ ■

余談

かんむり座が有名なこともあり、アルフェッカという名前は昨今のゲームほかいろんなところに登場していることが確認できました。

・アプリゲーム『ライブ・ア・ヒーロー!

お、おじさまだ!!!
筋骨隆々のゴツい鎧おじさまが出てきました。
フルネームは「アルフェッカ・ゲンマ21世」だそうです。キャラ紹介に国王だとか迷宮だとかのワードがありますし、ツノも生やしていることからミノースをモチーフにしてるのかな。股間が強そうですごいですね。
公式から紹介ページを用意されていて優遇されてそうな雰囲気があります。

・アプリゲーム『パズル&ドラゴンズ

こちらは公式の紹介が見つからなかったので公式twitterから引用します。

機械の象さんですね。
アルフェッカっぽい要素を汲み取れなかったので残念。
鈍重で陰湿そうな印象を受けます。敵として登場すると毒を撒いてきたりするらしいですよ。陰湿……

・アプリゲーム『逆転オセロニア

かわいい!!
竜人の女の子でしょうか。クリスマス仕様や浴衣姿も出されていて強めの優遇を感じさせます。
これ以上ないほど明らかなかんむり座モチーフで、キャラの周りにかんむり座が描かれています。

・競走馬

お馬さんですね。
ちなみにアルフェッカの子はコロナボレアリスだそうです。へえ。

・そのほか

以上の他にもトレーディングカードやお店の名前になっているものが見つかりました。多くがかんむり座にかけて王冠モチーフのものだったり、青い星としてアルフェッカを描いていたり、珍しいものではアルフェッカが連星であることを引っ張ってきてるものもありました。
個人的にはトレーディングカードゲーム『Z/X(ゼクス)』の「ツヴァイヘンダ アルフェッカ」が可愛くてよかったです。両手剣を片手で振っていてすごい。

余談おわり。

■ ■ ■ ■ ■


アルフェッカについて雑に調べると「明るく欠けたもの」のように説明されています。しかしどこもだいたい出典が明記されていなくて不安になりました。というわけで頑張って調べてみることにしました。
ほんとはアラビア語が読めるまで頑張ってアラビア語の文献まで当たれるとよかったのですが、やっぱ無理。流石に諦めざるを得ない。

読める範囲で文献を漁ってきたので記録がてらまとめていきます。
文献リストは最後に。

また、これを書きながら新しい便利な文献に出会えたのでここにメモっておきます。古今東西の天体の呼び名についてまとめた大ボリュームの資料です。ざっと眺めると引用も明示されている情報が多くて大助かりです。
↓カナダ王立天文学会のWorld Asterism Project


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さて初めに星の名前の由来の研究の原典みたいな文献を見ましょう。
(原典みたいに扱われてて期待したけど正直満足できなかったです。)

それまでドイツ語で書かれていた論文が1899年にG. E. Stechertによって英語にまとめられたらしい『Star-Names and Their Meanings』は、1963年にRichard H. Allenによって『Star Names: Their Lore and Meaning』と改題して出版されたみたいな話を読んだ気がします。これはさらに2013年にも再版されているらしいです。難しい。この辺の経緯については確証なしです。

この2013年版の”Corona Borealis”の項にはこのような記述がありました。[1]

“Riccioli's Malphelcane, considered by Ideler a degenerate form of the Arabic Al Munīr al Fakkah, the Bright One of the Dish”

Allen, Richard H. Star names: Their lore and meaning. Courier Corporation, 2013.

つまるところ「明るいお皿のやつ」ってことですね。
確かに詳しく書かれていましたが、ことアルフェッカについてはちょっとぼんやりしていて気になりました。
アラビア語読みのアルファッカの前についてる「むいーる(?)」みたいな部分についてはラテン語の”Lucida”と同じで最も明るい恒星を指すようです。(って書いてありました)

EB Knobelの『On a Catalogue of Stars in the Calendarium of Mohammad Al Achasi Al Mouakket』[2]でもラテン語の意味として”Lucida”が取り上げられていますが、注釈で”The meaning of the name Al Fecca is quite obscure.(ざっくり訳:よく分かんねェわ)”と書かれています。アルフェッカの名前についてその意味や由来は最近でもよく分かってなかったんでしょうか。

Mesnard Hの『Les noms arabes d'étoiles.』[3]では α CrBの欄にアラビア語の読み”Mounir-al-Fakka”を指して “la Brillante de la Mâchoire.”と意訳しています。これは日本語で「輝くあご」になります✨✨
翻訳にかけたときは笑いましたが、確かにアラビア語で”ذقن”はファッカと読んで「あご」の意味みたいです。間違えてそうだけど一応書いときます。

どうやら「明るい」ってことが名前になったらしいのは分かったのですが、謎のお皿が出てきたり不完全燃焼でした。

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「アルフェッカ」という名前の本質はal-fekkaに宿っていると言えるでしょうし、この辺の話を知りたくてもう少し踏み込んで調べてました。

そういえばチュニジアには有名なスーク(市場)として「El Fekka」があるそうですが関係あるのかな。直接の関係はなさそうですが、言葉の意味としては共通しているんじゃないかと思うので調べ……る気力は起きませんでした。Wikipediaにファッカ市場のアラビア語のページがリンクされているので興味あれば見てみてください。リンクうまく貼れない。


恒星の名前の由来を簡単にまとめている『A dictionary of Modern Star Names: A Short Guide to 254 Star Names and Their Derivations』[4]が有用そうだったので読みたかったのですが、全国の図書館の蔵書検索をすると名古屋大学の研究室と国会図書館と草加市中央図書館にだけヒットしました。
開示申請とか面倒だったので、東京に行ったついでに足を伸ばして草加市までこの本を読みに行きました。閉架だったので結局申請が必要だったんですけどね。

この本を参照すると次のようにありました。

”Applied in medieval times from the ind-A asterism name al-fekka, for Corona Borealis. The Arabic name, from the root f-k-k, ’to separate, break up, etc.,’ apparently refers to this asterism’s shape: an incomplete circle.”

Kunitzsch, Paul, and Tim Smart. "Dictionary of Modern Star Names: a Short Guide to 254 Star Names and their Derivations." Cambridge, Massachusetts, 2006.

そういえばアラビア語は子音の組み合わせで意味が決まる、みたいな話を読んだ気がします。つまりフェッカでもファッカでも同じみたいです。
この文献によればf-k-kには「分割」や「分解」のようなニュアンスがあるみたい。「不完全に壊された」→「一部の欠けた」みたいに読み取られたのかな。これはかんむり座の形状が欠損のある円形であることを表現しているそうですね。

そもそも語句の意味だけを見れば「皿」のような意味は含まれないようですが、お皿はどこから出てきたんでしょうか。残念ながらこれについての記述を見つけることはできませんでした。
fekkaが「欠けた」「壊れた」の意味として、もしかしたらこの語そのものが皿や鉢などの陶器か何かの器を連想させる語なのかもしれませんね。

■ ■ ■ ■ ■

日本語の文献を見てみると「皿」のような意味が読み取られていることが結構多いようです。

冠というものはアラブ人にはあまり馴染みのないものだったらしい。代わりに皿とか鉢をイメージしている。

山本啓二『星の手帖』季刊天文誌vol.53, 1993

アラビア名はアルフェカで欠け皿の意味である。

石田五郎『天文の事典』平凡社版 1987

また、欠けた皿はさらに乞食を連想するらしく

アラビアでは、これを乞食僧の欠け皿(アルフェッカ)といっている。

野尻抱影『日本星名辞典』東京堂出版 1973

それは人々には孤児や貧者の鉢として知られている。

山本啓二, 矢野道雄. 『<原典翻訳> アブー・ライハーン・ムハンマド・イブン・アフマド・アル= ビールーニー著 「占星術教程の書」(1)』 イスラーム世界研究: Kyoto Bulletin of Islamic Area Studies 3.2 (2010): 303-371.

と書かれていました。
最後のやつはビールーニーが1029年に書いたという『Kitāb at-tafhīm li-awā’il ṣināʻat at-tanǧīm』の日本語訳なので、原文は知らないけどきっと鉢的なことが書かれていたんでしょうね。うーん、解決…?

結局言及があってもアルフェッカに付いてる「皿」的ニュアンスの出どころは判然としませんでした。

ついでながら、アルフェッカという名それ自体にはこじきの皿という意味はない。

原恵 『星座の神話 : 星座史と星名の意味』恒星社厚生閣  1996

2022-11-06 追記:調べてまとめてる間は本気で気づいてなかったんですが、「皿」は『星の手帖』にあるようにただアラブ人にとっての「かんむりざ」の形状の解釈であって、それが欠けているから「欠けた皿の星座」のように認識されていて、その星座の一番明るい星(= Al Munīr)を指してアル・ナイル・アル・フェッカと呼んでいたのが前半削れてアルフェッカになったんでしょうね。そうするとよく言われてる「欠けたものの明るいもの」とかじゃなくて「欠け皿の一番星」のように言う方が良い気がしました。



以上のようにいくらかの文献を当たってみて「アルフェッカ」についての記述を見つけてまとめてきました。
しかし前述したように、同じような作業をもっと大規模かつ広範囲でまとめているプロジェクトを途中で見つけてびっくりしました。
もっかいリンク載せちゃお。

これは情報量が膨大でアルフェッカ以外にもたくさんの天体について調べられています。
この資料にもざっと目を通してみたんですが、同様に「皿」のニュアンスについての目新しい情報は得られていません。アラビア語勉強するか〜。
僕はアルフェッカについて深く知りたいので、今後この資料の中のアルフェッカやα CrBについての記述をまとめて改めてnoteに書こうと思います。


最後にかんむり座関連で好きな俳句を載せて終わりにします。


露けぶり火ともす菊やへつい星

熱田 立心, 1674



ーーー 文献リスト ーーー

[1] Allen, Richard H. "Star names: Their lore and meaning." Courier Corporation, 2013.
[2] Knobel, Edward B. "On a Catalogue of Stars in the Calendarium of Mohammad Al Achasi Al Mouakket." Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 55.8, 1895.
[3] Mesnard, H. "Les noms arabes d'étoiles." Ciel et Terre 65, 1949.
[4] Kunitzsch, Paul, and Tim Smart. "Dictionary of Modern Star Names: a Short Guide to 254 Star Names and their Derivations." Cambridge, Massachusetts, 2006.
[5] 『星の手帖』季刊天文誌vol.53, 1993.
[6] 『天文の事典』平凡社版, 1987.
[7] 『日本星名辞典』東京堂出版, 1973.
[8] 『<原典翻訳> アブー・ライハーン・ムハンマド・イブン・アフマド・アル= ビールーニー著 「占星術教程の書」(1)』 イスラーム世界研究: Kyoto Bulletin of Islamic Area Studies 3.2, 2010.
[9] 『星座の神話 : 星座史と星名の意味』恒星社厚生閣  1996


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