荒天とパークサイドダイナー
十一月某日。風荒く吹き遊ぶなか、日比谷駅に降り立った。本日の対象（ターゲット）は帝国ホテル内パークサイドダイナー『インペリアルパンケーキ いちご添え』である。
パンケーキに辿り着くまでの任務（ミッション）は以下の通りだ。
（１）みゆき通り側の入口（※ガードマン配置）を突破する。
（２）パークサイドダイナーのホワイエ（※コンシェルジュ三人配置）で「予約はしてないのですが、空いてますか」としとやかに尋ねる。
（３）席に案内されたらしずしずと座る。メニューをたおやかに開き「パンケーキいちご添えを一つ」と伝える。
（２）と（３）で動揺して少々どもったり、パンケーキをケーキセットにできると思い込んで恥ずかしかったりしたが、エージェントの心得を思い出し、ポーカーフェイスを保った。フッ、流石だ。エージェントロザリー（ベルサイユのばらより）
事前に調べた通り、パークサイドダイナーはカジュアルな服装でも問題ないようだ。ちなみに私は上はベージュの半袖ブラウスに黒のよそゆきカーディガン、下は赤いチェックのタイトスカートにブラウンの革靴をあわせた。アクセサリーは母から借りたダイヤモンド（極小）のネックレスとペリドットのピンキーリングである。髪型はショートボブなのでカチューシャをつけた。
私としては【ローブ・ア・ラ・フランセーズに五連の真珠のネックレス、戦艦をのせた盛り髪をしたアントワネット】並に服装を整えたつもりである。
メニューを頼むと、緊張がどっとほどけた。背を伸ばし足を揃えお淑やかに座る、というのはすごく疲れる。ちょっと崩してしまおうかな……と早くもだらけモードに入ろうとしたが、みゆき通りを挟んで向かい側の瀟洒な建物が視界に飛び込んできて息を呑む。
あれが、ベルサイユ宮殿……違った、東京宝塚大劇場！！ もしかしたら柚香光さまが通りがかるかも。光さまの視界に、だらっと座り肘をついて紅茶をすする女の姿が映るなどとんでもない！
体勢を整え、紅茶を一口。あ、美味しい。飲み心地があっさりしていて、ほんのり苦いけれど、その分ミルクが合う。レモンとミルクで茶葉を変えている可能性に行き当たり、次はレモンで頼まねばと心に決めた。
「美味しーっすごいーっ」と思うだけにとどめてお茶を啜っていると、ふっと給仕のイケオジが銀盆を持って現れた。
そして私の前に置かれたのは、
いちご大きい！ わーっ何これ！ ジャム！？
私は脳内で「エレガント！ ベリーインペリアル！」とお祭り騒ぎをしていた。その間に給仕のイケオジがホイップバターやメイプルシロップなどを指し丁寧に説明してくれていたのだが、黄金の輝きに魅入られていたのできちんと覚えていない。
イケオジは最後に胸に手を当てお辞儀をし、優雅に去っていった。ありがとうございます。
右手にナイフを、左手にフォークを持ち、いざ！
ナイフを入れた瞬間、重なった三枚がさくんと綺麗に切れた。そして崩れない。流石だぜインペリアルパンケーキ！
まずは何もつけずに生地だけを味わう。ふわふわふかふかしっとり……。甘すぎず、膨らみすぎず、薄すぎず、絶妙な焼き加減で、美味しい。
思い切り堪能したら、ホイップバターだけをたっぷりつけて頬張る。うんまい！ホイップバターをしっかり染み込んだ生地はしっとりと濃厚だ。
そして、ついにメイプルシロップをドーン！（すでに写真を撮ることは頭から消え去っていた）
琥珀色の液体がとろりと生地に広がっていく。大抵メイプルシロップをかけると、水分を含んで重くなりがちだが、このパンケーキはふかふかの形を崩さず、しっとりとフォークを受け入れてくれる。流石だ、インペリアル……。
甘さに飽きてきたな、と思ったらルビーのような苺を齧る。んーっ甘酸っぱい。ジャムも甘さより果実の味を引き立てているのでくどくない。
最初は三枚全ては食べ切れないと思ったけれど、完食できた。そして紅茶もおかわりを頂いて満足まんぞく。
お会計の際、レジのお姉さまから「パンケーキのお味はいかがでしたか？」と尋ねられたので「美味しかったです！」と元気いっぱいに答えた。前半の淑女もどきはとっくに消えていた。
店内の雰囲気が穏やかでゆったりとしており、過ごしやすかったので、また来たいな。次は野菜カレーを食べたい（そう、私は食欲で動く女）ので、真面目に働こう。
以下、食後の散策&写真である。
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